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第零章 天女の始まり

36 大谷徳とは

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 いつものごとく夏虫が鳴いている。しかし、今日は真夏にしては涼しく過ごしやすい夜だ。日中徳はいつも通りに力を覚醒させるための特訓を行い、夕餉やお風呂を済ませ、すでに寝る体制は出来ていた。――…が、いつも一緒に寝ている二郎坊がいない。

「千代ー、二郎ちゃん遅くない?」
「…確かに、佐助兄さまと風呂へ行ってから結構時間が経ちましたね。」
「大丈夫かな?」
「気配的に屋敷内には居るので大丈夫でしょう。」
「あ、そうなんだ…。なんか、便利だね。その気配を探る的なやつ。この屋敷広いのにわかるんだ。」
「はい!千代は徳様であれば敦賀城内でも何処にいらっしゃるのかわかります!」
「そうなんだー…。」
 自慢気な千代だが、徳にとって良いのか悪いのか反応に困る。

「しかし、徳様はもうお休みの時間でありますね。千代が呼んでまいります!」
「うん。ありがとう。あ、でも、お取込み中だったら大丈夫だよ。」
「はい!」

――…一人になって徳が思うことは、早く力を覚醒させたいという焦りだ。

(なんで自分の力なのに、感じることさえ出来ないんだろう…。)
 先に横になり、訓練用のガラス玉を持ち上げ、意識を集中する――

「…やっぱりだめだー…。」

 いつものように変化のないガラス玉が、行灯あんどんの灯影でユラユラと煌めいた。

















「こんな処でどうした?」




「…信繁…。」
「早く戻らないと、大谷の姫が心配するんじゃないのか?」
「……。」
 徳らが使っている部屋から少し離れた外廊下に二郎坊はいた。涼風が夜の木々の葉を静かに鳴らしている。

「……おれ、徳のこと好きだ。…あんたらのことも、人間なのに、好きだ。…だから、おれ…。」
「…そうか。…俺も君のこと嫌いじゃない。だから、君の力になりたい。きっと皆がそう思っているんじゃないか?」
「違う!そうじゃない!」
「…?」
 急に堰を切ったように叫びだした二郎坊を信繁は静かに見つめる。

「っおれは!…あんたらに迷惑かけたくない!今日、あの陰陽師が来たんだろ!?また来るかもしれないって…!最悪、信繁たちは陰陽師が来ても逃げ切れるかもしれないけど、徳は力が封じられてるじゃないか!?そんなんじゃ――、」
「ちょっと待て、封じられてるってなんだ?」
「…え?」
「封じられているとはどういうことだ?」
「え…、だって、徳の中から出ないように、徳の中で力が…。」
「力が?」
「…良く分かんなかったけど、…今日徳が力の訓練してただろ?その時に見えたんだ…。外に力が出ようとする度に、徳の中心から何かが伸びて、力が出ないように引っ張ってるみたいな…。」
「…それは、本人は知っているのか?」
「いや、わかんない…。おれは何も言ってないけど…。」
「…そうか。」
「…?その封印を解くための訓練じゃなかったのか?」
「…いや。……本人が知らないということは、吉継殿も知らないのか…?」
「…?おれ、思うんだけど、徳って…――、」


「二郎坊!信繁殿と夜涼みでもしてるのか?徳様が心配されておるぞ!」


 男二人の目の前にシュッと千代が元気よく現れた。


「「…。」」

「…?いや、お取込み中なら別に大丈夫とも言っておられたが…、…すみませぬ。もしや、邪魔したか?」
「いいや、大丈夫だ。二郎坊。お前も早く休め。」
「…う、うん。」
「(このことは、とりあえず、まだ誰にも言うな…。)」
「…。(こくり)」
 別れ際に信繁は二郎坊に耳打ちして二人を見送る。

「佐助。」
「はいよー。主様。」
「大谷の姫と、阿部吉明あべのよしあきらの件、どうだ?」
「んもー、日中は屋敷で、夜だけの活動ってホント、無茶ぶりもいいとこだよー。」
「…出来る範囲でいいと言ってるだろう。」
「おれのこと舐めないでくださいよねー。おれ、一応完璧主義だから。」
「はいはい。で、何か分かったことは?」
「今の二郎坊の話にも被るけど、姫さんと、阿部吉明あべのよしあきら、両方の件でお伝えしたいことがあります。」

 真剣な表情で、佐助は信繁の瞳を覗いて呟いた。
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