上 下
88 / 186

第88話「愚者のハンドワーク⑦」

しおりを挟む
  五月二十九日(日)十四時五十九分 池袋駅・一番線ホーム

 逆撫偕楽、科嘸囲雄図、鰯腹拓実。
 この三人は、荒神野原率いる部隊の構成員だ。
 今現在、池袋駅周辺にいる『パンドラの箱』はこの三人のみなのだが、しかし侮ってはならない。
 戦闘に特化した荒神野原の部隊に所属するこの三人は、さらに部隊内でもとある特殊な共通点・・・・・・・・・で結ばれている。
 やり口によっては、一人で一部隊を制圧することすら可能な存在なのだ。
 そして、その三人の内の二人が、五番線ホームに立っている。
「おぉ。あいつ生きてたぞ。『鍵』も到着したぜ。」
 科嘸囲雄図がレンズ越しに口角を上げる。
「別に構わないさ。重要なのは、奴らが資格を有する者か否か。」
 逆撫偕楽が帽子の位置を直す。
「もしも資格有する者たちならば、その時は奴らの望み通り、対話でもって接しよう。だが、奴らが資格を有さないのであれば……」
 目を見開き、悪意に満ちた笑顔を浮かべた。
「『鍵』以外は皆殺し、『鍵』は半殺しで本部へ持ち帰る。」
 『パンドラの箱』の精鋭二人が、神室秀青たちを試すように見据えた。

「気を付けろ……狙撃で、狙われてる。」
 ふらつきながら、嵐山楓は徐に言葉を紡いでいく。
「多分、あそこのビルからだ。」
 神室秀青が横目で見遣るビル。
 そこには、既に狙撃手・鰯腹拓実はいないのだが、二人には与り知らぬことであった。
「じゃあ、お前は俺の影にいろ。」
 神室秀青が嵐山楓を庇う様にしゃがみ込んだ。
「お前に風穴一つ空いてないってことは、実弾じゃねぇんだろ? だったら、俺のエーラと俺の“性癖スキル”で受けきれる………はずだ、多分。」
「………。」
 やや自信なさげに、頼りなく。
 それでも不敵に笑う神室秀青の横顔に、嵐山楓は思わず口を開いてしまった。
「それよりも、こいつらなんなんだ?」
 階段前に並び立つ二十を超える男性を、神室秀青が顎で指す。
「目の前でこんな事が起こってるってのに、全然動じる気配がねぇんだけど。」
 そこで、ようやく嵐山楓は気付いた。
 周囲の人間が、一周回って騒ぎ立てずに、静かに自分たちに注目していることに。
 微かに聞こえてくる囁き声たち。
 こちらに携帯を向けてくる者たちまでいる。
 そりゃあそうだ。
 遠くから狙撃され、走る電車に飛び込みかけた。
 誰だって目を奪われる光景だ。
 しかし、それでも。
 階段前に陳列するこの男たちは、一切微動だにしない。
 これは、不自然だ。
「……操られてるのかな? 痴漢の“性癖スキル”はあの感じだと、他者干渉系で合ってそうだし。」
「これだけの人数を同時に操るなんて、それこそ大量のエーラが必要になる。さっきは、そんなエーラ量があるようには見えなかった。……いや、能力使用直後だからあのエーラ量だったのか……? だとしても、この一瞬でこれだけの人数を操る能力となると、事前にいくつかの手順を踏まなきゃ成立しないと思う。」
 二人同時に、思考を巡らす。
 時間がない。
 早くしないと、犯人に逃げられてしまう。
 二人は自然と、お互いの考えをぶつけ合っていた。
「見た感じ、撮り鉄っぽいし、電車に関連する能力だとしたら、案外簡単な手順で済むのかもしれない。」
 撮り鉄。
 鉄道好きな写真家のことだ。
「いや、だとしたら下田先生が操られたことに納得いかない。あの人は特に鉄道ファンってわけでもないし……それに、先生が操られていたとしたら、それは一瞬だった。こいつら、現れてから四、五分は経ってるぞ。」
現れた・・・?」
 嵐山楓の言葉に、神室秀青が反応する。
「ああ。急に目の前に出てきやがったんだ。」
「急に……」
 それを聞いて、神室秀青は俯いた。
「だとしたら、そもそも……じゃあ、この人たちは撮り鉄じゃ……」
 一人、呟き続ける神室秀青。
 訳も分からずその姿を見る嵐山楓。
 そんな二人の下に、木梨鈴が駆けてきた。
「楓っち! 神室っち! 大丈夫?」
 遠くから走る、際どい姿の美少女。
 振り返った神室秀青が、何かを思いついたように嵐山楓を見た。
「……丁度いい。嵐山。」
「? なんだ?」
 神室秀青が親指で木梨鈴を指さした。
「木梨さんのスカート、唆る感じにめくれるか?」
「……え?」
「は?」
 真面目な顔で言う神室秀青に、二人が固まった。
「な、なに言ってるの? 神室っち……」
 両手でスカートを押さえ、後ずさる木梨鈴。
「まさかお前、こんな時にまで欲情してんのか?」
 軽蔑を込めた目で、嵐山楓は神室秀青を睨んだ。
「いいから。」
 神室秀青も、嵐山楓の目を見る。
「できねぇのか?」
 狙撃手の時とは違い、その目には何らかの確信が宿っているのを、嵐山楓は見た。
 そして、薄く笑う。
「誰に言ってんだ? できるに決まってんだろ。」
 嵐山楓は木梨鈴に向かって手を伸ばす。
「ちょっ…嘘でしょ? 楓っち」
「しっかり掴んどけよ、スカート。」
 嵐山楓のエーラが僅かに膨れ上がり、そして。
『風さんのえっち!ウィンドウズ』“春一番メッセンジャー”!」
 腕を小さく振り上げた。
 それと同時に、木梨鈴の足元から突如風が巻き起こる。
「ま、駄目……きゃあっ!」
 股を閉じ、両手で前後のスカートの裾を押さえ込む。
 それでも、側面の裾はどうしても風の影響を受けてしまい、何度もまくれ上がっては閉じを繰り返す。
 その度に、艶のある白い太ももがギリギリまで露わになり、パンツが見えそうで見えないラインを覗き続ける。
 圧倒的に官能的なその光景に、周囲の静かな野次馬たちも、彼女の脚に釘付けとなった。
 どころか。
「⁉」
 今まで不動を貫いてきた階段前の男たちですら、彼女に反応し、挙句の果てにカメラを構えて彼女を取り囲み始めた。
「え⁉ ちょっ……撮らないでぇ……」
 スカートを押さえつつ講義する木梨鈴に、容赦のないフラッシュを浴びせ続ける男たち。
「……どういう、ことだ?」
 呆気に取られる嵐山楓の隣で、神室秀青が立ち上がった。
「木梨さん、索敵!」
「えっ⁉ どういう……もうっ!」
 慌てて、木梨鈴が周囲を見回す。
 そして、二番線ホーム、その先を見て動きを止めた。
「五番線ホーム! そこにいる二人が多分首謀者! しかも一人はカメラ向けてきてる! 楓っち、もうこれ止めてよぉ!」
 叫び散らす木梨鈴。
 嵐山楓は風を止め、神室秀青が五番線ホームを睨んだ。
「走るぞ!」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

処理中です...