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第154話「致死量未満の快楽⑧」
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六月十二日(日)十八時十一分 埼玉県大宮市・路地裏
嵐山楓がポケットから取り出した物。
それは、八枚のカッターの刃だった。
カッターの刃。
ちゃちな印象を抱かせるそれは、当然のことながら殺傷能力はあまり高くはない。
切れ味の悪さ、引いて切るという使用方法からくる痛みの連想、残る傷痕。
どちらかといえば、威嚇がメインの武器だった。
それを、八枚。
嵐山楓は両手の指間に挟み込み、“pepper”目掛けて投げた。
バレない程度の小さな追い風と共に。
「っ!」
瞬間、”pepper”は反射的に防御の体勢を取り———すぐに攻勢に出た。
動作のキャンセリング。
申し訳程度に羽織られているレインコートの布地が切り裂かれた。
無数の刃をその身に受けるも、決して怯まずナイフを突き出す。
(いや、止まれよ!)
嵐山楓はそれを咄嗟に躱す。
その、対角線上。
“pepper”を挟んだ、嵐山楓の対称に神室秀青は立っていた。
”pepper”から見て、右斜め後方。
彼の死角にて拳を握って、突進———
瞬時に、”pepper”は体を捻って回転。
その流れで突き出していたナイフを強引に振り回した。
「———っ⁉」
咄嗟に両足を止め、ブレーキ。
神室秀青は顎を引いてナイフの軌道を躱した。
ナイフの刃先には毒。
神室秀青は慎重になっていた。
なりすぎていた。
粉骨砕身の猪突猛進。
『独り善がりの絶倫』による防御力向上の恩恵を利用した自らを省みぬ捨て身の戦闘こそ神室秀青に最も適した戦法。
しかし、神室秀青は理解していた。
いくら彼のエーラ総量が並外れた人外の域にあろうとも、エーラで毒は防げないことを。
嵐山楓の忠告が効いていた。
果たしてそれは、吉か凶か。
しかし。
だがしかし。
この位置、この距離、このタイミング。
神室秀青と嵐山楓は、“pepper”を挟んだ。
挟み撃ち。
二対一、数の利が活きる陣形。
「っぁああああああっ!」
神室秀青が拳を振るい、嵐山楓が小さくタイミングをずらして蹴りを放つ。
連携。
ここにきて、二人はようやく攻勢に出た。
左右から放つ時間差の攻撃。
しかし。
しかしそれでも、届かない。
”pepper”はいともなしに二人の攻撃を捌く。
神室秀青の拳をナイフの柄で叩き落とし、嵐山楓の蹴りを腕で弾き上げる。
左右両サイドからの攻撃に、容易く対処する。
圧倒的処理能力。
「っ⁉」
下に体勢を崩した神室秀青は足を踏み込んで踏みとどまる。
神室秀青はそれでいい。
しかし、嵐山楓。
彼は上に体勢を崩していた。
これでは踏みとどまることもできず、どうしようもない。
どうしても、バランスが崩れた直後の大きな隙が生まれてしまう。
そこを狙わない“pepper”ではなかった。
神室秀青の拳を叩き落としたナイフの刃先を嵐山楓に向けて、再び突き出す。
咄嗟に、その腕に神室秀青はしがみつくが、それでも殺人鬼は止まらない。
中肉中背。
その体格からは想定できない膂力。
「ふっひゃぁっ‼」
“pepper”の口から歓喜の雄叫び。
迫るナイフ。
この瞬間、この一瞬が嵐山楓には永遠のように感じられ、そして。
殺人鬼のナイフが、嵐山楓に届かなかった。
ナイフは彼の脇腹を掠めるだけに留まった。
軌道が逸れた。
神室秀青が掴みかかったからではない。
“pepper”の顔面が何かによって弾かれたのだ。
嵐山楓が親指で弾き飛ばした何か。
それは、消ゴムだった。
ショッピングモールで盗撮魔に使用した白い消ゴム。
消しゴムは、鉛筆、シャーペンでの文字を消す用途で使用するイメージが強いが、先のショッピングモールにて盗撮カメラを破壊したように、その弾性から速度と質量によってはカッターの刃なんかよりもよっぽどの殺傷能力を有する兵器となる。
その小さな兵器によって弾かれ、思わず仰け反り、踏ん張る殺人鬼。
前から後ろへ、後ろから前へ。
重心の極端な変動。
そこに生まれる、大きな隙。
「あぁっ‼」
嵐山楓は上げっていた足を即座に蹴り落とす。
舞い降りた少ないチャンス、若干の焦りがあったのだろうか。
“pepper”は彼の蹴りを寸でのところで腕で受け止める。
しかしそれでも生まれた隙。
チャンスは繋がれる。
二対一。
数の利。
ガスマスクは視野を大幅に狭める。
神室秀青はそれを理解せずとも理解し、殺人鬼の死角を縫って背後へと回った。
決定的な隙。
ここで神室秀青はあえて落ち着く。
一瞬———時間にしてはコンマ一秒。
慌てずふためかず冷静に戻り、右足にエーラを局所集中。
渾身の蹴りが、殺人鬼の後頭部に炸裂した。
下田従士到着まで、あと四百十二秒―――
嵐山楓がポケットから取り出した物。
それは、八枚のカッターの刃だった。
カッターの刃。
ちゃちな印象を抱かせるそれは、当然のことながら殺傷能力はあまり高くはない。
切れ味の悪さ、引いて切るという使用方法からくる痛みの連想、残る傷痕。
どちらかといえば、威嚇がメインの武器だった。
それを、八枚。
嵐山楓は両手の指間に挟み込み、“pepper”目掛けて投げた。
バレない程度の小さな追い風と共に。
「っ!」
瞬間、”pepper”は反射的に防御の体勢を取り———すぐに攻勢に出た。
動作のキャンセリング。
申し訳程度に羽織られているレインコートの布地が切り裂かれた。
無数の刃をその身に受けるも、決して怯まずナイフを突き出す。
(いや、止まれよ!)
嵐山楓はそれを咄嗟に躱す。
その、対角線上。
“pepper”を挟んだ、嵐山楓の対称に神室秀青は立っていた。
”pepper”から見て、右斜め後方。
彼の死角にて拳を握って、突進———
瞬時に、”pepper”は体を捻って回転。
その流れで突き出していたナイフを強引に振り回した。
「———っ⁉」
咄嗟に両足を止め、ブレーキ。
神室秀青は顎を引いてナイフの軌道を躱した。
ナイフの刃先には毒。
神室秀青は慎重になっていた。
なりすぎていた。
粉骨砕身の猪突猛進。
『独り善がりの絶倫』による防御力向上の恩恵を利用した自らを省みぬ捨て身の戦闘こそ神室秀青に最も適した戦法。
しかし、神室秀青は理解していた。
いくら彼のエーラ総量が並外れた人外の域にあろうとも、エーラで毒は防げないことを。
嵐山楓の忠告が効いていた。
果たしてそれは、吉か凶か。
しかし。
だがしかし。
この位置、この距離、このタイミング。
神室秀青と嵐山楓は、“pepper”を挟んだ。
挟み撃ち。
二対一、数の利が活きる陣形。
「っぁああああああっ!」
神室秀青が拳を振るい、嵐山楓が小さくタイミングをずらして蹴りを放つ。
連携。
ここにきて、二人はようやく攻勢に出た。
左右から放つ時間差の攻撃。
しかし。
しかしそれでも、届かない。
”pepper”はいともなしに二人の攻撃を捌く。
神室秀青の拳をナイフの柄で叩き落とし、嵐山楓の蹴りを腕で弾き上げる。
左右両サイドからの攻撃に、容易く対処する。
圧倒的処理能力。
「っ⁉」
下に体勢を崩した神室秀青は足を踏み込んで踏みとどまる。
神室秀青はそれでいい。
しかし、嵐山楓。
彼は上に体勢を崩していた。
これでは踏みとどまることもできず、どうしようもない。
どうしても、バランスが崩れた直後の大きな隙が生まれてしまう。
そこを狙わない“pepper”ではなかった。
神室秀青の拳を叩き落としたナイフの刃先を嵐山楓に向けて、再び突き出す。
咄嗟に、その腕に神室秀青はしがみつくが、それでも殺人鬼は止まらない。
中肉中背。
その体格からは想定できない膂力。
「ふっひゃぁっ‼」
“pepper”の口から歓喜の雄叫び。
迫るナイフ。
この瞬間、この一瞬が嵐山楓には永遠のように感じられ、そして。
殺人鬼のナイフが、嵐山楓に届かなかった。
ナイフは彼の脇腹を掠めるだけに留まった。
軌道が逸れた。
神室秀青が掴みかかったからではない。
“pepper”の顔面が何かによって弾かれたのだ。
嵐山楓が親指で弾き飛ばした何か。
それは、消ゴムだった。
ショッピングモールで盗撮魔に使用した白い消ゴム。
消しゴムは、鉛筆、シャーペンでの文字を消す用途で使用するイメージが強いが、先のショッピングモールにて盗撮カメラを破壊したように、その弾性から速度と質量によってはカッターの刃なんかよりもよっぽどの殺傷能力を有する兵器となる。
その小さな兵器によって弾かれ、思わず仰け反り、踏ん張る殺人鬼。
前から後ろへ、後ろから前へ。
重心の極端な変動。
そこに生まれる、大きな隙。
「あぁっ‼」
嵐山楓は上げっていた足を即座に蹴り落とす。
舞い降りた少ないチャンス、若干の焦りがあったのだろうか。
“pepper”は彼の蹴りを寸でのところで腕で受け止める。
しかしそれでも生まれた隙。
チャンスは繋がれる。
二対一。
数の利。
ガスマスクは視野を大幅に狭める。
神室秀青はそれを理解せずとも理解し、殺人鬼の死角を縫って背後へと回った。
決定的な隙。
ここで神室秀青はあえて落ち着く。
一瞬———時間にしてはコンマ一秒。
慌てずふためかず冷静に戻り、右足にエーラを局所集中。
渾身の蹴りが、殺人鬼の後頭部に炸裂した。
下田従士到着まで、あと四百十二秒―――
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