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第141話「高根の花に好意を抱いた際の知的欲求、所有欲求を満たす代替行為に関する話」
しおりを挟む六月十二日(日)十二時十二分 埼玉県大宮市・某喫茶店
全体的に暗めな照明。
まるでこの空間だけが世界から切り離された場所であるかのような錯覚を起こしてしまう程に落ち着いた雰囲気の店だった。
というか、昼食時に来る店なのだろうか、ここは?
どちらかというと夜に来るべき店のような気もするんだけど……。
いや、このイケメンが言うんだ。間違いはないだろう。
そのイケメンこと、嵐山楓は一人モッサモサと運ばれてきたサラダを食っている。
……こいつ、モテるにはモテるんだけれど、モテるだけで終わってそうなんだよなぁ。
女の子とデートとかしたことなさそうだが、本当に大丈夫なんだろうか?
いや、俺が頼ってるんだ。
ここは信じよう。
などと、至極下らない事(ほんと、世界に対する影響力皆無だ)を考えていると、どういうわけか、いつの間にやら話は変態話に発展していた。
どういうわけか、じゃないか。
いやでも、ご飯を食べながらするような話では、いくら俺たちでも、ない。
しかし、そもそも話し始めたのがまりあさんなので、ここは嬉々として受け入れる他ないだろう。
まりあさんは全てにおいて優先する。
「でね、飲シャンっていうのがあってねー。」
まりあさんはティーカップを両手に実に楽しそうに話している。
「飲シャン?」
サラダと唐揚げの盛り合わせみたいな料理に乗っかっている目玉焼きを食べながら、女神の話を聞く。
「好きな女の子が使ってるシャンプーを飲んじゃうんだって。それによってその人を感じて、興奮することができるらしいよ。」
「体に悪そっ」
「自分の好きな人が、しかも毛髪、頭皮に直接使用している物と同一の物を摂取することで、その人そのものを感じているかのような倒錯を感じる。そして、その人が決して自分の手に入らないという鬱屈した感情からくる、妄想の補助材料にもなり得る。本人の与り知らぬところで行われる疑似的理解。自身が決して知ることのできない情報を手に入れたという観取の代替行為。他の人間よりもあなたを知っているという歪んだ優越感。所持欲、所有欲。そんなところから来てると、私は思うんだよねー。まさに、愛の成せる技だよね♪」
それは愛なのか?
そもそも愛ってなんだ?
「けど、だったらシャンプーじゃなくてもいいような気もするけど……。たとえば、この間の授業であったようなその人の温もりだとか、匂いだとか。」
「うん、普通だったらね。」
まりあさんの受け答えに、普通ってなんだっけ? とか思ってしまう。
「飲シャンって、響きも行為もそれによって得られる感情も、飲尿とか飲精とかに似てるんだけど……」
出たよ。
美少女の口からお下劣言葉シリーズ。
でも、まりあさんが言うと全く下品に聞こえないのは新世界七不思議の一つだろう。
「飲シャンって、対象の人物が声優とか、アイドルとかの芸能人になることが多いんだよね。より一層、身近に感じられない人が。」
「なるほど。間接技を行使しようにも、そもそも彼ら彼女らの私物に触れる機会さえない。そういった場合に現れる性癖か。こじれた性癖をさらにねじったみたいだな。芸能人特有のイメージとかも関わってそうだね。どのシャンプーを使ってるか公表してない人でも、このシャンプー使ってそう、みたいな。」
「ああ! 確かに!」
まりあさんが両手を合わせる。
音が店内に響いた。
「そういう共通点もあるね。さすがシュウ君♪」
「えへへ」
なに照れてんだ俺は⁉
「あ、そうそう。間接の授業で思い出したんだけどね。」
まりあさんは上品にティーカップに口をつける。
「象君、近いうちに退院できるみたいだよ。」
象君…あっ、香田象って奴か。
「カンガルーの袋の匂い嗅ごうとしてボコボコにされたっていう人だね。」
「うんっ。その人。」
ティーカップを置くまりあさんの微笑みに、乾いた砂漠のような俺の心は途端に潤された。
存在そのものがオアシスだ、この方は。
「すごいよね、本当に。そこまで懸命に好きを貫けるなんて……尊敬しちゃうなぁ。」
たしかに、リスクよりも快楽を求める姿は俺たちみたいな変態にとっては憧れでしかないのだろう。
ないのだろうが、しかし。
まりあさんの今の発言に対して嫉妬するか否かは別問題である。
ただ、それでも、まりあさんは本当に自分に正直な人が好きなんだなぁ、とか思ったり。
嫉妬のような近い距離の感情と、傍観のような遠い距離の感情。
それらがごちゃ混ぜない交ぜになって。
ああ、飲シャンをする人ってこんな気持ちなのかなぁ……。
そう思った時、嵐山が丁度食べ終わり、話も一段落。
全員、一息ついたところで俺たちは店を後にした。
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