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第95話「愚者のハンドワーク⑭」
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今から約十年前。
鰯腹拓実は、普通の市立校に通う、大人しい中学生だった。
成績は良くもないが悪いわけでもなく、授業態度は真面目な一般的な生徒。
ただ一つ、他と違ったのは。
体臭。
彼は、生まれつき体臭がきつい体質だったのだ。
今でこそ治療法や手術などが確立されているが、当時はまだまだ知名度が低く、改善策など見つかるはずもなかった。
そしてその体臭のきつさは、生徒どころか教師からも煙たがられる始末。
彼は、いじめの格好の的だった。
ストレス発散。
どんなにいじめても、教師は騒がず見て見ぬふり。
どころか、自ら進んでいじめに介入する教師までいたくらいだ。
授業中も、休み時間も、彼に心の安息は訪れなかった。
そんな彼のことも、両親はひたすらに愛してくれたし、迷惑をかけないためにも、いじめの事は話さなかった。
だからと言うべきか、彼には当時から異常なほど熱中しているものがあった。
これも、その時代にはまだ世間には知れ渡っていないもの。
現代では、巨大なジャンルとして確立されているもの。
FPSだ。
一人称視点で戦場を駆け抜け、リアリティ溢れる動作で撃ち合うゲーム。
彼は毎日欠かさず夢中になってプレイしていた。
両親も、いじめについては何となく察していたのだろう。
彼の心中も、勿論。
だからこそ、その当時は物騒極まりないという評価しか下されなかったであろうゲームについても、あまり強くは言わなかった。
良い意味でも悪い意味でも理解のある親、こんな自分でも強くなれるゲーム。
家の中のこの世界こそが、彼の心の平穏だった。
しかし、そんな時間も長くは続かない。
昼休みの事だった。
その日は、複数人の不良グループに呼び出された。
グループのリーダーは、整った顔立ちから校内外でも有名な男だった。
教師からの信頼も厚く、可愛い彼女もいた。
まさしく彼とは対照的な存在。
彼にとってはただの悪魔だったのだが。
殴ってくる、靴を隠してくる悪魔だったのだが。
そんな男に呼び出され、下された命令。
自慰の強要。
彼はまだオナニーをしたこともないし、存在すら知らなかった。
そんな彼は、いきなりズボンをパンツごと脱がされ、携帯電話を向けられた。
グループ内には、女生徒も複数名、混じっていた。
訳も分からず自身のイチモツを擦らされる。
撮られるムービー。
恐怖と不安と緊張と悲哀と羞恥と、僅かな快楽を覚え、自身のイチモツが腫れあがった瞬間。
彼の中の何かも弾けた。
手にしたのは、数学の授業で使うコンパス。
念のため、使うはずがないと思いながら、呼び出される時はいつも持ち歩いていた。
それを、グループのリーダーに刺した。
白いシャツが、赤く染まっていく。
女生徒の悲鳴。
所詮は文房具で、素人が使ったところでさしたる殺傷力もない代物。
しかし、胸元からコンパスを生やしているリーダーの姿を見て、他の生徒はみな逃げていった。
整った顔が、痛みと恐怖と混乱でぐしゃぐしゃに歪みきっている。
イケメンとは程遠い顔立ち。
その光景を見て。
鰯腹拓実は、精通した。
その後、彼は保護観察処分となった。
学校側がいじめの隠蔽を諦め、彼の不遇が世間に知れ渡ったのが大きかった。
不良グループも別々の学校に転校となったが、彼もまた、違う学校へと移ったのであまり関係はなかった。
ただ、彼はこの時の強烈な経験から、自分よりも上位の存在を汚した場合にのみ性的興奮を覚えるバイセクシャルとなってしまった。
その後も度々問題行動を起こしては転校を繰り返し、ついには少年院へと入れられた彼。
エーラが身につくのにも大した時間を有さず、発現した“性癖”は『画面内の標的』。
高さ百九十センチ、横八十センチ、幅三十センチの見えない長方形を創り出す、傾倒型・物質創造系能力だ。
この見えない箱は外から入れて中から出られない性質を持つ。
その透過性や、特殊な性質から、消費エーラは甚大だが、それでも決まれば誰も彼に逆らえない。
特に、今回のように相手が一直線に向かってくれば、その軌道上に箱を設置するだけで捕らえられる。
能力を知られていない相手との、見晴らしのいい逃げ場のない空間での一対一。
今まさに、嵐山楓が置かれている状況こそが、彼が真価を発揮する狩庭なのである。
五月二十九日(日)十五時四十三分 豊島区・とあるアパート
嵐山楓ⅤS“彫刻具”鰯腹拓実
鰯腹拓実が拳銃を構えた瞬間、嵐山楓は肌でそれを感じ取り、構えた。
近距離対策は万全だった。
その程度にしか、その時は思わなかった。
咄嗟の事である。いたしかたない。
すぐに能力を発動し、模擬弾の速度と重量を計算に入れて(と言いつつ、ほとんどは感覚である)風を発生させる。
しかし、それが大きな間違い。
発砲音。
直後、嵐山楓の左ももが撃ち抜かれた。
「———っっ⁉」
声にならない声が喉からひり出る。
肉が焼けちぎれるような痛みが全身に走った。
総毛立ち、泡立ち、発汗する肌。
(……弾が⁉ 加速⁉ 風をすり抜けた⁉)
蹲ろうにも、見えない壁が邪魔をして直立せざるを得ない体勢。
すかさず、鰯腹拓実がまた拳銃を構えた。
「っ⁉」
すぐさま反応し、嵐山楓は再度風を発生させる。
速度が速くなった弾。
それに対応して、風を複数発生。
しかし。
今度は、発砲音はしなかった。
まるで水鉄砲化のような緩やかさ。
風が消えた直後に、嵐山楓の右目の下に液体がかかった。
瞬間、駆ける痒みと痛み。
気が狂いそうになるほどの苦痛の後、彼の顔が僅かに溶けた。
「っ⁉ っ⁉ っ⁉」
意味も分からず顔をさする。
皮膚が煙を上げている。
熱い。
痒い。
痛い。
(……酸⁉)
液体の正体に気付いた時、彼の足元に何かが当たった。
それは、転がった弾薬。
(実弾っ!)
「さっきは『鍵』が近くにいたからなぁ。神室秀青は殺せない。むやみやたらとこいつをぶっ放せなかったんだが……今はもうてめぇだけだ。遠慮なく使わせてもらうぜぇ。」
鰯腹拓実が、持っている拳銃を彼に見せびらかすようにひけらかす。
よく見ると、引き金が三つ備わっていた。
そこで、嵐山楓はようやく全てを察する。
(あんだけ撃ち込んだ模擬弾はフェイク! 本筋は実弾と酸の水鉄砲か! わざと模擬弾の速度に慣れさせて! 実弾の速度への対応を遅らせた! しかも直後には水鉄砲並みの速度の酸! 緩急つけて翻弄する気かよ! …しかも、三つってことは……)
「気付いたようだなぁ。」
嵐山楓の表情から、鰯腹拓実も察する。
「そう! こいつはただの拳銃じゃねぇ! 俺専用に作られたオーダーメイド! 一丁の銃身で三種類の弾丸を発砲できるんだ!」
唾を吐き散らし、喚き散らすように叫び散らす鰯腹拓実。
(三種類……模擬弾と実弾、酸で間違いなさそうだな……)
嵐山楓は左手で銃創からの出血を押さえつつも、思考を巡らす。
「工房のじーさん作にしてはよくできてるよなぁ。銃身も軽いし。……特に、てめぇみてぇな弾丸の軌道を曲げるような能力者にはうってつけだぜ!」
(……能力の詳細自体はバレてなさそうだが…厄介だな。三種の弾丸、どれがいつくるかわからねぇ。それぞれ速度が違う、緩急つけられちゃあ、対応しきれるか……。それに、この能力。)
朧げな意識の中、それでも彼は考える。
全ては勝つため。
(射撃に関する能力じゃ全然なかった。見えない壁…というより箱って感じか? 弾薬が俺の足元に落っこちてるとこを見ると、どうも外から入ると出られなくなる仕組みみてぇだ。……問題は…)
「俺の能力のことでも考えてたか?」
見透かすように、鰯腹拓実が拳銃を向ける。
「無駄なんだよ! お前はそこに閉じ込められた! 俺の意思以外で抜け出すのは不可能! 俺には一切近づけねぇ! お前はここで負けるんだよ!」
発砲音。
「っ⁉」
嵐山楓の右手が弾かれる。
模擬弾。
そして、二度目の発砲。
しかし、音はしなかった。
酸。
なんとか反応し、左腕で顔を防御。
着弾部分の袖と、皮膚が少し溶けた。
「いいね! その顔! ぞくぞくしちゃうよ! お前みたいな人生勝ち組野郎が俺みたいな人生負け組君に顔ぐっちゃぐちゃにされてさぁ! キてるキてる! やっぱ俺お前の事大好きだわ! 大嫌いで大好きだわ! 最高! もっと顔見せろよ!」
ズボン越しに、自らの肉棒を擦り上げる鰯腹拓実。
我慢汁が染みを作っていた。
「………。」
嵐山楓は、ゆっくりと左腕を下ろす。
「…お前、イケメンだな。」
「は?」
鰯腹拓実の手が止まった。
「もう勝った気でいやがる。なんで俺がお前に近づけなきゃ負けるんだ?」
嵐山楓が浮かべたのは不敵な笑み。
その表情に、鰯腹拓実は苛立ちを覚える。
「お前……なに言って」
その頭上、屋上より上空七メートルほどからソレは落下した。
「えんっ⁉」
鰯腹拓実は突如頭上から強い衝撃を受け、そのまま失神した。
髪に滲む血。
落下物は砕け、床に散らばった。
ソレは、花壇。
玄関の脇に置かれるような、百均に置いてありそうな、そして、屋上に置いてありがちな、ありふれたプラスチック製の白い小さな花壇だった。
鰯腹拓実が嵐山楓の能力を弾丸の軌道を変えるものだと推測している。
そう判明した時点で、嵐山楓は行動に移っていた。
気付かれないよう、屋上に備え付けられていた花壇を風で上空まで運び、鰯腹拓実の頭上に浮かべた。
透明な箱が能力すらも外へと出さない可能性。
その危惧は杞憂に終わり、無事に花壇を運び終えると、あとはタイミングを計った。
そして、鰯腹拓実の射撃を風無しで凌ぎ、彼が得意気に高笑ったタイミングで花壇を落下。
見事に花壇は鰯腹拓実の頭部に直撃し、一撃で彼を気絶させることに成功した。
そして、能力者が意識を失ったことで、透明な箱も消え、嵐山楓は解放された。
「………。」
左足を引きずりつつも鰯腹拓実に近づき、口元に手を当てる。
(……ほっ。生きてるな。)
「……お前が傾倒型で助かったよ。調整してる暇なかったんでな。危うく人殺しになるところだった。」
嵐山楓は振り返り、彼に背を向ける。
と、もう一度、鰯腹拓実に振り向いた。
「お前が何に怒ってるのかは知らん。だが、俺はお前らに怒ってるんだ。悪く思うなよ。」
そう吐き捨て、再び前を向いて歩き出した。
が、三歩歩いたところで、嵐山楓もその場に倒れた。
(……やべぇ。血ぃ出しすぎた。)
脳裏に、下田従士の言葉が過る。
『エーラを纏ってても、銃で撃たれたら死ぬ。』
(……早く……神室のと……こ…ろ……に……)
視界が歪む中、なんとか立とうと試み、嵐山楓は力尽きた。
五月二十九日(日)十五時三十二分 池袋駅・いけふくろう前
「うおぅわぁっ!」
科嘸囲雄図が、木梨鈴に投げられていた。
鰯腹拓実は、普通の市立校に通う、大人しい中学生だった。
成績は良くもないが悪いわけでもなく、授業態度は真面目な一般的な生徒。
ただ一つ、他と違ったのは。
体臭。
彼は、生まれつき体臭がきつい体質だったのだ。
今でこそ治療法や手術などが確立されているが、当時はまだまだ知名度が低く、改善策など見つかるはずもなかった。
そしてその体臭のきつさは、生徒どころか教師からも煙たがられる始末。
彼は、いじめの格好の的だった。
ストレス発散。
どんなにいじめても、教師は騒がず見て見ぬふり。
どころか、自ら進んでいじめに介入する教師までいたくらいだ。
授業中も、休み時間も、彼に心の安息は訪れなかった。
そんな彼のことも、両親はひたすらに愛してくれたし、迷惑をかけないためにも、いじめの事は話さなかった。
だからと言うべきか、彼には当時から異常なほど熱中しているものがあった。
これも、その時代にはまだ世間には知れ渡っていないもの。
現代では、巨大なジャンルとして確立されているもの。
FPSだ。
一人称視点で戦場を駆け抜け、リアリティ溢れる動作で撃ち合うゲーム。
彼は毎日欠かさず夢中になってプレイしていた。
両親も、いじめについては何となく察していたのだろう。
彼の心中も、勿論。
だからこそ、その当時は物騒極まりないという評価しか下されなかったであろうゲームについても、あまり強くは言わなかった。
良い意味でも悪い意味でも理解のある親、こんな自分でも強くなれるゲーム。
家の中のこの世界こそが、彼の心の平穏だった。
しかし、そんな時間も長くは続かない。
昼休みの事だった。
その日は、複数人の不良グループに呼び出された。
グループのリーダーは、整った顔立ちから校内外でも有名な男だった。
教師からの信頼も厚く、可愛い彼女もいた。
まさしく彼とは対照的な存在。
彼にとってはただの悪魔だったのだが。
殴ってくる、靴を隠してくる悪魔だったのだが。
そんな男に呼び出され、下された命令。
自慰の強要。
彼はまだオナニーをしたこともないし、存在すら知らなかった。
そんな彼は、いきなりズボンをパンツごと脱がされ、携帯電話を向けられた。
グループ内には、女生徒も複数名、混じっていた。
訳も分からず自身のイチモツを擦らされる。
撮られるムービー。
恐怖と不安と緊張と悲哀と羞恥と、僅かな快楽を覚え、自身のイチモツが腫れあがった瞬間。
彼の中の何かも弾けた。
手にしたのは、数学の授業で使うコンパス。
念のため、使うはずがないと思いながら、呼び出される時はいつも持ち歩いていた。
それを、グループのリーダーに刺した。
白いシャツが、赤く染まっていく。
女生徒の悲鳴。
所詮は文房具で、素人が使ったところでさしたる殺傷力もない代物。
しかし、胸元からコンパスを生やしているリーダーの姿を見て、他の生徒はみな逃げていった。
整った顔が、痛みと恐怖と混乱でぐしゃぐしゃに歪みきっている。
イケメンとは程遠い顔立ち。
その光景を見て。
鰯腹拓実は、精通した。
その後、彼は保護観察処分となった。
学校側がいじめの隠蔽を諦め、彼の不遇が世間に知れ渡ったのが大きかった。
不良グループも別々の学校に転校となったが、彼もまた、違う学校へと移ったのであまり関係はなかった。
ただ、彼はこの時の強烈な経験から、自分よりも上位の存在を汚した場合にのみ性的興奮を覚えるバイセクシャルとなってしまった。
その後も度々問題行動を起こしては転校を繰り返し、ついには少年院へと入れられた彼。
エーラが身につくのにも大した時間を有さず、発現した“性癖”は『画面内の標的』。
高さ百九十センチ、横八十センチ、幅三十センチの見えない長方形を創り出す、傾倒型・物質創造系能力だ。
この見えない箱は外から入れて中から出られない性質を持つ。
その透過性や、特殊な性質から、消費エーラは甚大だが、それでも決まれば誰も彼に逆らえない。
特に、今回のように相手が一直線に向かってくれば、その軌道上に箱を設置するだけで捕らえられる。
能力を知られていない相手との、見晴らしのいい逃げ場のない空間での一対一。
今まさに、嵐山楓が置かれている状況こそが、彼が真価を発揮する狩庭なのである。
五月二十九日(日)十五時四十三分 豊島区・とあるアパート
嵐山楓ⅤS“彫刻具”鰯腹拓実
鰯腹拓実が拳銃を構えた瞬間、嵐山楓は肌でそれを感じ取り、構えた。
近距離対策は万全だった。
その程度にしか、その時は思わなかった。
咄嗟の事である。いたしかたない。
すぐに能力を発動し、模擬弾の速度と重量を計算に入れて(と言いつつ、ほとんどは感覚である)風を発生させる。
しかし、それが大きな間違い。
発砲音。
直後、嵐山楓の左ももが撃ち抜かれた。
「———っっ⁉」
声にならない声が喉からひり出る。
肉が焼けちぎれるような痛みが全身に走った。
総毛立ち、泡立ち、発汗する肌。
(……弾が⁉ 加速⁉ 風をすり抜けた⁉)
蹲ろうにも、見えない壁が邪魔をして直立せざるを得ない体勢。
すかさず、鰯腹拓実がまた拳銃を構えた。
「っ⁉」
すぐさま反応し、嵐山楓は再度風を発生させる。
速度が速くなった弾。
それに対応して、風を複数発生。
しかし。
今度は、発砲音はしなかった。
まるで水鉄砲化のような緩やかさ。
風が消えた直後に、嵐山楓の右目の下に液体がかかった。
瞬間、駆ける痒みと痛み。
気が狂いそうになるほどの苦痛の後、彼の顔が僅かに溶けた。
「っ⁉ っ⁉ っ⁉」
意味も分からず顔をさする。
皮膚が煙を上げている。
熱い。
痒い。
痛い。
(……酸⁉)
液体の正体に気付いた時、彼の足元に何かが当たった。
それは、転がった弾薬。
(実弾っ!)
「さっきは『鍵』が近くにいたからなぁ。神室秀青は殺せない。むやみやたらとこいつをぶっ放せなかったんだが……今はもうてめぇだけだ。遠慮なく使わせてもらうぜぇ。」
鰯腹拓実が、持っている拳銃を彼に見せびらかすようにひけらかす。
よく見ると、引き金が三つ備わっていた。
そこで、嵐山楓はようやく全てを察する。
(あんだけ撃ち込んだ模擬弾はフェイク! 本筋は実弾と酸の水鉄砲か! わざと模擬弾の速度に慣れさせて! 実弾の速度への対応を遅らせた! しかも直後には水鉄砲並みの速度の酸! 緩急つけて翻弄する気かよ! …しかも、三つってことは……)
「気付いたようだなぁ。」
嵐山楓の表情から、鰯腹拓実も察する。
「そう! こいつはただの拳銃じゃねぇ! 俺専用に作られたオーダーメイド! 一丁の銃身で三種類の弾丸を発砲できるんだ!」
唾を吐き散らし、喚き散らすように叫び散らす鰯腹拓実。
(三種類……模擬弾と実弾、酸で間違いなさそうだな……)
嵐山楓は左手で銃創からの出血を押さえつつも、思考を巡らす。
「工房のじーさん作にしてはよくできてるよなぁ。銃身も軽いし。……特に、てめぇみてぇな弾丸の軌道を曲げるような能力者にはうってつけだぜ!」
(……能力の詳細自体はバレてなさそうだが…厄介だな。三種の弾丸、どれがいつくるかわからねぇ。それぞれ速度が違う、緩急つけられちゃあ、対応しきれるか……。それに、この能力。)
朧げな意識の中、それでも彼は考える。
全ては勝つため。
(射撃に関する能力じゃ全然なかった。見えない壁…というより箱って感じか? 弾薬が俺の足元に落っこちてるとこを見ると、どうも外から入ると出られなくなる仕組みみてぇだ。……問題は…)
「俺の能力のことでも考えてたか?」
見透かすように、鰯腹拓実が拳銃を向ける。
「無駄なんだよ! お前はそこに閉じ込められた! 俺の意思以外で抜け出すのは不可能! 俺には一切近づけねぇ! お前はここで負けるんだよ!」
発砲音。
「っ⁉」
嵐山楓の右手が弾かれる。
模擬弾。
そして、二度目の発砲。
しかし、音はしなかった。
酸。
なんとか反応し、左腕で顔を防御。
着弾部分の袖と、皮膚が少し溶けた。
「いいね! その顔! ぞくぞくしちゃうよ! お前みたいな人生勝ち組野郎が俺みたいな人生負け組君に顔ぐっちゃぐちゃにされてさぁ! キてるキてる! やっぱ俺お前の事大好きだわ! 大嫌いで大好きだわ! 最高! もっと顔見せろよ!」
ズボン越しに、自らの肉棒を擦り上げる鰯腹拓実。
我慢汁が染みを作っていた。
「………。」
嵐山楓は、ゆっくりと左腕を下ろす。
「…お前、イケメンだな。」
「は?」
鰯腹拓実の手が止まった。
「もう勝った気でいやがる。なんで俺がお前に近づけなきゃ負けるんだ?」
嵐山楓が浮かべたのは不敵な笑み。
その表情に、鰯腹拓実は苛立ちを覚える。
「お前……なに言って」
その頭上、屋上より上空七メートルほどからソレは落下した。
「えんっ⁉」
鰯腹拓実は突如頭上から強い衝撃を受け、そのまま失神した。
髪に滲む血。
落下物は砕け、床に散らばった。
ソレは、花壇。
玄関の脇に置かれるような、百均に置いてありそうな、そして、屋上に置いてありがちな、ありふれたプラスチック製の白い小さな花壇だった。
鰯腹拓実が嵐山楓の能力を弾丸の軌道を変えるものだと推測している。
そう判明した時点で、嵐山楓は行動に移っていた。
気付かれないよう、屋上に備え付けられていた花壇を風で上空まで運び、鰯腹拓実の頭上に浮かべた。
透明な箱が能力すらも外へと出さない可能性。
その危惧は杞憂に終わり、無事に花壇を運び終えると、あとはタイミングを計った。
そして、鰯腹拓実の射撃を風無しで凌ぎ、彼が得意気に高笑ったタイミングで花壇を落下。
見事に花壇は鰯腹拓実の頭部に直撃し、一撃で彼を気絶させることに成功した。
そして、能力者が意識を失ったことで、透明な箱も消え、嵐山楓は解放された。
「………。」
左足を引きずりつつも鰯腹拓実に近づき、口元に手を当てる。
(……ほっ。生きてるな。)
「……お前が傾倒型で助かったよ。調整してる暇なかったんでな。危うく人殺しになるところだった。」
嵐山楓は振り返り、彼に背を向ける。
と、もう一度、鰯腹拓実に振り向いた。
「お前が何に怒ってるのかは知らん。だが、俺はお前らに怒ってるんだ。悪く思うなよ。」
そう吐き捨て、再び前を向いて歩き出した。
が、三歩歩いたところで、嵐山楓もその場に倒れた。
(……やべぇ。血ぃ出しすぎた。)
脳裏に、下田従士の言葉が過る。
『エーラを纏ってても、銃で撃たれたら死ぬ。』
(……早く……神室のと……こ…ろ……に……)
視界が歪む中、なんとか立とうと試み、嵐山楓は力尽きた。
五月二十九日(日)十五時三十二分 池袋駅・いけふくろう前
「うおぅわぁっ!」
科嘸囲雄図が、木梨鈴に投げられていた。
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