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第一章 再会
01.あたらしい生活
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それからわたしとエドは王城を出て一緒に馬車に乗りこむ。
エドは手を差し伸べてくれて、エスコートしてくれる彼の手の温もりが手袋越しに感じられた。
彼は王都内に邸宅を持っているそうで、わたしはそこで働くことになる。
リンドハーゲン男爵邸。
そこがわたしの新しい生活の場だ。
大魔導士として活躍をしたエドの功績を称えてエスタシオンの国王が爵位とお屋敷と領土を授けたらしい。
かつてイヴェールの王城でメイドたちにいじめられていたわたしを小さな体で助けてくれたエドがこうしてそばにいてくれるのがとても幸せで。それにエドはもう捕虜じゃなくて、大魔導士になり、幸せな生活を送れていてホッとした。
それと同時に、これまでエドがどうしてきたのか知りたくてたまらなかった。
「エド、今日からよろしくお願いします」
逸る気持ちを抑えきれずに声をかけるとエドの眉根が寄せられる。
「馴れなれしいですよ。今日から私が主人であることをよく覚えておきなさい」
「あ……旦那様。申し訳ございませんでした」
心底嫌悪しているような表情に冷たい声音が合わさって気づかされた。
わたしはまだ勘違いをしていたのだ。
エドは助けてくれたのではなく、捕虜を侍従として引き取っただけなのに。けれど幼い頃から想いを寄せていた人物が引き取ってくれたのが嬉しくて、おまけにエスコートまでしてくれたから舞い上がってしまっていたのだ。
このままエドが不快な思いをしてしまったら、出て行けと言われてしまうかもしれない。そう思うと肝が冷えた。
だから必死で感謝の言葉を口にした。
「わたしのような者を引き取っていただきありがとうございます。精一杯お仕えいたしますのでどうかよろしくお願いいたします」
「……」
返事は全くなかった。馬車の中は静まり返って、車輪が石畳の上を走る音だけが耳に届く。
幼い頃のエドはよくお喋りする子だったけど、そんな彼はもうどこかに行ってしまったようだ。
寂しく思う一方で、エドの顔に昔の彼の面影を感じると嬉しい気持ちになる。
窓の外を見つめるエドの横顔をそっと覗いて、この幸せを噛みしめた。
・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
リンドハーゲン男爵家のタウン・ハウスは趣がある白亜の建物で、これまでイヴェールの王宮から出たことがなく比較対象がないものの、目の前のお屋敷がとても立派に見えて、入るのに気後れした。だけどお屋敷の庭に咲く淡く優しい色の花々の甘い香りを吸い込むと少し勇気が出てきた。
エドに連れられて中に入ると意外にも使用人の数は少なく、エドは贅沢を好まずなんでも自分でするのを好んでいたそうで、あまり雇っていないらしい。だから人手が増えて助かったと、メイド長のドリスさんは手を叩いて喜んでくれた。
それからドリスさんがお屋敷の人たち一人一人に紹介してくれて挨拶をする。
敗戦国の王族なんて受け入れてくれないかもしれないと腹を括っていたのに、みんな優しく出迎えてくれて拍子抜けした。それに王宮の侍従たちよりもうんと親切で思わず涙が出そうになった。
全員に挨拶が終わると今度はわたしが住むことになる部屋に連れて行ってくれる。
「ここがフィーの部屋だよ」
案内された部屋はお屋敷の端の方にあり、わたしがイヴェールで住んでいた塔の部屋よりも広くて明るくて清潔だった。
寝台とテーブルと鏡台があり、クローゼットを開けると清潔なお仕着せや寝間着までもが揃っている。
「わあ……素敵」
「ふふ、フィーはお姫様なのに質素なのが好きなんだね」
ドリスさんは満足げに頷くとクローゼットからお仕着せを一着取り出した。
「今日は着替えさせてあげるからちゃんと服の着方を覚えるんだよ」
「いいえ、もうドレスを脱ぐのだって一人でできるから大丈夫ですよ」
なんせ、イヴェールではわたしの世話をするメイドがいなかったんですもの。おかげで着替えも湯あみも一人でできるようになった。
驚いてくれると思ったのに、ドリスさんは悲しそうな顔でわたしの首元を見つめた。
ドリスさんが見ているのはきっと金色の環。つぎはぎだらけのドレスを着たわたしがそれをつけていると可哀想だと思ってくれたのかもしれない。
でもこの金の環はエドが私にくれた契約の証で、わたしとエドを繋ぐ大切なもの。
首にかかるその小さな重みが愛おしくてそっと触れた。
するとドリスさんが抱きしめてくれる。久しぶりの感覚に戸惑っていると優しく頭を撫でてくれた。
「フィー、ここにいるみんなは酷いことなんてしないんだから安心しな。着替えたら厨房までおいで。紅茶の淹れ方を教えてあげるからエドに持って行っておやり」
ドリスさんはそう言って部屋を出て行った。
部屋に残されたわたしはお仕着せに袖を通す。
身なりを整えているとお仕着せのポケットの中に何か入っているのに気づいた。手を入れて探ってみると肌触りの良いリボンに触れる。
「綺麗な色……」
それはエドの瞳の色と同じ深い青色のベロア生地のリボンだった。
ドリスさんが偶然この色を選んで用意してくれたのかもしれない。
嬉しくなって鏡台の前に座って髪を結わえてみると、パサついた髪がリボンのおかげできちんとまとまってくれている。
エドの瞳の色と同じリボンをつけただけで、ずっと嫌いだったこの白金色の髪も少しは好きになれる気がした。
エドは手を差し伸べてくれて、エスコートしてくれる彼の手の温もりが手袋越しに感じられた。
彼は王都内に邸宅を持っているそうで、わたしはそこで働くことになる。
リンドハーゲン男爵邸。
そこがわたしの新しい生活の場だ。
大魔導士として活躍をしたエドの功績を称えてエスタシオンの国王が爵位とお屋敷と領土を授けたらしい。
かつてイヴェールの王城でメイドたちにいじめられていたわたしを小さな体で助けてくれたエドがこうしてそばにいてくれるのがとても幸せで。それにエドはもう捕虜じゃなくて、大魔導士になり、幸せな生活を送れていてホッとした。
それと同時に、これまでエドがどうしてきたのか知りたくてたまらなかった。
「エド、今日からよろしくお願いします」
逸る気持ちを抑えきれずに声をかけるとエドの眉根が寄せられる。
「馴れなれしいですよ。今日から私が主人であることをよく覚えておきなさい」
「あ……旦那様。申し訳ございませんでした」
心底嫌悪しているような表情に冷たい声音が合わさって気づかされた。
わたしはまだ勘違いをしていたのだ。
エドは助けてくれたのではなく、捕虜を侍従として引き取っただけなのに。けれど幼い頃から想いを寄せていた人物が引き取ってくれたのが嬉しくて、おまけにエスコートまでしてくれたから舞い上がってしまっていたのだ。
このままエドが不快な思いをしてしまったら、出て行けと言われてしまうかもしれない。そう思うと肝が冷えた。
だから必死で感謝の言葉を口にした。
「わたしのような者を引き取っていただきありがとうございます。精一杯お仕えいたしますのでどうかよろしくお願いいたします」
「……」
返事は全くなかった。馬車の中は静まり返って、車輪が石畳の上を走る音だけが耳に届く。
幼い頃のエドはよくお喋りする子だったけど、そんな彼はもうどこかに行ってしまったようだ。
寂しく思う一方で、エドの顔に昔の彼の面影を感じると嬉しい気持ちになる。
窓の外を見つめるエドの横顔をそっと覗いて、この幸せを噛みしめた。
・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
リンドハーゲン男爵家のタウン・ハウスは趣がある白亜の建物で、これまでイヴェールの王宮から出たことがなく比較対象がないものの、目の前のお屋敷がとても立派に見えて、入るのに気後れした。だけどお屋敷の庭に咲く淡く優しい色の花々の甘い香りを吸い込むと少し勇気が出てきた。
エドに連れられて中に入ると意外にも使用人の数は少なく、エドは贅沢を好まずなんでも自分でするのを好んでいたそうで、あまり雇っていないらしい。だから人手が増えて助かったと、メイド長のドリスさんは手を叩いて喜んでくれた。
それからドリスさんがお屋敷の人たち一人一人に紹介してくれて挨拶をする。
敗戦国の王族なんて受け入れてくれないかもしれないと腹を括っていたのに、みんな優しく出迎えてくれて拍子抜けした。それに王宮の侍従たちよりもうんと親切で思わず涙が出そうになった。
全員に挨拶が終わると今度はわたしが住むことになる部屋に連れて行ってくれる。
「ここがフィーの部屋だよ」
案内された部屋はお屋敷の端の方にあり、わたしがイヴェールで住んでいた塔の部屋よりも広くて明るくて清潔だった。
寝台とテーブルと鏡台があり、クローゼットを開けると清潔なお仕着せや寝間着までもが揃っている。
「わあ……素敵」
「ふふ、フィーはお姫様なのに質素なのが好きなんだね」
ドリスさんは満足げに頷くとクローゼットからお仕着せを一着取り出した。
「今日は着替えさせてあげるからちゃんと服の着方を覚えるんだよ」
「いいえ、もうドレスを脱ぐのだって一人でできるから大丈夫ですよ」
なんせ、イヴェールではわたしの世話をするメイドがいなかったんですもの。おかげで着替えも湯あみも一人でできるようになった。
驚いてくれると思ったのに、ドリスさんは悲しそうな顔でわたしの首元を見つめた。
ドリスさんが見ているのはきっと金色の環。つぎはぎだらけのドレスを着たわたしがそれをつけていると可哀想だと思ってくれたのかもしれない。
でもこの金の環はエドが私にくれた契約の証で、わたしとエドを繋ぐ大切なもの。
首にかかるその小さな重みが愛おしくてそっと触れた。
するとドリスさんが抱きしめてくれる。久しぶりの感覚に戸惑っていると優しく頭を撫でてくれた。
「フィー、ここにいるみんなは酷いことなんてしないんだから安心しな。着替えたら厨房までおいで。紅茶の淹れ方を教えてあげるからエドに持って行っておやり」
ドリスさんはそう言って部屋を出て行った。
部屋に残されたわたしはお仕着せに袖を通す。
身なりを整えているとお仕着せのポケットの中に何か入っているのに気づいた。手を入れて探ってみると肌触りの良いリボンに触れる。
「綺麗な色……」
それはエドの瞳の色と同じ深い青色のベロア生地のリボンだった。
ドリスさんが偶然この色を選んで用意してくれたのかもしれない。
嬉しくなって鏡台の前に座って髪を結わえてみると、パサついた髪がリボンのおかげできちんとまとまってくれている。
エドの瞳の色と同じリボンをつけただけで、ずっと嫌いだったこの白金色の髪も少しは好きになれる気がした。
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