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第93話「愚者のハンドワーク⑫」

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  五月二十九日(日)十五時二十九分 池袋駅・いけふくろう前

 逆撫偕楽が飛び掛かった。
 刹那、構えた木梨鈴を右手で庇う様に、神室秀青が前に飛び出た。
 直後、神室秀青に振り下ろされた鈍器。
 鉄製の特殊警棒。
 木梨鈴が口を開け、目を見開く。
 同時に、僅かに口元を歪ませ、逆撫偕楽も目を見開いた。
 膝から崩れ落ちていくのを寸でのところで堪え、右足に力いっぱい、神室秀青が逆撫偕楽を鋭い眼光に捉えた。
「っっいっ……たくねぇぇぇ‼」
 神室秀青の咆哮。
 瞬間、逆撫偕楽が後ずさり、叫んだ。
さんっ‼」
 逆撫偕楽の号令の下、『パンドラの箱』の三人が三者三様に猛速度でその場から消えていった。
「あいつら忍犬かよ。」
 素早く立ち上がった神室秀青。
 頭頂部から眉間に血が流れ落ち、鼻筋で枝分かれした。
「くそいっっったくねぇなぁ、おい‼」
 頭を押さえ、痛みを振り払うように声を荒げる神室秀青に、木梨鈴が寄り添う。
「神室っち…血が……」
「ああ。全然大丈夫。問題ナッシン。ノープロブレム・オブ・ザ・デッドだわ。」
 素早く血を拭い、木梨鈴に笑いかける神室秀青。
「デッドじゃ駄目だろ。」
 嵐山楓が神室秀青の隣に立った。
「ま、そんだけ口が回れば大丈夫だな。」
 彼が口元で笑うと、神室秀青も不敵に笑い返した。

「…え? …え?」
「なに? どういうこと……?」
「YouT●berじゃね?」
「あれ本物の血だろ?」

 気が付けば、周囲の通行人、いけふくろう付近に溜まっていた一般人が彼らに注目の視線を浴びせていた。
 例によって、野次馬たちはスマホを向け、彼らを撮影している。
「俺は大丈夫でも、これはやばいんじゃねぇの?」
 誰とも目を合わせず、神室秀青が問いかける。
「とりあえずほっといて問題ない。今は」
 嵐山楓は目を伏せる。
「一刻も早く、あいつらを先生のところまで引きずってくことに集中だ。」
 再び開かれた彼の目には、淀みなき闘志が宿っていた。
「オーケー!」
 神室秀青が嵐山楓の言葉を受け、拳で手のひらを叩いてみせた。
「あいつら、三手に別れたけど、どうする?」
「三人固まってたんじゃ、効率が悪いな。一人捕まえられても、最悪、他の二人には逃げられる可能性がある。」
 木梨鈴の質問に、嵐山楓が答える。
 神室秀青も、木梨鈴を見た。
「木梨さんって、戦闘いけんの?」
「そりゃあ、まぁ。」
 少し得意気に胸を反らす木梨鈴。
 神室秀青は前方に向き直った。
「そういうことなら、こっちも三手に別れようぜ。痴漢野郎の位置ならもうわかるし・・・・・・、あいつは俺がやる。」
「え?」
「神室、ちょっと待て」
 引き止めんとする二人。
 しかし、嵐山楓の言葉を待たずに神室秀青は走り出していった。
「さっきのは流石にむかついた!」
「おいっ!」
 嵐山楓が叫んだ時には、神室秀青の姿は遥か遠くまで小さくなっていた。
 そして不意に。
「っ!」
 嵐山楓が木梨鈴を右手で庇い、避けた。
 彼の残像を貫くように、模擬弾が空間を駆け抜けていった。
「……あいつはよっぽど俺が気に食わないらしいな。」
 射線から予測した狙撃地点を睨みつけ、嵐山楓が呟いた。
「仕方ねぇし丁度いいから、スナイパー野郎は俺が引き受ける。」
 「気を付けろよ、木梨。」と言い残し、嵐山楓も地面を大きく蹴り、走り出していった。
「え? ちょっと……」
 独り残された木梨鈴。
 彼女は大きく息を吐いた。
「……じゃあ、私の相手はあんたになるね。」
 彼女はゆっくりと、いけふくろうに振り向いた。
 野次馬がこぞって彼女を撮る。
「………。」
「あんたに言ってんのよ。バレてないとでも思ってんの? こそこそカメラ向けてないで出てきなさいよ。」
 野次馬なんかには目もくれず、いけふくろうを凝視する。
 自分に言われてるのかと、野次馬たちの間に緊張が走る中、いけふくろうの、丁度彼女の死角となる場所から、科嘸囲雄図がひょっこりとカメラ越しに顔を出した。
「お前も肌で感じるタイプなわけか。お仲間さんだね。」
 彼はレンズ越しに白い歯を見せた。
「不愉快でしかないわね。………とりあえずカメラ下ろせよ。」
 冷静さを取り戻しつつも、静かな怒りが木梨鈴を覆った。
「まぁ、そう言うなよ。俺と遊ぼうぜぇ、お嬢ちゃん。」
 軽薄な科嘸囲雄図の態度に、木梨鈴は静かに息を吐いた。
「言っとくけど、私、強いよ?」
 木梨鈴が体を構えた。
「はっ! こいつは威勢が良い! 良い被写体になりそうだぜ!」
 科嘸囲雄図は改めてカメラを構え直した。
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