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幕間1 回想録 姫ちゃんが渡辺純一を好きになるに至る長い経緯―――姫紀side

第3話「十年越しの彼女」

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 直樹は有能だったらしい。

 向こうにとっては願ったり叶ったりだったとはいえ、直樹は首尾よく恭ちゃんの現保護者である渡辺純一に彼女をタコガクへ編入させることに快諾させた。

 残る敵は自分自身。

 
 彼女の前に立つには、今までの自分を完全に封じ込めるしかない。

 自宅マンションの寝室に飾ってある姉一家の写真の真ん中に映る保育園時代の彼女の写真を見つめ、自分に言い聞かせる。

 貴女は神海さん、私とは何ら関わりのないただの一生徒。

 大丈夫、明日にはきっと貴方にとって相応しい吉沢先生になっているはずだから。



「神海恭子です。よろしくお願いいたします」

 職員室で私に挨拶をする彼女は、10年前に見たときに比べたらまるで別人のようだった。

 か細い声。

 そして姿勢正しく美しいその容姿は、本物の令嬢である私なんて彼女の隣に立てば、周囲からまがい物扱いされるに違いない。

 そんな彼女だったが、その気品から僅かに感じ取れる負のオーラと更に微かに感じ取れる希望のようなものは今の彼女自身を物語っているようだった。

 私は硬直する。

 どんなに封じていても、脳内に再生される姉一家の事故の報告。

 目の前に立つ女の子が植松の家で受けた虐待の数々。

 冷や汗が滲み出ると共に自分の心が奥底から灰色に変色していくのがわかる。


 それでも、彼女の第2声は私を律した。

「あの……、先生?」

 大丈夫、私はちゃんとやれる。

「ええ、すみません神海さん。ちょっと考え事をしていたものでして。私は貴女の担任を務めます吉沢姫紀と申します。こちらこそこれからよろしくお願いしますね」

 私は昨晩に何時間も掛けて考えた最初の言葉を出来る限り自然に絞り出すことが出来た。

 何度も何度も口から洩れそうになった言葉を必死で飲み込んで。


 その後も、神海さんは私にとってただの一生徒に過ぎないのに、何故かその子のことが気になって仕方がない。

 一人ぼっちになってはしないだろうか?

 誰かに苛められてはいないだろうか?

 いや、自分がそこまで心配するのはおかしい。私はただの神海さんの担任なのだから。

 今までの自分と新しい自分がせめぎ合いを続けた。


 休み時間には他の生徒から話しかけられている。

 昼休みも一緒に食べる子が出来たみたいだ。

 確か……あの子は相葉都華子さん。私は知らなかったが、私のクラスに直樹と同じ反吉沢の家の子がいるとのことを直樹から聞いていた。

 直樹がそれとなく神海さんのことを伝えるとその子の親に伝えておくと言っていたが、相葉さんは神海さんと仲良くしてあげてとご両親から言われたのだろうか?

 活発で天真爛漫な相葉さんに迫られて、最初は気後れしていた彼女も少しづつその表情から僅かな笑みを垣間見せている。

 私は何度目かの安堵の溜息が出した。


 私の口から何度も何度も漏れそうになった言葉を最後まで飲み込み続けられたのは相葉さんのおかげだろう。


『恭ちゃん、私はあなたのお母さんの妹よ。これからは何があっても絶対に恭ちゃんを守るから!私はあなたの味方なんだからね!』
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