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ぷち、ぷち、とボタンが外される。一つ、また一つ、と外されていくたびに、期待で息が上がっていく。
ボタンが全て外されたとき、男がふと、「君、名前は?」と聞いてきた。
そう言えば自己紹介もなにもなかったな、と思うと同時に――僕は、言うのをためらった。
「別に、知らなくて、いいだろ」
名前を呼んでほしい。本当は、そう言いたかった。この男に、名前を呼ばれたら。想像するだけで、つい、腰が動いてしまう。
でも、同時に、名前を呼ばれたら、僕も、男も、今あるこの熱が収まったときに後悔するだろう、と、なけなしの理性が叫んだ。
運命の番かもしれない。たとえ、そうであったとしても、名前も知らない相手との一夜で済ませてしまったほうが、お互いに楽。そう思った。
「――それも、そうだね」
僕の考えを察したのか、それとも、男自身も理性が少しだけ働いて同じ思考に行きついたのか、それは分からないが、男は納得した声を上げ、それ以上、名前を聞いてくることはなかった。
男自身も、着ていたパーカーを脱ぐ。体のラインが出にくい服ではあったが、僕よりも、少しばかり貧弱に見えた。まともな食生活を送っていなかった僕よりも薄い。
番の血しか飲みたくない、と泣いていた彼だ。本当に、番の血しか飲まなかったのか、随分とやせ細っている。
残りの人生が約十六万円分ぽっちしかない僕と一緒で、この男の人生も、さして長くないような気がした。
――本当なら、僕なんかを知らないで、あのまま、あの場所で死んだ方が、この男にとっては幸せだったんじゃないだろうか。
考えてもしかたがない仮定の話を考える。
僕が、あの道を通らなかったら。
男が、あの道に倒れていなかったら。
――まあ、それも今更な話だ。もう、ここまで来たら、関係ない。
先に死んだ、こいつの番が悪い。番を奪われたくなかったら、死なずに、手を握っていなきゃいけなかったんだ。
手放すから、こんなろくでもない、そのうち自殺するクズに盗られてしまうのだ。
僕は男の首に腕を回し、引き寄せて、キスをした。ちゅ、ちゅう、と何度も。
セックスをしたのは、高校のとき以来か。とっくに別れた当時の彼女と、数度したきり。しかも、抱く側。
久しぶりな上に、やったことない抱かれる側ではあるが、まあ、上手くいくだろう。
なにせ、相手はこの男。暫定、運命の番。本能で分かる。やりたいように、したいようにすれば、それが正解だと。
ままごとみたいなキスでも、相手がこの男だからか、馬鹿みたいに気持ちよかった。男が軽く口を開くので、舌を滑り込ませると、きゅっと強く吸われる。それが心地よくて、吸われるがままになっていると、ガリッと牙を立てられた。
「――ッ、ア!」
決定的な刺激に、びくりと腰が跳ねる。だせぇ、イってしまった。痛いのが好きでもないのに、不覚だ。
口の中に、血の味が広がる。双方の唾液と、僕の血が混じる。このくらいの濃度なら大丈夫なのか、男がえずくことはない。
ボタンが全て外されたとき、男がふと、「君、名前は?」と聞いてきた。
そう言えば自己紹介もなにもなかったな、と思うと同時に――僕は、言うのをためらった。
「別に、知らなくて、いいだろ」
名前を呼んでほしい。本当は、そう言いたかった。この男に、名前を呼ばれたら。想像するだけで、つい、腰が動いてしまう。
でも、同時に、名前を呼ばれたら、僕も、男も、今あるこの熱が収まったときに後悔するだろう、と、なけなしの理性が叫んだ。
運命の番かもしれない。たとえ、そうであったとしても、名前も知らない相手との一夜で済ませてしまったほうが、お互いに楽。そう思った。
「――それも、そうだね」
僕の考えを察したのか、それとも、男自身も理性が少しだけ働いて同じ思考に行きついたのか、それは分からないが、男は納得した声を上げ、それ以上、名前を聞いてくることはなかった。
男自身も、着ていたパーカーを脱ぐ。体のラインが出にくい服ではあったが、僕よりも、少しばかり貧弱に見えた。まともな食生活を送っていなかった僕よりも薄い。
番の血しか飲みたくない、と泣いていた彼だ。本当に、番の血しか飲まなかったのか、随分とやせ細っている。
残りの人生が約十六万円分ぽっちしかない僕と一緒で、この男の人生も、さして長くないような気がした。
――本当なら、僕なんかを知らないで、あのまま、あの場所で死んだ方が、この男にとっては幸せだったんじゃないだろうか。
考えてもしかたがない仮定の話を考える。
僕が、あの道を通らなかったら。
男が、あの道に倒れていなかったら。
――まあ、それも今更な話だ。もう、ここまで来たら、関係ない。
先に死んだ、こいつの番が悪い。番を奪われたくなかったら、死なずに、手を握っていなきゃいけなかったんだ。
手放すから、こんなろくでもない、そのうち自殺するクズに盗られてしまうのだ。
僕は男の首に腕を回し、引き寄せて、キスをした。ちゅ、ちゅう、と何度も。
セックスをしたのは、高校のとき以来か。とっくに別れた当時の彼女と、数度したきり。しかも、抱く側。
久しぶりな上に、やったことない抱かれる側ではあるが、まあ、上手くいくだろう。
なにせ、相手はこの男。暫定、運命の番。本能で分かる。やりたいように、したいようにすれば、それが正解だと。
ままごとみたいなキスでも、相手がこの男だからか、馬鹿みたいに気持ちよかった。男が軽く口を開くので、舌を滑り込ませると、きゅっと強く吸われる。それが心地よくて、吸われるがままになっていると、ガリッと牙を立てられた。
「――ッ、ア!」
決定的な刺激に、びくりと腰が跳ねる。だせぇ、イってしまった。痛いのが好きでもないのに、不覚だ。
口の中に、血の味が広がる。双方の唾液と、僕の血が混じる。このくらいの濃度なら大丈夫なのか、男がえずくことはない。
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