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06 残り十五万八千五十四円(5)

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 ぷち、ぷち、とボタンが外される。一つ、また一つ、と外されていくたびに、期待で息が上がっていく。
 ボタンが全て外されたとき、男がふと、「君、名前は?」と聞いてきた。

 そう言えば自己紹介もなにもなかったな、と思うと同時に――僕は、言うのをためらった。

「別に、知らなくて、いいだろ」

 名前を呼んでほしい。本当は、そう言いたかった。この男に、名前を呼ばれたら。想像するだけで、つい、腰が動いてしまう。
 でも、同時に、名前を呼ばれたら、僕も、男も、今あるこの熱が収まったときに後悔するだろう、と、なけなしの理性が叫んだ。

 運命の番かもしれない。たとえ、そうであったとしても、名前も知らない相手との一夜で済ませてしまったほうが、お互いに楽。そう思った。

「――それも、そうだね」

 僕の考えを察したのか、それとも、男自身も理性が少しだけ働いて同じ思考に行きついたのか、それは分からないが、男は納得した声を上げ、それ以上、名前を聞いてくることはなかった。

 男自身も、着ていたパーカーを脱ぐ。体のラインが出にくい服ではあったが、僕よりも、少しばかり貧弱に見えた。まともな食生活を送っていなかった僕よりも薄い。

 番の血しか飲みたくない、と泣いていた彼だ。本当に、番の血しか飲まなかったのか、随分とやせ細っている。
 残りの人生が約十六万円分ぽっちしかない僕と一緒で、この男の人生も、さして長くないような気がした。

 ――本当なら、僕なんかを知らないで、あのまま、あの場所で死んだ方が、この男にとっては幸せだったんじゃないだろうか。

 考えてもしかたがない仮定の話を考える。

 僕が、あの道を通らなかったら。
 男が、あの道に倒れていなかったら。

 ――まあ、それも今更な話だ。もう、ここまで来たら、関係ない。

 先に死んだ、こいつの番が悪い。番を奪われたくなかったら、死なずに、手を握っていなきゃいけなかったんだ。
 手放すから、こんなろくでもない、そのうち自殺するクズに盗られてしまうのだ。

 僕は男の首に腕を回し、引き寄せて、キスをした。ちゅ、ちゅう、と何度も。
 セックスをしたのは、高校のとき以来か。とっくに別れた当時の彼女と、数度したきり。しかも、抱く側。

 久しぶりな上に、やったことない抱かれる側ではあるが、まあ、上手くいくだろう。
 なにせ、相手はこの男。暫定、運命の番。本能で分かる。やりたいように、したいようにすれば、それが正解だと。

 ままごとみたいなキスでも、相手がこの男だからか、馬鹿みたいに気持ちよかった。男が軽く口を開くので、舌を滑り込ませると、きゅっと強く吸われる。それが心地よくて、吸われるがままになっていると、ガリッと牙を立てられた。

「――ッ、ア!」

 決定的な刺激に、びくりと腰が跳ねる。だせぇ、イってしまった。痛いのが好きでもないのに、不覚だ。
 口の中に、血の味が広がる。双方の唾液と、僕の血が混じる。このくらいの濃度なら大丈夫なのか、男がえずくことはない。
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