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第30話「少年は美しき先人に教えを乞う」
しおりを挟む五月十四日(土)十二時十八分 旧・真希老獪人間心理専門学校(教室)
「ごちそうさまでした。」
ミカミさんがサンドイッチを平らげ両手を合わせる。
「美神君、サンドイッチだけで足りたかなー?」
シモダさんがポテトサラダを箸でつまみ上げる。
「十分ですよ。サンドイッチほど、高貴でスマートな俺に似合う食べ物は他にありませんからね。」
ミカミさんは口元をハンカチで拭きながら答えるが、答えになってない。
「高貴でスマートなのはいいけど、一人の時みたいにハンバーグ弁当とか、ガッツリしたもの選べばよかったのに。みんなの前だからって我慢することなかったんだよー?」
「な…」
ミカミさんはあからさまに狼狽える。
「ハ、ハンバーグ弁当など、美しきこの俺には似合わない。あんなのは庶民に食べさせておけばいいんだ。」
嵐山が無言で俺を見てくる。
悪かったな、庶民で。
「気高き俺に似合うのは、サンドイッチと紅茶だけですよ。」
ペットボトルの紅茶を持って言われてもなぁ。
しかしキャラ作りに必死だな、この人。
嵐山が浮かべたさっきの表情の理由もわかる気がする。
「ところで、下田先生。そろそろ教えていただけないですかね。この俺を呼び出した、もう一つの理由ってやつを。」
あ、話題変えにきたなこの人。
「この俺をわざわざこんなところに呼びつけたんだ。よほどの理由があるんでしょうね?」
なんだか言葉に棘があるような気がするが、きっと気のせいだろう。
「勿論だよー。君にしか頼めないことがあるんだー。」
シモダさんはポテトサラダを完食すると、続けた。
「神室君にエーラの制御を教えてあげてほしい。」
「エーラの制御、ですか?」
「そう。」とシモダさんは頷く。
「美神君、神室君のエーラについてどう思う?」
「どうもこうも……」
ミカミさんは教室中を見渡すようにする。
「とてつもなく大きい、ですよね。その上、密度も高い。話には聞いてましたけど、ここまでとは正直思ってなかったです。」
「その通りー。」
シモダさんも弁当を完食すると、箸を置いた。
「神室君のエーラの総量は底が知れなくてさー。この子のことを保護しようにも、このままじゃあ『パンドラの箱』の格好の的になっちゃうんだよねー。」
「なるほど。」
ミカミさんは髪を掻き上げる。
「それでこの俺が呼ばれたわけですか。」
「正解ー。」
「しかし、」とミカミさんが俺を横目で見る。
「これだけのエーラを制御するだなんて、一朝一夕でできることではないと思いますよ。ただでさえこの子、昨日までは普通の高校生だったと聞いていますよ。エーラの存在だって、今日まで知らなかったんじゃないですか?」
「だから君を頼ってるんだよ。」
シモダさんがミカミさんに手を向ける。
「何を隠そう、エーラの扱いに関しては、校内でも君の右に出る者はいないからねー。」
「確かにそうかもしれませんが……」
未だ納得のいかない様子のミカミさんに、シモダさんは両手を広げて続ける。
「それだけじゃないよ? 顔の良さに関しても、校内では君の右に出る者はいないと思ってる。校内随一のイケてるメンズ。美しく、気高く、そしてなにより美しい。全生徒からの憧れの的。」
美しい二回言ったぞこの人。
「勿論、僕が教えてもいいんだけど、神室君も僕みたいなむさ苦しいオッサンに教わるよりは君みたいな爽やかイケメン超人お兄さんに教わった方が気持ちよく習えると思うんだ。ね、神室君?」
弁当を食べ終わった俺に、シモダさんは唐突に話を振ってくる。
シモダさんからのウィンク。
話を合わせろってことか。
アイコンタクトを受け取り、俺は答える。
「も、勿論ですよ。こんな爽やかな人に教われるだなんて、夢みたいだなー。」
声が引きつった挙句棒読みになってしまった。
大丈夫か?
「ふ…ふふ…」
ミカミさんは顔を伏せ、体を震わせる。
まずい、怒らせたか?
と思いきや、前髪を掻き上げ立ち上がると、
「いやいやいやいや。そこまで言われては仕方ありませんね。確かにこの話、俺以外に適任はいないようです。任せてください下田先生。エーラのなんたるかを神室君に、この美しき俺が教えて差し上げましょう。」
胸に手を当て、ポーズを決めた。
簡単だなこの人。
「と、いうわけで改めまして、君にエーラの制御を教えることになった美神𨸶です。よろしく。」
ミカミさんが俺に近づき、手を差し出してくる。
「あ、こちらこそよろしくお願いします。神室秀青です。」
俺も手を出し、ミカミさんと握手。
「よし、話がまとまったところで、ここは美神君に任せて、僕はちょっと出かけてくるねー。」
シモダさんが手を叩くと、立ち上がった。
「どこへ行くんですか?」
嵐山は食べ終わった弁当の容器を袋にしまいつつ訊く。
「さっき美神君も言っていたけど、神室君がエーラの制御覚えるの、時間かかりそうでしょ? 彼の着替えとか必要そうなもの、家から持ってきてあげようと思ってねー。」
ポケットから取り出した車のキーを、指先でくるくる回すシモダさん。
「神室君、家の鍵持ってるよね? ちょっと借りてもいいかなー。」
「あ、はい。」
制服のポケットから家の鍵を取り出し、シモダさんに渡す。
「なんか、持ってきて欲しいものとかあるー?」
「ええと…じゃあテキトーな着替えと、歯ブラシと……」
シモダさんに訊かれ、必要そうなものをお願いする。
「うん、わかった。じゃあ、ちょっと鍵、借りてくねー。なるべく早めに戻ってくるからー。」
そう言って、シモダさんは教室を後にした。
弁当の空き容器が入ったごみ袋片手に。
ほんと、良い人だ。
最初に疑ってかかったのが申し訳なさすぎる。
「じゃあ早速、エーラの制御について教えてあげようか、神室君。」
「あ、はい。」
ミカミさんに呼ばれ、慌てて振り返る。
「とはいえ、ここじゃあちょっと手狭だし、場所を変えようか。」
そう言って、ミカミさんも教室を出る。
俺と嵐山もその後についていく。
教室を出ると、ミカミさんは廊下を、玄関とは反対方向、旧校舎の奥の方へと進んでいた。
「しかし、本当にすごいエーラだね。」
ミカミさんが、先行しながら話しかけてくる。
「#傾倒型__・・・__#でさえ、ここまでの人はいないよ。」
傾倒型?
「なんです? 傾倒型って。」
「え、それも教わってなかったの?」
俺の質問にミカミさんは少し驚く。
そんな反応されたら俺が馬鹿みたいじゃん。
ただでさえここに来てから質問ばっかしてるのに。
一応言っとくけど、成績は普通だからな。
……多分。
「傾倒型っていうのは、『変態性』の種類だよ。」
ミカミさんが、俺に歩行速度を合わせてくれる。
「『変態性』の種類?」
「そう。『変態性』には大きく分けて三つの種類があるんだ。その分類でいくと…」
ミカミさんは俺の隣の嵐山を指さし、
「嵐山君は限定型。」
次に自分を指さす。
「俺や下田先生は傾倒型というのに分類される。」
……超かっけぇ!
「じゃあ、俺は何型なんですか? 限定型?」
つい心がウキウキしてしまう。
「いいや、君は限定型じゃないよ。」
ミカミさんが首を横に振る。
「君はこのどちらにも属さない、万能型だ。」
「万…能……っ」
感動のあまり口を押える。
心の中二が爆発しそうだ。
やめてよもぉ!
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