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序章 憧れの志望校へ

2話 犠牲の対価

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「さて……」

持っていた封筒をテーブルにそっと置く。
そして、静かに深呼吸。

――開けるのが怖い。

だって、
これには入学の合否書類が入っているんだから。

静まった居間の中で、時計の音だけが小さく聞こえていた。
私は落ち着きなく書類の周りを行ったり来たり。
らちが明かないのは分かってる。
だけど、もうちょっと心の準備が……ね。


――10分後。


「よし……、開けよう」

さすがにテーブルの上の封筒も見飽きてきた。
透視能力があるわけでもないし、結果がランダムで変わるはずもない。
覚悟を決めよう。

私は封筒を手に取ると、
近くにあったハサミで慎重に切れ目を入れた。

「これで最後……」

はしの部分が切り落とされる。
中の書類は変に切れていない、その口からは白い紙が見えていた。

――ここまで来たら一気に行こう。

封筒の中に手を突っ込み、
私は勢いよく書類を引っ張り出した。

「っ――――、あ……、あれ?」

真っ白――。

慌てて封筒を見返すとそこには何も書かれていない。

「ぎ、逆だよね……」

はははと、乾いた笑いが出る。
動揺し、裏表も確認出来ていなかった。
何もなかったかのように書類を中へ戻す。
やり直し、そう、やり直し。

封筒の印刷を確認して再挑戦、こういう時はテンポが大事。
私は同じ紙を再度引き抜くと、書かれた一文が目の中に飛び込んできた。


――合格証書在中、弓木雪菜殿。


一瞬時間が止まる。
目に映る文字を脳が認識出来ていない。
僅かな時間の後、鼓動が高鳴り始めた。
脳が言葉の意味を理解した証拠、
私は悲鳴に似た小さく細い声を漏らした。

「っ……よかった……、やったよ!」

目頭が熱くなり全身が脱力する。
安堵のため息と一緒に涙があふれた。

学業が苦手な私に受験勉強は長く辛い試練だった。
まだまだ短い人生だけど、生き地獄にしか感じないくらい。
試験が終わっても気は全然休まらないし、結果が知りたくて仕方がなかった。

――でも……、恐怖しか無かった。

試験後も余裕が無くて自己採点がままならなかったんだ。
脳裏から嫌な感じが抜けないんだよ、
考えれば考えるほど、逆の結果ばかりが頭を過って。
私はもう一度証書を見つめると優しく抱きしめた。


――これで解放される。


心でそうつぶやくと口元が小刻みに震えた。
大粒の涙が頬をつたい心の奥から込み上げてくる想い。
息が乱れ呼吸もままならなくなると全身が震え始めた。
その状態はしばらく続き、空気を取り込もうと体が弛緩した瞬間、
感情は限界に達した――。

「あああぁああぁああ……っ」

あふれ出る衝動と声。
私は泣いた。
これまでの苦しみを吐き出そうとなりふり構わず、
とても大きな声で――――。


―――――20分後。


「はぁ…ぁ、ふぅ……」

つかれた……。
感情的になってたとは言え、さすがに泣き疲れた。
普段使わない筋肉を使った気がする、喉と肺も結構痛い。

私は変に重くなった身体を持ち上げて、
抱きしめていた証書をテーブルに置いた。

――まずは大きく深呼吸。

ゆっくり吸って、吐いて。
それを何度か繰り返していくうちに頭の中がすっきりして来る。

辺りは静まり返っていた。
静寂に意識を集中するとより実感出来る
今日は思う存分に泣き、心から喜んだ。
厳しい寒さの中訪れた早い春、今はこの達成感を存分にかみしめたい。


「よし……、短い春休みを満喫しちゃおう!」

そう、これで心配事は吹き飛んだ。

意気揚々と冷蔵庫に向かい、買ってあったオレンジジュースを手に取った。
続けざまに合格証書も抜き出す。

――ふふ、足が軽い。

居間のソファーに腰を下ろし、大げさに足を組んで片ひじをついた。
その姿は、まるで悪の総帥。
手にはブランデーならぬオレンジジュース。

「ふふふ……」

うれし涙で目が潤んだ悪の総帥。
ひとり不敵な笑みを浮かべ、ジュースを一口。
甘い余韻を残しながら、まじまじと合格証書を眺めた。

「やれば出来るんだ、私も……」

自画自賛。
だけど、今回ばかりは本当に自分自身を褒めてやりたい。

ジュースをテーブルへ置きソファーに深く座り直す。
そして、
優しく証書を抱きしめ、目をつむった。
暗闇の中で身体の緊張が解けていくのが分かる。
眠気にも似た感覚。心地よい脱力感が身体を包むと、
受験勉強を始めた頃の記憶がよみがえって来た。


――当時の私。


運動神経は学年上位で、友人関係も良好。
無遅刻無欠席の皆勤賞。
家事全般もそつなくこなせて手抜きはしない。
ここまでは全然悪くない、と言うか優秀だと思う。
でもね、学力だけはてんでお話にならなかったんだ。

一年生から部活を始めた私は勉強の事なんて気にもしてなかった。
脳筋と言われたらそれまでだけど、教科書に向きあう時間がすごく苦手でさ。
後の希望校なんて心の隅にも無かった。
落ちていく学力に見向きもせず、何とかなると思い込んで部活にのめり込んでた。
勉強そっちのけで進んだ先についてくる学力なんか無い。
二年生の中間テストは散々な結果で、

――全科目赤点。

そこから、
強烈な現実が襲い掛かってきたんだよ。
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