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第4章 独身男の会社員(32歳)が長期出張から帰還するに至る長い経緯

第15話「おじさんが…………デレたっ!?」―――恭子side

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「キョウっ!!どうしたのっ!?ねえっ、返事してよっ」

 それは早朝の学園での出来事だった。

 HRが始まる前、自分の席でスマホを両手に持った恭子がフルフルと震えているのを都華子が見つけて慌てて声を掛けていた。

「ねえっ、キョウってば!何かあったの?……ひょっとしてオジサマにっ!?」

 恭子の顏は心なしか青白く、自分の声が相手に聞こえていないその状態は、ついひと月前の純一が九州に出立する日に家の前で立ちすくんでいた彼女を連想させ、それが都華子をより一層慌てさせた。

 それまでは仲間内の私語などでざわついていたクラスメートたちも、徐々に静かになっていきその視線は血気迫る都華子と、放心状態の恭子へと注目されていった。

 静まりかえる教室の中でガラガラと響く扉の開く音と共に担任教師が入室する。

「みんなHR始まりますよ。どうしたんですか?今日に限ってこんなに静かなのにみんな着席していないなんて―――」

 姫紀はクラスの雰囲気に違和感を感じながらも着席を促していたが、辺りを見渡す中で皆の注目の中心にいる恭子を発見してからは都華子以上の豹変ぶりを見せていた。

「恭ちゃんっ!どうしたのっ!?」

 恭子の座る席へ凄い勢いで駆け付ける姫紀。
 
 恭子から返答が無いので、姫紀は都華子の方へ顔を向けるが彼女もわからずに首を左右に振るだけ。

 ただ、恭子がギュッと握っているスマホに何かしらがあったのだろうと心配そうに見つめることしかできなかった。

「…………とっちゃん、姫紀お姉ちゃん」

 暫く静寂が流れた後にようやく気がついたのか、恭子がポツリと呟く。

「………昨日から、なんか、おかしいな……って、……思っては、いたんです……おじさんが」

「渡辺さんに何かあったのねっ!?」

 恭子がコクリと頷く。

「おじさんが…………………でれたんです」

「でれ?……キョウっ!でれって何なの?何かの病気っ!?」

「でれでれなんですっ!!」

「でれでれ?ってデレデレって……こと?」

 恭子の言葉の意味に気がついた姫紀は更にその表情を一変させた。

「やっぱりっ!!あの野郎、さっそくあっちで女をつくりやがったのね!!」

「オジサマに限ってそんなこと……キョウの勘違いじゃ……」

 姫紀と都華子の思考が行き着いた先の結論に対して恭子は二人にキッと目を向ける。

「違いますっ!おじさんはそんなことするはずありませんっ!!」 

「え?」

「え?」

「「……じゃあ、一体誰にデレたの(よ)」」


「えっと……それは……あの、ですね……私に?……でしょうか」

「……」

「……」

 完全に無の表情になっていた二人へ改めて説明しようとする恭子だったが、その時にピロリンと鳴ったスマホを見てそれを中断した。

「あっ、ちょっと待ってくださいね―――えへへっ『早くに会いたいなぁ』って……おじさんったら……ええと、『私も早く会いたい、で、す♡』……っと」

 そんな恭子を見て放心状態だった片割れのちっちゃい女の子の方が恭子の左後頭部をパシンと叩く。

「あぅっ!……痛いです、とっちゃん?」

 そして続いて放心状態だった片割れのおっきい女性の方も恭子の右後頭部をバシンと叩いた。

「えぅっ!……痛いです、姫紀お姉ちゃん?」

「没収」

 ただ鋭くそう言い放って、恭子が抵抗する間も与えぬまま姫紀は彼女のスマホを取り上げる。

「………なによ?そんな『おっ?』っていう目で見ても駄目よ。私にはそんなの通用しません、没収です」

 それは姫紀の英断であったが、『それは不味い、それだけは不味い』というクラス全員の不安な眼差しを一心に受けても取り上げたスマホを一向に返そうとはしなかった。

「いやいや姫ちゃん、返してあげなよ。キョウがこの世の終わりみたいな顔してるからっ」

 流石にもはや恭子の構成要素の一部になりつつあるスマホを取り上げるのは余りにも残酷だと思った都華子は親友への免責を求めるも姫紀に振り上げた手を降ろす様子はない。

「……私もこの子も本当の絶望というのを身を以て知っています。これしきのことが何だと言うのよ。……恭ちゃん、貴女は働いて自分の力で渡辺さんに会いに行くのでしょう?メッセージのやり取りくらい我慢できる筈ですっ!」

「……………はぃ」

「それに貴女のそのバイトは今週末なのよ!ちゃんとメニューを考えているの?惚気てないでしっかりなさいっ!!」

「…………………はぃ」

「ま、まぁ……連絡がとれないのも困るでしょうし、放課後には返してあげますからっ」

 その最後の救いの言葉に、恭子の萎んだ表情へ大きな花が咲く。

 結局いつもの一幕なんだとようやく気がついたクラスメートたちがゾロゾロと自分の席に戻り、何事も無かったかのようにHRを始めるその姿はとても訓練された様子だった。


※ ※ ※ ※ ※ ※


 そしてその日の晩、いつもの定時電話連絡の際の事。

『どうしたんだ、恭子?今日はメッセージも返してくれないし、やけに大人しいじゃないか……おいっ、ひょっとして泣いているのかっ?』

「あぅぅ……おじさん……これっ、これっ、姫紀お姉ちゃんに取り上げられてしまって……………放課後には一応返してもらえたんですけどっ…………でもっ、これっ、キッズケータイなんですっ!!」

『……まあ、あれだけ授業中の時間にスマホ使って俺たちやり取りしてたんだから、そりゃそうなるわな』

 スマホ没収の責任の一端は自分にもあると自責の念に駆られた純一だったが、お互いに猛省しつつも姫紀からスマホを取り返す算段を相談し合っていた。
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