上 下
16 / 71
第零章 天女の始まり

15 吹っ切れる(1)

しおりを挟む
「遅かったな。」


 あの後、佐助の存在に気づいた徳はなんとか気持ちを持ち直し、うっかり一緒に連れてきてしまった子猫を佐助へと紹介した。そして食べれるかも分からないが徳の朝食であった鮎を少しだけほぐして子猫へと与え、待たせてはいけないと食事の場へと移動し、意を決して入った部屋での信繁の第一声がそれである。


「すいません。姫さんが屋敷で子猫を見つけて来たんですよ。その子の世話をちょっとばかし。」
「あぁ、あの猫な。」
「え?主様知ってんですか?おれ、子猫のことなんかわかんないから適当に魚あげてみたんですけど、大丈夫だったかな。」
「俺も子猫については詳しくないな…。」



(……うん…。……信繁様、普通…。)


 信繁とどのような顔で対面すればいいのかと部屋に入るまで緊張していた徳だったが、あまりにも信繁が何もなかったかのように会話をしているため、徳は肩透かしを食らった気持ちになる。

「大谷の姫が飼いたいのであればこの屋敷で飼ってもよいが、面倒は見てもらうぞ。」
「ぅえ!?あ、はい。ありがとうございます。」
(……じゃなくて!)



 先ほどのことを引きずっていた徳は、急に話しかけられ声が裏返ってしまったが、あまりにも信繁が平然としており逆に驚いてしまう。
(…いや、待てよ、もしかしてこの時代って「傷なんて舐めときゃ治る!」的な感じなのかな。だから、信繁様も特に他意はなくあんな行動を…。治療のため…?)

いや、どんだけ~!!!!
 
(どぎまぎした私がばかみたいじゃん!ってか、ほんと、自分のならまだしも他人の血とか触っちゃダメですよ!信繁様!…いや、自分のもダメか。不衛生だ。)

 一瞬にして冷静になった徳は、むしろ信繁の女性への距離感の方が心配になるのだった。






「ささ!冷めちゃうからご飯にしよう。主様、これ、ほとんど姫さんが作ったんですよ。すごくない?」
「…鮎はお前だな。」
「もちろん。鮎は必須でしょ。あ、特に毒とか入れてる様子なかったから大丈夫だと思いますよ。」
「え?」
「…そういう心配はしていない。」
「はいはい。」
「大谷の姫、佐助がすまない。こいつの発言は気にしないでくれ。」
 信繁が眉間を少し寄せ答え、佐助は相も変わらず本音の読めない人のよさそうな笑顔を浮かべている。
「あ…、はい…。」

(……なるほど…。)

 なぜ早朝、徳が台所に来た時にタイミングよく佐助が現れたのか徳は理解した。そういえば刺客として疑われているんだったと自身の立ち位置を再認識した徳は、疑われていることに悲しむというよりも、



(…それって…)

「…今まで、毒を入れられたりした事があったんですか…?」

 徳の質問に、信繁と佐助はきょとんとした顔をした。
「…こんな時代だからな。」
「これでも主様って真田家の次男だし。昔っから才能やばかったからね。」
「ただ単に存在が邪魔だっただけだろう。…まぁ、最近は落ち着いた気もするが…。」
「あれ、主様が一番やばかったのあの時だよね。」
「黙れ佐助。」
「いや、ほんと、俺仕えたばっかだったから、そんなやばい世界に居たの?ってほんとびっくりしたんだけど。……姫さんは無縁の世界だったのかな?」

 佐助の視線に徳はびくりと肩を揺らす。
(…そうだ。今は戦国時代なんだ…。父上様は豊臣秀吉の天下統一のための戦に出ているけど、それは死ぬか、生きるかの話…。)

 悪役令嬢になることを阻止すれば家族と共に生きていけると。恋愛云々を避け、婚約などをしなければ家族と幸せに過ごせると思っていた徳は、一気に胸中が冷や水にさらされる。


(この時代の人々は死が近い)

 いままで命が奪われる危険性など日常生活で感じたことなかったし、考えたことがなかった。戦についても理解していたつもりで徳の認識は甘く、急に父の安否が不安になる。

(あぁ、…だからか…)

 父親からの手紙はわりと頻繁に届いていたが、元気だということと、ご当地情報などの話ばかりで戦については書かれていなかった。

(父上様は、…わざと血なまぐさい話を避けてたんだ…)

 敦賀城のみんなは、誰も戦については教えてくれなかった。


(私を不安にさせないように…、心配させないように…)


「まぁ、そんな話は置いといて、ご飯食べよう!」
「あ、はい…、すいません…。」
「お前が言い出したんだろう…。」


(信繁様だってそうだ…。私が命を狙いに来た暗殺者とか、スパイかもしれないと思いながらも信繁様は私をこの屋敷においてくれているんだ…。)

 先ほどまでお腹がすいていた徳だったが、初めて自分ひとりで作った料理もあまり喉を通らなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

従姉が私の元婚約者と結婚するそうですが、その日に私も結婚します。既に招待状の返事も届いているのですが、どうなっているのでしょう?

珠宮さくら
恋愛
シーグリッド・オングストレームは人生の一大イベントを目前にして、その準備におわれて忙しくしていた。 そんな時に従姉から、結婚式の招待状が届いたのだが疲れきったシーグリッドは、それを一度に理解するのが難しかった。 そんな中で、元婚約者が従姉と結婚することになったことを知って、シーグリッドだけが従姉のことを心から心配していた。 一方の従姉は、年下のシーグリッドが先に結婚するのに焦っていたようで……。

浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。

Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?

ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。 アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。 15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。

処理中です...