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第78話「真希老獪人間心理専門学校・食堂①」

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  五月二十二日(日)十二時二十一分 真希老獪人間心理専門学校・食堂

「やー。相変わらず、君たち仲良いねー。」
 心底愉快そうな笑顔で、下田先生が俺たちの座っているテーブルに近づいてくる。
「全然仲良くないです。」
「なっ…またこいつ……」
 苛立つ俺を無視して、嵐山は先生を見据える。
「……先生は、今日は食堂なんですね。」
「うん。たまには生徒と交流を深めようと思ってねー。あ、隣いいかな?」
 柔らかく笑いながら、俺たちの返事を待たずに先生は席に座る。
 しかも、俺の隣。
「……先生がここに来る時は、決まってあの話・・・を持ち込んでくる時なんですよね。」
 目を伏せて、静かに言う嵐山。
 対して、先生は鮮やかに笑った。
「あはは。まぁ、そう邪険にしないでよー。神室君にこの食堂の説明・・を十分にしてなかった、っていう教師としての責任感もあって来たんだからさー。」
 説明?
「説明なら、ちゃんとしてもらいましたよ?」
 先生は丁寧に弁当を包んでいるナフキンの結び目をほどきながら答えてくる。
「んー…そうじゃなくてねー。……ここは変態性癖を学ぶための施設だよねー。だから当然だけど、教師も生徒も、それ以外の事務員・・・・・・・・なんかもみんな、変態性癖の持ち主なのさ。」
 ハンバーグを口に運び、白米をかっこむ。
 先生は弁当の蓋に収納されていた箸を取り出しながら続ける。
「この食堂、受付におばちゃんがいただろ? そのおばちゃんと、ひっそり厨房に控えている料理人のおじちゃん。実はこの二人で切り盛りされているんだ。この二人、何を隠そう実の夫婦で、しかも夫婦揃って……」
 少し言い難そうに、先生は言葉を止める。
 味噌汁をすすりながら、黙ってその続きに耳を傾ける。

「【排泄物愛好家スカトロマニア】なんだ。」

「ぶっ!」
 口から噴き出した味噌汁が嵐山の顔面を直撃する。
「わ、わりぃ……」
 鋭く睨みつけてくる嵐山に謝罪し、床に撒き散らされた液体をハンカチで拭く。
 食事中に何言い出すんだこの人!
 それでも構わず先生は続ける。
「尿でも便でも、吐瀉物だけどゲロでも、なんでもござれの万能家でねー。その万能っぷりと言ったら、食す方も食させる方も・・・・・・イケるクチなんだよー。」
 憎たらしい笑顔でとんでもない事を言い出す先生。
 ってことは、まさか……。
「その顔は、察したね。その通り。」
 先生は人差し指を立てる。
「ここで提供される食べ物にも、ごくたまー……に、混入させてるらしいよー。」
 うっわ。
 マジかよ……。
 先生は笑っているが、こっちは全く笑えない。
 俺が今食っている物にもその老夫婦の排泄物が混じっているかと思うと、吐き気がしてくる。
「お、神室君、顔色悪いねー。今吐いたら、きっとあの夫婦も大喜びするだろうねー。」
 無敵か!
「な…なんでそんなことを……」
 押し上がってくる胃の内容物を必死に押し戻しつつ、ようやく言葉を捻り出す。
 先生は立てた人差し指を口元に当て、天井を仰ぎ見る。
「うー……んとねー。なんでも、生徒が自分の排泄物を何も知らずに口に運ぶ瞬間、そして、その光景に欲情を覚えている自分たちに気付かない生徒、とそこに興奮を覚えている自分たち、に興奮しているらしいよー。」
 口元から指を離して笑う先生。
 なんじゃそりゃあ。
 本当に無敵じゃないか。
 人間要塞かよ。
「まぁ、そもそもスカトロプレイなんて、常軌を逸した事態に興奮を覚えていることに興奮するものだからねー。いや、これは変態ぼくたちみんなにも言える事かー。」
「そもそもスカトロって、それ以外に興奮できるポイントあるんですか?」
 口元を抑えながら先生を見遣る。
「おや、気になるかい?」
「……多少は。」
 俺の持たざる性癖。
 ちょっと不快だけど、気にはなる話だ。
「えぇっとねー。僕が考えるに、スカトロプレイの興奮ポイントはー……」
 はしゃぐように笑う先生。
「食べる側は、愛する者、好意を抱いている者が食物を食し、栄養に変えた余りカスを食べることにより、あたかもその者と栄養を共有しているかのように倒錯する、あるいは、その者の糞便を食べることによる被虐的思考、及び被虐的嗜好を得ることによる快楽。食べさせる側は、同じく自身の栄養を共有することによる性的倒錯、それにより、より一層愛を深めたと確信する行為、もしくは自身の優位性を確かめることによる欲求の解放。それともう一つ。自分自身が決して手の届かない存在だと認識している相手に秘密裏に食させることによる、背徳的悦楽、達成感。高根の花に対する所有欲の充足。……ってところかな?」
 悪意のない笑顔で片手を広げ、スカトロプレイに対して詳細な解説を行う先生。
 自分で訊いといてなんだが、やっぱり話の方向性を大幅に間違えた気がする。
 午後の授業は空腹との戦いになりそうだな、こりゃあ。
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