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幕間2 回想録 とっちゃん日記―――都華子side

極秘ミッション

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 気がつけば日記をパラパラと捲り始めて2時間が経った。

「あー、このころはキョウも大変だったんだろうなぁ」

 ウチのお父さんが言ってた。

 煙草を止めるときも最初の一週間が一番大変だったって。


※ ※ ※ ※ ※ ※


 某月 某日 まだちょっと雪が残ってる

 姫ちゃんから極秘ミッションを与えられた。後、キョウがちょっとめんどくさかった、まる。


 あれは休みの前の日、学校の放課後に姫ちゃんから呼び出されたときのこと。

「相葉さん、相葉さん。今から貴女にとてもとても大切な用件をお伝えしなければなりません」

 私たち以外誰も存在しない生徒指導室での開口一番がそれだった。

 あー、多分これはめんどくさいやつだ。

 って、思って軽く流したかったけど、姫ちゃんの真剣な眼差しがそうさせてくれない。

「渡辺さんが自分のマンションに置いて行っているパソコンを見て、情報を入手しなさい」

 ふむ、何かのミッションだろうか?

「ん、情報って?なんの?」

「それは……アレよ。わかるでしょう?あの人に群がる有象無象の女のことよ」

 ごめん、わかんない。

 だって、オジサマに有象無象の女の人なんて群がってないし。

「端的に言ったら?」

「浮気調査です」

 おおぅ、直球だね。

「色々と突っ込みたいところがあるけど……取り敢えず、今はこっちに居ないんだからあっちでやんなきゃ意味なくない?」

「現地では既に吉沢の腕利きエージェントが活動中です」

 おっと、後でオジサマにメッセージで伝えとかなきゃ。

「だから、ここに居ない今こそ、地元での女性関係をしっかり調査して関係整理をしておかなければいけないのです!!」

 姫ちゃんが腕を振るい上げて熱弁している。

「いやぁ、オジサマは花の独身だし、浮気じゃないし、そもそも姫ちゃんにとやかく言う権利は……」

 ギロリと睨まれました。

 怖いよ、姫ちゃん。

「……なんでもないです。って、パソコンを覗くくらいなら姫ちゃんがやればいいじゃん」

 わざわざ私に頼まなくてもいいじゃんか。

「駄目よ。私は既に過去3回ほど渡辺さんのスマホを覗き見た事がバレて釘を刺されているわ。次バレたら渡辺家へ出入り禁止になるのよ」

 寧ろ、3回まで仏の顏をしたオジサマが凄いや。

 私にもし彼氏がいて、一回でもスマホを見られたらガチギレしちゃうよ。

「それに、貴女だったらもしバレても、どうせ『てへっ』って言えば許してもらえるのでしょう?」

 絶対小馬鹿にされているよ、私。断ろうかなぁ。

「もちろん無料タダとは言わないわ。このミッションを成功させた暁には相葉さんの言うことを何でもひとつ聞いてあげます」

 何でも?何でもするって言ったね?姫ちゃん。

「わかったよ。じゃあ、ちゃんと出来たらKOSAMEが私の為だけに歌ってくれるっていう条件で手を打ってあげる」

「OKよ。KOSAMEというのが何なのかはわかりませんが、必ず手配をしておきます」

 ライブチケットですら神掛かり的な確率でしか手に入らないと言われている、日本で一番人気のアイドルグループだよ。

 最近姫ちゃんはやんちゃ過ぎるから、あんたでも出来ないことがあるってことを思い知らせるために、無理難題を押し付けてやった。てへ。



 そしてこれは翌々日の日記の内容になるけれど、日曜の朝にいつものごとくキョウの家に行った。

 最初のころはインターホンを鳴らして、キョウに玄関の鍵を開けてもらってたんだけど、それが余りにもしょっちゅうなことだったから、それを見かねたオジサマが合鍵を作ってくれていた。

 だから、今では我が物顔でリビングまでレッツゴーできるってわけ。

 んで、いざリビングに行ってみたらキョウがスマホを両手に持ったまま微動だにしていないんだけど。

「おじさんからメッセージが返ってこないんです……、私、心配で心配で……」

 そりゃアレだよ。あんたが私そっちのけで昨日夜遅くまで電話でオジサマとくっちゃべってた所為だよ。まだ寝てんだよ。

 休みの日のAM7時なんて独身男の会社員にとってはまだ深夜なんだよ。


 オジサマが九州に行った最初の一週間は、シクシクしていたキョウを私は必死でヨシヨシしてあげた。

 だって、キョウの気持ちや想いが十分にわかるから。

 でもね、もう一月経とうとしてるんだよ。

 ぶっちゃけ、もうめんどくさい。

 
 取り敢えず、キョウの横を通り過ぎる時にチラとスマホを覗いたら結構な数の未読メッセージがオジサマに送られ続けていたので、彼女のスマホを取り上げておいた。

 おっ?っていう目で見てもダメだよ。このまま放置していたら、オジサマが起きた時にビックリしちゃうじゃん。

 返信が来た時に返してあげる。

「それと、ちょっとオジサマの部屋のパソコン借りるね」

 って、さりげなく言ってみたけど、流石に不自然極まりないね、これじゃ。そりゃキョウも『えっ?』ってなっちゃうよね。

「あー、オジサマから頼まれごとでパソコンの中身で確認して欲しいことがあるって」

 と、誤魔化してみたものの、後でキョウからそのことをオジサマへ伝わってしまったら、ミッションは大失敗に終わってしまう。

 ただでさえ、キョウは一秒でも長くオジサマと電話トークするために、今日は何を話そうか?と事前に話題整理とかしているくらいだ。

「おっと、これはキョウには内緒だったんだっけ。ゴメンこのことは知らなかったことにしておいて」

 更に『えっ?えっ?』となるキョウ。

「あー、多分キョウへのサプライズとかじゃないかなぁー。黙っておいてビックリさせたいことがあるんだよ、きっと」

「……おじさんが?私のために、サプライズ……」

 サプライズと言えば、キョウの誕生日に送られたオジサマのダンス。

 キョウはそれを思い起こしているのだろうか、ブツブツと呟いて自分の世界に入って行った。

 まあ、私のウソだから何にもサプライズなんてないんだけどね。てへ。

 逆に期待して待ち続けていて何も起こらないのがサプライズだね。



 と、いうことでオジサマの部屋に突入した私はデスクトップのPCを立ち上げた。

 パスワードは知っている。何度かパソコンを借りたことがあるから。

 オジサマの爆速仕様のPCは数秒でデスクトップ画面まで即座に起動した。

 浮気調査と言えばメールだ。

 便せんのアイコンをダブルクリック。

「流石にコレにもパスワードが掛かっているか」

 私は腕を組んで考えてみる。

 オジサマが設定しそうな文字列を。

 こういうものは数回間違えるとロックが掛かってしまう。

 そしたらチャンスを失う上にバレてしまう。

 3回までにしておこう。

 さあ、なんだ?オジサマの考えそうなパスワードは……

「取り敢えず、ゲンちゃん+車のナンバープレートの登録番号だよね」

 genchan○×△□と打ってみた。

 すると、ズラリと並らぶメッセージの数々。

 オジサマ、セキュリティー甘すぎッ!!

 早速、マウスホイールをクルクルさせてポチポチメールの内容を確認してみた。

 結果的には女性からの親密的なメールは殆ど皆無だった。

 そりゃ、そうだよね。普通パソコンのメールでプライベートのやりとりなんかしないもん。スマホは以前に姫ちゃんが奪取して覗き見たっていってたから、こりゃ完全にシロだね。無罪だよ。

 ってことで、それに関しては一件落着だったんだけど、別件で相当気になるメッセージがあった。

『こちらは芸能事務所バーサスの村上と申します。以前zyunzyun様が動画サイトで生放送された時、最後にセンターで踊られた女子高生をご紹介頂けないでしょうか?所在をお教えいただくだけでも構いませんし、もちろん失礼で無ければ謝礼も用意しております。つきましては一度zyunzyun様とお会い出来ればと―――』

 これって、キョウのスカウト!?芸能界のスカウトじゃん!!

 ヤバいよコレ。バーサスってったらKOSAMEも所属している超大型芸能事務所じゃん!!

 受信メッセージに返信マークがついていなかったから、オジサマはスルーしているみたいだった。

 他にも別の芸能事務所から同様のメッセージがいくつもあったり、特にこのバーサスの村上っていう人からのメールの数は半端なかった。

『本当に学校名とかだけでもいいんです!!なんでしたら住んでいる県名だけでも教えて頂けないでしょうか!!契約の有無に関わらずとも、ハピネスさんとお会いできなくとも、zyunzyun様とお会いできましたら300万円ほどお渡しできる準備ができております!どうかご返信頂けますよう―――』

 村上は必死だった。

 めっちゃ気になったのはこのメールだけにはオジサマの返信マークがついていた。

 私は恐る恐る返信されたメールを確認する。

『ごめん、無理』

 ヤバい、オジサマめちゃ恰好良い。

 私は浮気調査としての潔白の証拠を兼ねて、いくつかのメール本文や受信メール、送信メール一覧を印刷しておいた。

 ミッション完遂し終えた後にふと思ったんだけど、私がこの村上にキョウの所在を教えてあげたら300万くれるんだろうか?



 更に翌日の月曜日に姫ちゃんの元へこの件に関しての結果報告をしに行った。

「そう、恭ちゃんの件に関してはよくやったわ。渡辺さんのことに関してシロと断言するのは尚早だと思うけれども」
 
 私が渡した印刷書類をペラペラ捲っている姫ちゃんだったが、まだオジサマへの疑いは完全に晴れていはいない様子。

「まあ、いいわ。……ああ、報酬の件だったわね。KOSAMEとかいうユニットでしたっけ?ここの学校の体育館を今週末に部活中止にして貸し切りにして音響設備を含め手配しておきましたから」

 へ?

 へっ?

「なにをひょうきんな顔をしているのですか?貴女が言ったことでしょう?」

 いやいやいやいやいや、だってKOSAMEだよ?

 冗談だよね?

「その日、一日は人的にも物的にも確保出来ているので、時間は相葉さんが決めて頂戴」

「ええと……それって、KOSAMEが体育館のステージで歌ったり踊ったりしているところを私一人がポツンと立って見るってこと……なのかな?」

「貴女がそう言ったのでしょう?それに別に立っていなくたって、椅子に座って見ればいいと思うのだけれど」

 そういう問題じゃないから!!

「……ごめんなさい。私は吉沢の力を舐めちゃってました。一人でライブに挑む勇気は無いんで、せめて全校生徒を招待してください」

 私はひれ伏すように姫ちゃんに懇願した。

「よくわからないのですけれど、了解しました。先方からは混乱を防ぐために情報封鎖を徹底するように依頼されておりましたので、この件に関しては休日に実施する臨時全校集会ということで生徒たちに伝達しておきましょう」



 結局KOSAMEのゲリラライブがタコガクの体育館で実施され、休日の臨時全校集会とかいう訳の分からない名目で集められた全校生徒や教師たちがパニックになっていた。

 私的にはKOSAMEの大ファンだったんだけど、新曲披露の『とっちゃん💛LOVE』はマジ勘弁だった。全校生徒へ『相葉!』『都華子!』の合いの手を求められ、大熱狂でそれをやられた私は吐血寸前にまで神経をすり減らされた。


 あと、それに比べたら結構余談になっちゃうんだけど、KOSAMEのマネージャーが全校生徒に紛れていたキョウを見つけちゃってその後が大変だったみたい。

 私も姫ちゃんも失念していたけど、そりゃそうなっちゃうよね。だって本校にキョウがいてそこにバーサス事務所の関係者が来ちゃうことになったんだもん。

 慌ててKOSAMEのマネージャーが呼び寄せた村上とやらが必死でキョウに喰らい付いていたが、そこは守護神のタカフミと吉沢パワーが彼女を死守していた。

 それでも、吉沢の大いなる力が完全発動するまでの数日間はキョウも大変だったらしいけど、こんなことなら私が先にキョウを紹介して300万貰っとけば良かったと思った今日この頃でした。てへ。
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