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第168話「致死量未満の快楽㉒」
しおりを挟む「祐樹なら別に大丈夫よー。」
そう母が話している電話先の相手は、不倫相手だった。
「手がかからないのだけが取り柄みたいな子だもん。」
嬉しそうにそう語る母の横顔を見ても、俺は何も感じなくなってきた。
母が不倫相手と密会している間にも、父は父で浮気に励んでいる。
性に奔放な両親が度々起こす喧嘩は、正直言って見るに堪えなかったが、だったらそもそも見なければいいだけの話で、つまりはそういうことだ。
「祐樹君はすごいね! もうこんな難しい漢字まで書けるのね!」
そう俺を褒めるのは、小学校の担任の女教師だった。
別に難しい事なんてなかった。
どこかで見たことがあったのかもしれないし、初めて見た字なのかもしれなかったが、それでも俺には読めたし書けた。
それだけのことだった。
「みんなも祐樹君を見習うのよ!」
自分の自慢話でもしてるかのように声高らかに話すこの教師が、実は俺の父の不倫相手だと俺が気付いていないと思ってることも知っていた。
その頃からか、他人の言葉がどうにも、薄っぺらいだけの雑音に聞こえ始めた。
虫の羽音のように五月蠅いだけの雑音は聞くに堪えなかったが、だったらそもそも聞かなければいいだけの話で、つまりはそういうことだった。
「祐樹! あんたまた服脱ぎ散らかして!」
「祐樹! お前はなんで料理もできないんだ!」
「祐樹君! あんた先生の話聞いてたの⁉」
そう罵るのは、これまでの登場人物たち。
何でも出来ることに飽きて、何にも出来ない振りをし始めたら、こいつらは手の平を返して罵詈雑言を浴びせてくるようになった。
雑音が騒音に変わった気がしたが、ただそれだけで、それ以上も以下もない。
だから、俺は出来ない振りをやめない。
やめれば、また退屈なだけの日々が始まってしまうから———
六月十二日(日)十八時十九分 埼玉県大宮市・路地裏
「はぁっ…はぁっ…」
息を切らせて、神室秀青はその場に倒れた。
受け身は取っていない。
意識を失ったからだ。
それと連動でもしているかのように。
上体を起こして、エリミネイターを拾って、“pepper”はおぼつかない足取りで立ち上がった。
「はぁ…はぁ…これで二人目……♪」
下田従士到着まで、残り二十五秒———
遠くから神室秀青を見下ろすと、”pepper”は千鳥足になりつつも前進を開始した。
その殺人鬼の前に、心音まりあが立ち塞がる。
両手を広げて、神室秀青を庇う様に。
「これ以上は進ませない!」
珍しく敵意の込もった口調で宣言する女神。
その様子を見て、立ち上がろうと何度も腕に力を込める美神𨸶。
(マズい……体が動かない‼ 嵐山君も神室君も動けない‼ 俺しかいない‼ 動け動け動け‼)
先程のナイフ投擲で、美神𨸶も限界を迎えていた。
“pepper”はゆっくりと、至極ゆっくりと心音まりあの前に立つ。
「あー…げほっ!」
うなじを掻きつつ、吐血する”pepper”。
彼の血が服にかかり、心音まりあはびくりと体を震わす。
「……別に、これ以上先になんて進まねぇぇよぉー」
戸惑う表情の心音まりあ。
“pepper”は、あくまでも自分のペースで話を続けた。
「三人目は、お前だから」
「っ⁉」
反射的に身構える心音まりあ。
”pepper”は徐にエリミネイターを振り上げた。
「楽しみだなぁ……お前らでのオナニー」
その言葉を最後に、“pepper”はナイフを心音まりあに向かって振り下ろした。
「………っ‼」
目を瞑る心音まりあ。
「………」
しかし。
自身の身に何も起こらず、心音まりあはゆっくりと片目だけ開け、次第に両目を見開いた。
そこに映っていた光景。
エリミネイターが地を跳ねる甲高い音と共に、“pepper”が倒れ伏していた。
「え———」
慌てて、心音まりあは”pepper”を抱き上げる。
心の臓の音がしない。
心の声も聴こえない。
「うそ———」
下田従士到着まで、残り二秒。
僅かに、ほんの僅かにだが宣言よりも早く、下田従士が現場に到着した。
そこで見たのは、倒れている三人の生徒と一人の殺人鬼。
そして、その殺人鬼を抱きしめて、呆然としている一人の女生徒だった。
殺人鬼”pepper”は、未だかつてない自慰への期待を胸に、息を引き取っていた。
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