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第3話 「前世の主の配信なんて、見ていられないよ」
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それから私はレオンハルト様との遭遇を恐れてビクビクとしながら通勤していたが、幸いにも一度も会わなかった。
しかし、最悪の再会から二週間経ったとある朝のこと、事件が起きた。
「いやぁ、王子サマって本当に最高だね」
筧さんは朝から愉快そう。
一方で私は連日の深夜残業でぐったりだ。
同じ時間帯まで残業しているはずなのに、どうしてこうも体力に差があるのだろうか。
「……へぇ。そうですか」
「お前、本当につれないな。あの王子サマのこと興味ないの?」
「興味ないですし関わりたくもありません」
「ふーん?」
と、納得したように見せかけて、筧さんは話を続ける。
「王子サマ、動画配信始めたんだけど見た? 知っているよね? 」
「……」
「異世界王子レオンハルト・フォン・イシュヴァンタイン」
「……くっ」
知っているが頷くのが悔しい。
ちょうど昨日、その名前をおすすめの動画として友だちから紹介されたところだ。
ゲーム実況をメインに活動しており、ゲームの腕はそこそこだがあらゆる話題を異世界ネタに持ち込むトークに定評のある新生VTuber。
わざわざ前世の名前を名乗っているからすぐに、レオンハルト様なのだとわかった。
見てしまったら負けだと、謎の闘争心が起こったから見ていないのだけれど。
「王子サマなだけあってカリスマ性があるんだよ。ド素人なのにどんどんフォロワーが増えてさ、もう二万人超えそうなんだ」
「……はいぃ?!」
「お前のためだけに配信しているんだから見てやりなよ」
筧さんはお節介なことに、スマホを取り出してわざわざレオンハルト様のチャンネルを見せてくれる。
(ええっ?! けっこう本格的なんだけど……!)
画面の中に映っているのは三角形のぴんと立った耳をつけている王子様のような服装のイケメンのキャラクターのイラスト。
レオンハルト様の言葉に合わせて顔が動いている。
「え、これ、……」
「俺の友だちがこういうの得意だから頼んだんだよね。王子サマが報酬を弾んでくれたって喜んでいたよ」
「へ、へぇぇ~……」
知らぬ間にレオンハルト様が筧さんと仲良くなっているような気がする。
じわじわと外堀を埋められているような、そんな危機感に襲われた。
ちらりとチャット欄を見れば、勢いよく流れているメッセージ。
「昨日なんて、投げ銭で十万円くらい稼いでいたな」
「じゅ、じゅうまんえん……」
急に筧さんが真面目腐った顔をして、「王子サマのグッズ、売るか……」なんて呟いた。
「ひと儲けできそうだな、ははは!」
あくどい商人のような眼差しに、ぶるりと震え上がってしまった。
◇
その夜、帰宅して夕食を簡単に済ませた後、ベッドに横になってスマホを触る。
壁にかかっている時計を見れば、午後十一時五十二分。
レオンハルト様はいつも午前零時から配信しているから、もうすぐで始まる頃だ。
「……どんなものなのか、見てやろうじゃないの」
動画投稿サイトを開いて検索欄に名前を入れると、例の名前を見つけた。
時間になり、クリックして動画を見る。
「アンナマリー、今日も見てくれているか?」
開始すぐに前世の名前を呼ばれてどきりとした。
まるで恋人の名前を呼ぶかのような優しい声。
「何これ、いつもこんなことを言っているの?」
拍子抜けしてスマホを取り落としそうになった。
「それでは、本日もゲームを始める」
もったいぶって話すレオンハルト様に、チャット欄では「待ってました」と合いの手が入っている。
「本日はこれ。世界的に有名なゾンビが出てくるホラーゲームだ。私の故郷であるイシュヴァンタインではこのような有事に備えて神殿騎士団を保有しており――」
延々と語り始める自国の説明だけで三十分は過ぎている。
そろそろ寝ようかと思った矢先にレオンハルト様は思い出したかのようにゲームを始めた。
ゲームの腕は確かに中の上と言った感じだ。
下手ではないが、私が推している配信者さんに比べるとそれほど上手くもない。
「――うむ、敵に囲まれてしまった」
絶体絶命の状況に陥っても声は悠長だ。
「こんな時、いつもアンナマリーに助けてもらっていたよ。彼女はどんな危機も切り抜けてくれる非常に優秀な護衛なんだ」
とまあ、のんびりと話しつつ絶妙な攻撃技を繰り出して周りにいるゾンビたちを一掃した。
「ゲームではアンナマリーと並べるほどの実力を持てそうだな。現実でもこれくらい強ければいいのだが……」
王子が強ければ護衛の仕事がなくなってしまうではないか、と突っ込みを入れる。
「私がアンナマリーのためにできたのは、彼女に良からぬ縁談が舞い込んできたときに相手の家門を捻り潰すくらいだ。それ以外は情けないほど無力だったよ」
恐ろしい事実を聞かされたような気がしたけれど、気のせいにしておく。
確かに、これまでに縁談があった家は婚約破棄された後に没落していたような気がするが、たぶん偶然だ。レオンハルト様が裏で糸を引いていた筈がない。
「アンナマリー、いつも其方に守ってもらうばかりで、私は不甲斐なくてたまらなかった。ドラゴンの討伐で私を庇ったせいで背に傷を負わせたのをずっと後悔している」
ぽつりと呟く声は痛々しく、そんな彼に同情する言葉がチャット欄に書かれる。
(なによ。守られるのがレオンハルト様の仕事だったのに)
私はただ、レオンハルト様を護衛するために育てられた人間。
生きた剣であるべきとされていた存在なのだ。
「……前世の主の配信なんて、見ていられないよ」
スマホを机の上に置き、布団の中に潜り込んだ。
しかし、最悪の再会から二週間経ったとある朝のこと、事件が起きた。
「いやぁ、王子サマって本当に最高だね」
筧さんは朝から愉快そう。
一方で私は連日の深夜残業でぐったりだ。
同じ時間帯まで残業しているはずなのに、どうしてこうも体力に差があるのだろうか。
「……へぇ。そうですか」
「お前、本当につれないな。あの王子サマのこと興味ないの?」
「興味ないですし関わりたくもありません」
「ふーん?」
と、納得したように見せかけて、筧さんは話を続ける。
「王子サマ、動画配信始めたんだけど見た? 知っているよね? 」
「……」
「異世界王子レオンハルト・フォン・イシュヴァンタイン」
「……くっ」
知っているが頷くのが悔しい。
ちょうど昨日、その名前をおすすめの動画として友だちから紹介されたところだ。
ゲーム実況をメインに活動しており、ゲームの腕はそこそこだがあらゆる話題を異世界ネタに持ち込むトークに定評のある新生VTuber。
わざわざ前世の名前を名乗っているからすぐに、レオンハルト様なのだとわかった。
見てしまったら負けだと、謎の闘争心が起こったから見ていないのだけれど。
「王子サマなだけあってカリスマ性があるんだよ。ド素人なのにどんどんフォロワーが増えてさ、もう二万人超えそうなんだ」
「……はいぃ?!」
「お前のためだけに配信しているんだから見てやりなよ」
筧さんはお節介なことに、スマホを取り出してわざわざレオンハルト様のチャンネルを見せてくれる。
(ええっ?! けっこう本格的なんだけど……!)
画面の中に映っているのは三角形のぴんと立った耳をつけている王子様のような服装のイケメンのキャラクターのイラスト。
レオンハルト様の言葉に合わせて顔が動いている。
「え、これ、……」
「俺の友だちがこういうの得意だから頼んだんだよね。王子サマが報酬を弾んでくれたって喜んでいたよ」
「へ、へぇぇ~……」
知らぬ間にレオンハルト様が筧さんと仲良くなっているような気がする。
じわじわと外堀を埋められているような、そんな危機感に襲われた。
ちらりとチャット欄を見れば、勢いよく流れているメッセージ。
「昨日なんて、投げ銭で十万円くらい稼いでいたな」
「じゅ、じゅうまんえん……」
急に筧さんが真面目腐った顔をして、「王子サマのグッズ、売るか……」なんて呟いた。
「ひと儲けできそうだな、ははは!」
あくどい商人のような眼差しに、ぶるりと震え上がってしまった。
◇
その夜、帰宅して夕食を簡単に済ませた後、ベッドに横になってスマホを触る。
壁にかかっている時計を見れば、午後十一時五十二分。
レオンハルト様はいつも午前零時から配信しているから、もうすぐで始まる頃だ。
「……どんなものなのか、見てやろうじゃないの」
動画投稿サイトを開いて検索欄に名前を入れると、例の名前を見つけた。
時間になり、クリックして動画を見る。
「アンナマリー、今日も見てくれているか?」
開始すぐに前世の名前を呼ばれてどきりとした。
まるで恋人の名前を呼ぶかのような優しい声。
「何これ、いつもこんなことを言っているの?」
拍子抜けしてスマホを取り落としそうになった。
「それでは、本日もゲームを始める」
もったいぶって話すレオンハルト様に、チャット欄では「待ってました」と合いの手が入っている。
「本日はこれ。世界的に有名なゾンビが出てくるホラーゲームだ。私の故郷であるイシュヴァンタインではこのような有事に備えて神殿騎士団を保有しており――」
延々と語り始める自国の説明だけで三十分は過ぎている。
そろそろ寝ようかと思った矢先にレオンハルト様は思い出したかのようにゲームを始めた。
ゲームの腕は確かに中の上と言った感じだ。
下手ではないが、私が推している配信者さんに比べるとそれほど上手くもない。
「――うむ、敵に囲まれてしまった」
絶体絶命の状況に陥っても声は悠長だ。
「こんな時、いつもアンナマリーに助けてもらっていたよ。彼女はどんな危機も切り抜けてくれる非常に優秀な護衛なんだ」
とまあ、のんびりと話しつつ絶妙な攻撃技を繰り出して周りにいるゾンビたちを一掃した。
「ゲームではアンナマリーと並べるほどの実力を持てそうだな。現実でもこれくらい強ければいいのだが……」
王子が強ければ護衛の仕事がなくなってしまうではないか、と突っ込みを入れる。
「私がアンナマリーのためにできたのは、彼女に良からぬ縁談が舞い込んできたときに相手の家門を捻り潰すくらいだ。それ以外は情けないほど無力だったよ」
恐ろしい事実を聞かされたような気がしたけれど、気のせいにしておく。
確かに、これまでに縁談があった家は婚約破棄された後に没落していたような気がするが、たぶん偶然だ。レオンハルト様が裏で糸を引いていた筈がない。
「アンナマリー、いつも其方に守ってもらうばかりで、私は不甲斐なくてたまらなかった。ドラゴンの討伐で私を庇ったせいで背に傷を負わせたのをずっと後悔している」
ぽつりと呟く声は痛々しく、そんな彼に同情する言葉がチャット欄に書かれる。
(なによ。守られるのがレオンハルト様の仕事だったのに)
私はただ、レオンハルト様を護衛するために育てられた人間。
生きた剣であるべきとされていた存在なのだ。
「……前世の主の配信なんて、見ていられないよ」
スマホを机の上に置き、布団の中に潜り込んだ。
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