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第21話「神なる少年」

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  五月十四日(土)十時五十二分 高速道路・〇×自動車道

「目を合わせただけで人を殺せる……って。いくらなんでもそりゃあ」
「ないと思うかい?」
 シモダさんの口調が少し変わる。
「『1/fゆらぎ』を持つ人は神に選ばれたとさえ言われるほどのカリスマとなる。」
 後ろから嵐山が口を開く。
「カリスマ……人々を魅了し、憧憬の念を抱かせる存在。ただそこに存在するだけで人を気持ちよくさせる者がいたとしたら、そいつは天性のカリスマだ。神に選ばれたどころか、そいつが神として祭り上げられる。」
 俺は後ろを向いて反論する。
「にしてもさ、人を殺せるわけないんじゃないのか? ほら、催眠術とかでも人を殺させるのは、その人に元々備わった倫理観があるから不可能に近いって言うだろ?」
「催眠術なんかとはわけが違うんだよ。」
 今度は再びシモダさんが口を開く。
「……『1/fゆらぎ』の持ち主で、誰もが一度は聞いたことのある存在。

 アドルフ・ヒトラー。」

「ヒトラー……!」
 ナチスドイツの総統!
 先導者にして扇動者!
「彼が何故あんな行為を続けることができたのか。それは彼にも宿っていた『1/fゆらぎ』を駆使して、大衆の心を掌握していたからだと言われている。」
 面食らう俺の目を、シモダさんが見つめる。
「いいかい。『1/fゆらぎ』は催眠術なんて代物じゃない。強制洗脳だよ。逃れることを許さない神の声。だからこそ、君もあんな異常事態の中でなんの疑問も持たずに彼に殉じようとしたんじゃないのかい?」
 シモダさんが俺から視線を外す。
「きっとあの時、彼に自殺するよう促されたら、君は喜んでその命を断っていただろうね。」
「………。」
 否定、できない。
「まぁ、それほどまでに危険な存在なんだよねー、彼は。」
 シモダさんの口調がまた穏やかなそれに戻った。
「そんな彼が、ヒトラーと同じ行為を目論んでいる。少数派(マイノリティ)を否定する全ての多数派(マジョリティ)をこの世界から消そうと企んでいるんだ。そしてそこに、少数派(マイノリティ)の世界を創り上げる。それが『パンドラの箱』の『神の贈り物計画プロジェクト・エルピス』。」
 『神の贈り物計画プロジェクト・エルピス』……!
 「……ほんと、」と、シモダさんが苦笑する。
「ヒトラーが選民的な思想で計画を実行したのに対し、神代託人はそれとは真逆の包括的な思想で計画を実行しようとしているなんてねー。神に選ばれた者が極端な思考の持ち主なら、たとえそれが真逆のベクトルであろうとも同じ結果に行きつこうとするなんて、全くもって皮肉だよねー。」
 シモダさんが、立てた人差し指をくるくると回す。
「……予想以上に危険な状況だったんですね……。」
 神代、託人……。
「そういうことー。で、ところでさ、神室君。」
 車は道に沿って右にカーブする。
 スピードは一切緩まない。
「君はそんな洗脳状態にあったわけだけれど、今はなんともないんだろう? 途中で神代託人の洗脳から抜けきったってことだよね? どうやったんだい?」
 シモダさんからの質問。
「ああ、それは。」
 俺は何とは無しに答える。
「ちょっと前にオナニーに使ったオカズを思い出したら解除されてました。」
 少しの驚きをシモダさんが、多くの不快感を嵐山がそれぞれ露わにする。
「お前、どんだけだよ。流石に引くわ。」
「え? え? そこまで⁉」
「あっはっはっはっは。」
 シモダさんが大口を開けて笑う。
「いやいや嵐山君、僕たち・・・的に今の発言はいただけないけれど、しかし神室君。それは本当に頼もしいよ。彼——神代託人のカリスマ性に対抗できる人間なんて、僕たち・・・の中でも三人程度しかいないからねー。捕まっているのが僕か嵐山君だったら、その時点でもうアウトだったよ。それを性欲で突破するとは……。また一つ、良いニュースを届けられそうだ。」
 僕たち?
 届けられそう?
 シモダさんの言葉を脳内で反芻していると、シモダさんが気付いたように言う。
「ああ、そうだねー。次はその話をしなきゃだ。」
 シモダさんがハンドルを切り、車が高速道の出口へ進入する。
 嵐山が後ろで息をついているのが聞こえた。

  五月十四日(土)十時四十四分 T県N市・とある廃墟

 T県N市の空は曇天模様が広がり、五月中頃とは思えない冷気が市全体を包み込んでいた。
 時折降る雨がそれをさらに加速させ、屋根が半壊しているこの家屋は既にあちこちが濡れ爛れていた。
 パシャリ。
 水を踏みつぶし、神代託人が家屋に入る。
 その正面には、数十人の光を纏う者たち。
「やあ、待たせちゃったね。」
 神代託人が無垢そのものの笑みを浮かべ、小さな体でその者たちを見下ろすように立つ。
「ひとまずみんな、お疲れ様。みんなの頑張りのおかげで、計画を次のステップへと進めるよ。」
 光を纏う者たち。
 その表情は、影がかっていて窺い知れない。
「『パンドラの箱』を開く『鍵』——神室秀青君には、僕たちの計画を告げた。フェーズ1はこれにて終了。次はフェーズ2——『錠』を探す番だ。」
 雨が再び、降り始めた。
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