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23.怠け者の友人と

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 真夜中の戦闘から数日が経った。

 いろいろあったが今では元通り、王都の郊外の家で生活している。
 日常を取り戻した一方で、殿下にはまだお会いできていない。

 先日のお礼を言いたかったが、殿下は視察の後の公務に追われて忙しく、時間がないらしい。
 手紙は送ったが、できることなら直接申し上げたい。身体を張って守ってもらったのだから。

 長距離を転移魔法で移動して助けに来てくださったのだ。それにはかなり身体の負荷がかかる。移動させた人数も多かったから尚更だろう。

 殿下にはお会いできないが、私は王宮へと向かった。今日は宮廷騎士団から注文があった薬を届ける日なのだ。
 ティメアウスは広大な領土を持っているため、小さな異変にも気づけるように定期的に騎士団が国中を見回りしに行く。今回はその準備で薬を注文してくださったようだ。

 王宮の門をくぐると、オスカーの庭師仲間であるリンツさんが話しかけてきた。

「薬の配達お疲れ様。忙しいところ悪いのだが、配達が終わったら薔薇園に来てくれないか?」
「いいですけど……どうしたんですか?」
「オスカーがしょぼくれているから声を掛けてやってほしいんだ」
「あら、それなら私が励まさないといけませんね」

 幸いにも、薬を届けた後は予定がないからちょうどいい。

「ありがとう。オスカーをよろしく頼むよ」

 私はリンツさんと別れた後、足早に騎士団の屯所に薬を届けた。そして約束通り、薔薇園へと向かう。

 薔薇園は騎士団の屯所の反対側にある。王宮の中を縦断していくことにした。
 私は王城を観察しつつ、もくもくと足を動かす。

 ティメアウス城は幾つもの塔から成る建物で。
 その至る所に黒炎獣ニグフレウムスなどの建国神話に出てくる生き物の彫塑が佇み、城と王族を守っているのだとマクシミリアン殿下に教えてもらった。

(殿下は回復されたかしら?)

 転移魔法の疲れがとれぬ間に業務に追われているから心配だ。
 体を壊していないといいのだけど。

(今まであんなにも遭遇していたのに、いざ会いたいと思う時に限って会えないものね)

 先日の事件について報告をいただく時にはお会いできるのだが、なんだかその日がずっと先のように思えた。

「さてさて、薔薇園に着いたからオスカーを探さないとね」

 温かな陽気が降り注ぐ午後、薔薇園に足を踏み入れれば、甘い薔薇の香りが迎えてくれる。大きく深呼吸をし、胸いっぱいに薔薇の香りを吸い込んだ。
 見上げるように背が高い迷路を抜けてゆくと、いつものベンチが見えた。

「あ、見つけたわ」

 そして、オスカーの姿も。
 オスカーはベンチの上に寝転がっている。

「昼間に堂々と昼寝しているなんて……」

 元気がないと聞いていたけど、どちらかと言えばぼんやりしているように見えた。

「オスカー?」
「うわっ! リタ!?」

 近づいて顔を覗き込んでみると、オスカーは驚いて飛び上がった。

「まぁ~たサボっているのね!」
「これは……その……、リタこそどうしたんだ?」
「薬の納品があったからついでに来たのよ」
「もしかして、会えないのが寂しくて来てくれたのか?」

 オスカーはニヤリと意地悪く笑った。先ほどまでのしおらしさはどこへ行ったのやら。

「誰かさんが元気ないって聞いたから励ましに来たのよ」

 嫌味っぽく言ったのに、彼はへらりと笑って起き上がると、自分の横をポンポンと叩いて座るよう促してくる。
 本当に元気がないのか疑わしい。しかし、いつもは陽気なリンツさんが心配していたので、もしかしたら今は隠しているのかもしれない。

(たしかに、しばらく見ない間にやつれてしまったわね)

「リタは元気そうでよかった」
「おかげさまで。それよりも、仕事中に寝るならお休みをもらったら? 無理しない方がいいわよ?」
「そうもいかないんだよなぁ~」

 何があるのかはわからないが、聞いてみても「んー」って言うくらいで濁してしまうので、それ以上は詮索しないことにした。

「ねぇ、最近マクシミリアン殿下にお会いした? お元気そうだった?」
「なんだぁ? 殿下のことが気になるのか?」
「そ、そりゃあティメアウスに住んでいるから気になるわよ!」

 オスカーは私が結びネクトーラの魔法使いであることは知らないからあの日のことがあって心配しているとは言えないが、いち国民として聞いてみる分には怪しまれないだろう。

 しかし彼は片眉を持ち上げてじっと私の顔を見る。ドキリとしたが、ここで顔を逸らすのもおかしいし、ひとまず見つめ返した。

「ねぇ、オスカー?」
「……」 

 どういうわけか、彼は何も言わずに見つめ続けてくる。その口元はだんだん歪められて意地の悪い表情になってきた。

 ただ見つめ合うだなんて、何をしているのだろう、私たちは。

「どうしたのよ?」

 普段はよく喋るオスカーがあまりにも長い間何も言わなくなったので、耐え切れなくなって声に出した。自分でもびっくりするくらい拗ねた声だった。

「ごめんごめん、俺が悪かったから怒るなよ」

 オスカーは噴き出して笑った。
 心配している人に対してふざけるなんて失礼だ。

「さっきの質問の答えだけど、殿下は元気なんじゃねぇか?」
「はぁ、適当ね」
「溜息をつくなよ。王太子殿下には早々会えないんだからわからないんだ」

 いくらオスカーでも、そう頻繁には会えないみたいだ。

 そもそも、一介の庭師見習いがよく頼まれごとをされている方がおかしいのだ。王族直々の以来となれば、本来であればオスカーのお師匠様や先輩が頼まれるものだろう。

 そんなことを考えながら話していると、不意に体の片側に重みを感じた。
 横を見てみると、オスカーが私の肩に頭を預けている。

「ちょっ……オスカー? 寝ているの?」

 通りかかった庭師さんたちがヒューヒュー言っている。
 いや、囃し立てなくていいからどなたか回収してくださらないかしら。すっかり眠りに落ちて脱力しているのか、とっても重い。

「リタちゃん、ちょっと寝かせてやってくれねぇか? こいつはこのところ忙しくて疲れが抜けてねぇんだ」

 私は知らなかったのだが、彼の先輩にあたるリンツさんによると、彼はまたもやを頼まれて身を粉にして働いていたのだとか。
 全く、庭師見習いが庭を離れて何をしているのやら。

 そして私は彼の枕ではないのだけど。
 ここの方たちはみんな彼に甘すぎると思う。

 手持ちぶさたでむすっとしていると、リンツさんら庭師さんたちが王宮でのできごとを聞かせてくれた。
 おかげで眠気が吹き飛んだ。正直に言うと、オスカーがスヤスヤと心地よい寝息をたてていたので、つられて寝てしまわないか心配だったのだ。

 やがてリンツさんが調理場の名物シェフの真似をし始めたころに、オスカーは目を覚ました。起きた瞬間ガバッと体を起こし、文字通り目を真ん丸に見開いて私を凝視する。

「え? 俺は何を……?」
「オスカー! 重くて潰れるかと思ったわよ!」
「お、……ごめんなさい」
「え?! ちょっと……そんなに反省されるとは思ってもみなかったわ」

 彼はきまりの悪さを隠したいのか、指輪を触りながら目を逸らす。
 ごめんなさいだなんて、いつも砕けた調子の彼の口から聞く日が来るとは思わなかった。
 思いがけず丁寧な対応されるとさすがに言い過ぎたかなと後悔してしまう。少し焦っていると、肩を掴まれて視界がガクンと回った。気がつけば頬に何か当たっている。

「お詫びに膝枕してやるから」
「い・り・ま・せ・ん! さっさと仕事しなさい!」

 見上げて怒ると、彼は楽しそうに笑っている。ちっとも反省していないようだ。しかも、庭師さんたちは相変わらず面白そうに見物してくる。

 そろそろ彼を叱ってくれてもいいと思うのだが、全くそんな気配がない。

(皆さんが甘いので、私が代わりに怒ります……!)

 サボりがちなのに許してもらえることとか、庭師見習いなのに頻繁に殿下からおつかいを頼まれていることとか、世渡り上手と片づけるにしてはいささか納得できないくらいみんな彼に甘い。


 このお気楽な友人には謎が多い。お互いに踏み込み過ぎないようにしているけれど――。
 それでも、彼はいつも笑顔でいてほしいと思うほど、大切な存在だ。
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