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第103話「愚者のハンドワーク㉒」
しおりを挟む五月二十九日(日)十六時十八分 豊島区・光が丘公園
神室秀青ⅤS“八分儀”逆撫偕楽
挑発し、感情を逆なで、激情を煽った。
限界などとうに超え、それでも自分の“性癖”を信じて耐え、相手の怒りの一撃を待った。
自分では捕えきれないから。
隙のある大技をあえて受けて、ようやく捕まえた。
逆撫偕楽だけじゃない。
狂気的ですらある。
理解しがたい、執念。
そこまでして、神室秀青が逆撫偕楽を掴みたかった理由は、至ってシンプル。
「こうして捕まえちまえば…げはっ…位置交換もクソもねぇよなぁ‼」
「こ…の、クソガキがっ‼」
これが、『推定有罪』への数少ない対応策。
元より捕まえていれば、位置交換をしたところで状況は変えられない。
逆撫偕楽は、今まで幾度となくこの対応策を取られてきた。
だからこそ。
(……馬鹿がっ! 今のうちに調子に乗ってろ。)
掴まれた後の対応策を、取っていなかったわけではなかった。
ゆっくりと、特殊警棒の持ち手、密かに仕込まれているボタンに指をかける。
(喰らえっ!)
ボタンを押した。
「うぎゃあっっ⁉」
瞬間、神室秀青の全身に、痛覚を刺されたような痛みが走った。
スタンバトン。
特殊警棒の、真の姿。
見えにくく配置したボタンを押す事で、毎秒十万ボルトの電気が流れるよう仕込まれていたのだ。
これを喰らえば、いかに屈強な大漢であろうとも、すぐに気絶をするか、手を離す。
ましてや高校生になど決して耐えられるものではなかった。
しかし、『独り善がりの絶倫』。
「———ぐぁっ!」
嫌な音が響く。
神室秀青は渾身の力をふり絞り、逆撫偕楽の腕を握り潰した。
逆撫偕楽は堪らず、スタンバトンを地に落とす。
(なんだこの……ふざけた右手の握力はぁ……)
オナニーの日々によって鍛えられた右手の握力が、彼の窮地を救った。
すかさず、神室秀青は逆撫偕楽の鼻に頭突きをかました。
(チョー…パン……っ⁉)
鼻から血を噴き出し、大きく後ろに崩れる逆撫偕楽。
神室秀青は彼の腕を離し、右拳を握りしめた。
「歯ぁ食いしばれ」
数多の精液に塗れてきた拳が、躊躇なく放たれた
逆撫偕楽の顔面はへこみ、そのまま地面へと叩きつけられた。
アスファルトは割れ、力なく逆撫偕楽は沈んだ。
拳から煙を立ち昇らせ、神室秀青が彼を見下ろした。
「射精にすら希望を見出せねぇ、俺がお前に負けるかよ!」
五月二十九日(日)十六時十九分 豊島区・光が丘公園
膝から力が抜け落ちた、と感じた時には、もう尻もちをつく体勢でいた。
鈍い痛みがケツに響いた気がしたが、もう痛いとか、そんな感覚はよくわからなかった。
「……勝ったぁー」
力なさすぎる声に、自分で驚く。
口ん中が鉄臭いし、体がなんか動かないし。
おまけに、世界が回り始めた。
ぐるぐるぐるぐる。
段階的に回転していく景色。
地球って……ほんとに回ってたんだなぁ。
つーか、なんか周りの樹、残像してね?
「残像してね?」って、どんな言葉だよ。
「あっ」
そういや、先生との約束、思いっきり破ってんじゃん。
すげー今更臭ぇけど。
まーいっかぁー。
なんか眠いし。
その癖、目がギンギンなんだけど……。
わっけわかんねー。
「神室っちー!」
遠くからの声。
木梨さんが駆けてくるのが見えた。
先走る木梨さんの後ろを嵐山と……スーツ姿のゴツイおっさんが三名歩いている。
………誰?
「よかったぁ……神室っち、生きてたぁ……」
俺の下まで駆け寄り、胸に手を当てて涙まで浮かべてくれる木梨さんを見て、やっぱりこの子は美少女だなぁ、とか暢気なことを考えてしまう。
全身痛くてしゃあないけど、一応男として強がっとかなきゃいけない場面だろうな。
「ぜーんぜん。余裕だよ、こんなげぼぉっ!」
おえっ。
喋ったらお腹と喉痛てぇしなんか血出てくる。
「ちょっと! 血、吐いてんじゃん!」
「……違う。口切ってるだけ。」
心配そうに声を荒げる木梨さん。
悲しい男の性。
「生きてたか。良かった。」
いつの間にか追いついていた、嵐山と謎のおっさんズ。
「全身を打ってますね……立てますか?」
嵐山の横に並んでいる、おっさんズの一人が手を差し伸べてくれる。
「ありがとうございます。大丈夫です。」
素直に手に摑まり、起き上がらせてもらう。
全然大丈夫じゃありません。早く助けてください。
「えぇっと…あなた方は?」
「申し遅れました。こういう者です。」
別のおっさんが差し出したのは、警察手帳だった。
「ひぇっ…け、警察っ⁉」
反射的に慄いてしまう。
「ち…あ…・ち、違うんです、これ……あ、あの……正当防衛です、はい!」
「真希老獪人間心理専門学校(うち)と繋がってる刑事さんだ。」
呆れかえったような声を出す嵐山。
繋がってるって……?
「事態は把握してるつもりです。人心(にんしん)さんの生徒さんですね?」
「ニンシン? 妊娠?」
「真希老獪人間心理専門学校(うち)の略称だよ。」
うなじを掻く嵐山。
「随分紛らわしい略称じゃねぇか。」と、ツッコミを入れようと思った時、嵐山の足に目がいった。
「……お前、その足どうした?」
「あ? なんでもねぇよ。」
「撃たれたんだって。銃で。」
横から口をはさんだ木梨さんを、嵐山が睨んだ。
「はぁ⁉ お前…全然大丈夫じゃねぇじゃん! 寝てろよ!」
「うるせぇな。なんともねぇよ。」
顔を逸らす嵐山。
横から刑事さんがさらに(嵐山にとって)余計なことを言ってきた。
「何度も止めたんですけど……見に行くって聞かないもんで。」
バツの悪そうな顔をした後、嵐山は俺を鋭く睨みつけてきた。
「……言っとくがな、お前が心配だったわけじゃねぇぞ。お前に死なれてたら俺の責任にもなるから見にきただけだからな。」
「………。」
嵐山………。
「……お前……男のツンデレはただのコミュ障だからな? 気を付けろよ?」
「なっ! てめっ……人が折角———つぅっ」
顔を真っ赤にして身を乗り出したと思ったら、足を抑えて膝をついた嵐山。
はっはっは! ざまぁね…ゲボッ!
ゴホッ! ゴホッ!
あー、口ん中気持ち悪ぃ……。
「ほらほら二人とも。けが人なんだから大人しくしてないと。」
木梨さんが割って入る。
手を差し伸べてくれた刑事さんが、頭を掻いた。
「うーん……同行を許可しといてなんなんですが、あまり動かさない方が良さそうですね。……あちらで伸びているのが『パンドラの箱』ですか?」
倒れている痴漢野郎を指さして訊いてくる。
頷くと、「わかりました。」とだけ言って、遠く離れたところで三人固まって何やら話し始めた。
しばらくすると、刑事さんの一人が痴漢野郎に肩を貸し、運び始めた。
二人の刑事さんが俺らのところに戻り、手を差し伸べてくれた刑事さんが頭を下げてきた。
「私はこのまま車掌室に向かって、教師さんと生徒さんを解放してもらってきます。みなさんはここで、こちらの者と待機していてください。絶対にここを離れないで。」
「では、失礼します。」と、もう一度頭を下げて、駅に向かって歩き出していった。
こうして、俺ら三人と一人の刑事さんがこの場に残った。
その刑事さんも、やや離れたところで無線(?)を取り出し、通話を始めてしまった。
……なんか展開早いし、本当に信用できんのかな、この人たち。
刑事さんたちに訝しさを覚えていると、横に座った木梨さんが顔を覗き込んできた。
「神室っち、本当に平気なの?」
「うん。全然平気っス。」
即答。
悲しい男の性。パート2.
「本当にー? 初っ端から頭に血流してたじゃん。」
目を細めて、俺の頭を突いてくる。
いてて。
「っていうか、私、あの時普通に避けれたから、庇ってもらわなくても良かったんだけど。」
「え? そうなの?」
木梨さんが、不意に微笑む。
「……冗談。ありがとう、神室っち。」
そう言って、俺の手に手を乗せてきた。
「………。」
言葉が出てこない。
スキンシップのつもりか知らんが、俺は童貞野郎なんだ。そういうの一々勘違いすんだぞ。とか言ってやりたいけど、声を発せない。
顔が熱くなってくるのを感じた。
「神室っち。」
俯き、話しかけてくる木梨さん。
「もう一回訊くけど、神室っちはまりあっちが好きなんだよね?」
「…へぇっ? え…ああ、うん。どうもどうやらそんな感じらしくって……へへ、どーも。」
何がどうもなのか。
しばらく沈黙した木梨さんだが、「そっか。」と顔を上げて、もう一度微笑んでくれた。
「……その恋、実るといいねっ! 私は応援してるからねっ!」
そう言って手を離し、立ち上がった木梨さんは、そのまま樹林の奥に消えてしまった。
「え? ちょっと……」
この場を離れるなって言われてるのに……。
「お前、心音が好きだったのか?」
不意打ちすぎる嵐山の声。
体が跳ね、胃に激痛が走った。
殺すぞ。
「そういやお前、いたんだったな。」
「俺の存在を忘れてんじゃねぇよ。」
即座に睨み返してくる嵐山。
イケメンのガチ睨みって普通に恐いよな。
「……言い難いんだけどさ。」
珍しく歯切れの悪い口調で話し始める嵐山。
「木梨……お前の事好きになったぞ。」
「は?」
おいおい、いきなり何言いだすんだこのハンサムは。
いつそんな要素あったよ?
そんな簡単に女子に好かれてたら苦労しねぇわ。
俺とイケメンを同じ次元で考えるんじゃねぇよ。
「お前、木梨庇って敵の攻撃受けただろ? あん時に木梨のスイッチが入ったんだ。」
「「スイッチ」って……。イケメンはいいよなぁ。恋愛もゲーム感覚で考えられてよぉ。」
「……マジで。」
俺の煽りに一切反論せず、嵐山は真顔で答えた。
……マジ?
「……おいおい、なんだよぉ。俺にはまりあ様がいるってのに。まいっちゃうね!」
「わかりやすく舞い上がってる場合じゃねぇよ。」
指を組む嵐山。
「あいつ、武道の達人だからな。強いんだよ。俺らよりも遥かに。…実際、今回も一人だけ無傷だしな。」
そういやそうだな。
男子陣はこうもズタボロだってのに、木梨さんだけ綺麗なままだった。
「だからこそ、あいつは守られる系のシチュに耐性がない。俺が気付くレベルでない。そういうシチュに遭えば、誰彼構わず好きになる。別にお前がモテてるわけじゃねぇんだ。」
むっ。
一言多いぞ、嵐山。
「それでな、あー……フェアじゃねぇと思ったから言うんだがな。あいつは【好きな人に成り代わりたい願望】の持ち主なんだ。」
【好きな人に成り代わりたい願望】……、好意を持った人間に対して、肉体的な交わり以上のことを望む…ってことか?
「当然、“性癖”もそれに準じたものになってる。あいつは、触れた人間に変身できるんだ。」
そいつは奇襲とかに便利だな。
「で、フェアじゃないってのは?」
「………。」
本当に、言い難そうに間を置く嵐山。
なんだよ、こえぇよ。
「……あいつ、多分今、お前に成ってオナニーしてるぞ?」
苦虫を嚙み潰したような顔の嵐山。
「俺に成って……?」
俺の姿に変身して、ってことか?
その光景を思い浮かべてみる。
美少女が、俺に変身し、俺の形そのままの肉棒を自ら扱き上げる姿。
あ……。
「嵐山。」
「ん?」
「フェアじゃないって……全然俺は平気だぞ? むしろ、少し興奮して……あ、勃起したわ。」
「……お前がアホでよかったよ。」
興味を失くしたように目を逸らす嵐山。
男はみんなアホなんじゃい!
「……あれ?」
「なんだよ?」
再度、顔を向けてくる嵐山。
「俺って変身されても結局オナニーしかしねぇんだな……」
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