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第35話「少年は自慰の抑制に限界を迎える」

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  五月十四日(土)十七時四分 旧・真希老獪人間心理専門学校(体育館)

「よし、じゃあ、ちょっと休憩入るか。」
「疲れたぁ!」
 思わず床にへたり込む。
 エロいこと考えてこんなに疲れたの初めてだ。
 ていうか、さっきからムラムラして仕方ないんだけど。
「ミカミさん、俺オナニーしたい。」
「駄目だって。」
 俺の懇願に、ミカミさんは手のひらを向けて返す。
「総量が多い君の場合、一回のオナニーでエーラが消えることはなかったとしても、やっぱり少なくはなるだろうから、駄目。」
 くそ、何度お願いしてもこれだ。
「大丈夫ですよ。俺、オナニーしたらエーラが増えるらしいんで。」
「とことん化け物だな、君は。」
「聞いたことないよ、そんなの。」と、ミカミさんは前髪を掻き上げる。
「だったら余計に駄目。エーラを制御する勘が掴みにくくなるからね。」
 ミカミさんは目を瞑って人差し指を立てる。
「ケチ!」
「ケチじゃない。」
「オナニーさせろ!」
「暴れるな。」
「ふえぇ…おちんちんいじりたいよぉ……」
「幼女になっても駄目。」
 ミカミさんにすべてバッサリ斬られる。
 チクショー。
 俺が今どれだけ苦しんでいるのかわからないのか。
 頭の中オナニーのことでいっぱいなんだぞ。
 これ以上我慢なんてできねぇよ。
 さっきなんて扉の引手にちんこ反応したし。
 こんな状態じゃ修行にも集中できない。
 不屈の闘志でもう少し食い下がろうかどうか迷っていると、外から車のエンジン音が聞こえた。
 程なくして、体育館にシモダさんが入ってくる。
「やー、ごめんね。色々準備してたら遅くなっちゃった。あ、飲み物買ってきたよー。喉、乾いたでしょ?」
「シモダさん!」
 コンビニ袋を差し出すシモダさんに、俺は思わず飛びついた。
「うおっと。どうしたんだい、そんな切なそうな顔して。」
 シモダさんは両手を上げて俺を受け止める。
 この人なら、この人なら助けてくれるかもしれない。
「ミカミさんが意地悪してくるんですよ! オナニーさせてくれないんですよ! 助けてくださいよ!」
「いやいや、今はオナニーしちゃ駄目だよー。」
「なっ……」
 シモダさんは俺に笑顔を向ける。
 この人もか!
 この人も俺のこの苦しみを理解してくれないのか!
 俺に味方はいないのかよ!
 嵐山もあの後どっか行ったきりだし。
「準備って、なんか持ってきたんですか?」
 ミカミさんからの質問を受け、シモダさんは俺を引き離す。
「うん、炊飯器とか、お料理道具を色々とねー。」
 片手を広げるシモダさん。
「君たちのような育ち盛りの若人に、毎食コンビニ弁当を食べさすのは忍びなくってねー。今晩は厳しいけど、明日からは僕が手料理を振舞うよー。」
 ほんと、面倒見のいい大人だな、シモダさんは。
 だったらせめて、一回くらいオナニーの許可をくれよ。
 頭がおかしくなっちゃうよ。
「そんなわけで。」
 シモダさんは死にかけている俺に向き直る。
「休憩してるっぽいところ申し訳ないんだけど、君の荷物も持ってきたから、運んどいてもらえる? 車の鍵は開いてるから。あ、これ君の家の鍵ね。ありがとう。」
「あ、すみません。」
 シモダさんから鍵を受け取る。
 そうだ、荷物も持ってきてもらってたんだった。
「二階の、階段上がってすぐのところに教室があるから、そこに運んどいてよ。」
 二階の教室。
 たしか、階段は最初に入った教室の反対側にあったっけ。
「わかりました。」
 シモダさんに軽く頭を下げ、俺は玄関へと向かった。



 神室秀青の姿が見えなくなると、下田従士は美神𨸶へと振り返った。
「で、どう? 神室君の修行の方は。」
 下田従士に対して、美神𨸶は肩を竦めて答える。
「がっつり時間がかかりそうですね。自分のエーラも自覚してないですし。」
 下田従士が美神𨸶に飲み物を差し出す。
「やっぱりねー。ま、ゆっくりでいいよー。焦っても仕方がないし。……あれ?」
 何かに気付いたようにあたりをキョロキョロと見回す。
「そういえば嵐山君の姿が見えないね。」
 美神𨸶は飲み物を飲みながら答える。
「ああ、彼ならトイレから戻ってくるなりどこかへ行っちゃいましたよ。何やら思い詰めてた様子でしたね。」
「じゃあ、屋上にでも行ってるのかなー?」
 下田従士は天井を見上げた。
「呼んできます?」
「いや、いいよいいよ。今はそっとしておこう。」
 口元を拭う美神𨸶に、下田従士は手を振って答えた。
 その直後。
「体操着クンカクンカ! リコーダーペロペロ! ああああああああああ‼」
 上層階から、張り裂けんばかりの神室秀青の叫び声が響き渡った。
 無人の教室にて、彼の性欲は限界を超そうとしていた。
「やれやれ。」
 美神𨸶が気取った調子で嘆息をつく。
「ちょっと神室君を止めてきますね。」
 美神𨸶までも出て行き、体育館は途端に静寂を取り戻した。
「あはは。」
 取り残された下田従士は一人笑う。
「みんな揃って思春期してるねー。」

  五月十四日(土)十九時七分 旧・真希老獪人間心理専門学校(一階教室)

 二階の教室でオナニーを敢行しようと試みた俺を、ミカミさんは力づくで抑えた。
 すでに限界を迎えつつあった俺の性欲は、途端に委縮してしまい、新たな悟りの境地を開きつつあった。
 しかしそれもさっきまでの話で、本日の修行を終え、こうしてみんなで夕食を囲む頃には、再び快楽を欲する魔物との熾烈な争いがひっそりと俺の脳内で繰り広げられていた。
「しかし、よく食べるねー。神室君。」
 焼き鮭弁当を食べつつ、シモダさんが俺に言う。
「弁当三つ食べるだなんて、今日の修行、そんなにきつかったのかなー?」
「いつも夜はこんくらい食べてますよ。」
 すでに弁当を平らげた俺は、後片付けをしつつ答える。
「その割には筋肉も贅肉もつかないんですよね、どういうわけか。」
 二年前、筋トレにハマっていた時期があったんだが、筋肉が一向につかなくて長続きしなかったんだよな。
 サンドイッチを食べ終えたミカミさんが、口元をハンカチで拭く。
「オナニーのし過ぎが原因だろうね。せっかくのタンパク質を全部体外に出してるんだろう。君、回数が尋常じゃないから。」
 ミカミさんの言葉に、シモダさんは眉を下げる。
「あー。それ聞いちゃったら、エーラ制御の有無にかかわらずオナニーの回数は制限しとかないと駄目だねー。」
 え?
 耳を疑う俺に構わずシモダさんは続ける。
「今後のためにも、最低限の筋力はつけとかないといけないだろうし。」
 しまった、余計なことを言った。
「ま、その前に君にはエーラの制御をしっかりと覚えてもらわないとねー。」
 笑いながら、完食した弁当の容器を片付け始めるシモダさん。
 まずい。
「そ、そういえば、エーラを制御する時、なんで左鳩尾に集中するんですか?」
 話の流れを変えようと、ちょっと疑問に思ってたことを慌てて質問する。
 俺の質問を受け、シモダさんは少し考えるようにする。
「んー。またちょっと難しい話になるんだけれど。」
 容器を袋に入れると、シモダさんは少し間を置いてから続けた。
「神室君、“生理的収束領域”って単語は」
「聞いたことないです。」
 わけのわからない単語に、反射的にシモダさんの言葉を遮って答える。
「だよねー。」
 シモダさんは苦笑するでもなく、やっぱりといった感じで相槌を打った。
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