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第16話「嵐山VS『パンドラの箱』①」
しおりを挟む五月十三日(金)十八時四十一分 駅北口裏通り・廃ビル
「内水が負けたってのか⁉」
ジンが立ち上がる。
「撃破はされていなくとも突破された可能性は高い。このタイミングでの限定型の接近なんて他には……いや、おかしい。」
タクト君が俺から離れ、板を打ち付けられた窓へ近寄る。
禍々しい気配も離れる。
解放された体が崩れ落ちるかのように跪く。
依然として加速を続ける心臓が眩暈を感じさせる。
俺は……、俺は今、一体何を……。
「限定型のエーラを、六、いや、七人分感じる。」
タクト君が打ち付けられている板をわずかに横にスライドさせた。
この窓だけなのか、この建物の全ての窓がそうなのか、どうやら窓に打ち付けて歩いたはフェイクらしい。
「万能型、の気配も感じるぜ? そっちは一人だ。」
白衣を着た、ボサボサとした癖っ毛の男が立ち上がる。
無精髭が汚らしい。
「万能型まで⁉」
テーブル側がざわつく。
「奴らが一斉に攻めてきた…?」
マーヤがタクト君を見る。
「それはねぇぜ。奴らは今別動隊の相手をしてるはずだ。自由に動ける奴なんてほとんど残ってねぇよ。」
ジンがマーヤに返す。
タクト君は、窓横の壁に背中を張り付け、外の様子を窺う。
「民衆が集まっている。」
「民衆?」
ジンが窓に近づく。
「この通りの客だろう。みんな、携帯電話をこのビルに向けている。…なにかを撮っている? カメラの先は……四階? 屋上?」
タクト君が窓から視線を外す。
「ジン、上の階を調べてきてくれ。屋上までに虱潰しに。」
「! わかった。」
ジンが部屋を飛び出す。
「民衆って、私たち、囲まれてるの?」
マーヤが不安げにタクト君を見る。
「囲まれてる……けど、あそこにいるのは一般人だ。やっぱりこれは嵐山の単独犯で間違いないだろう。」
再びタクト君が窓の外を見る。
「どういうことよ?」
「ここは男の欲望渦巻く風俗街だ。普段は表に出せない性癖も、ここでなら解消できる。無自覚な限定型はそれなりにいてもおかしくない。同じ理由で無自覚な万能型も、一人二人はいるだろう。恐らく、彼はこの民衆を隠れ蓑にしてこのビルに侵入するチャンスを窺っているはずだ。」
「いくらなんでも、ビルにまで入ってきたらわかるわよ。」
マーヤが、焦るような、神経質そうな顔をする。
「タイミングにもよるだろう。だから、まずは上の階で何が起こっているのかを調べる。大勢の人数がこのビルに入ってくるシナリオが出来上がっていたら最悪だ。僕たちはまだ派手に動けない。逃げ場のないビルで神室くんを連れて脱出しないといけなくなる。」
「そんなの、どうやって」
「しっ。静かに。」
かぶりを振るマーヤを、タクト君が唇に人差し指を当てて制す。
程なくして、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
「……消防車の音だね。上でボヤ騒ぎを起こされたみたいだ。」
タクト君が至極冷静に告げる。
「もう侵入されてるってことか? そんなエーラ、感じなかったぜ?」
白衣の男が頭を掻く。
「遠くからなにかをしたんだろう。……発火の能力か、遠隔操作か……」
タクト君が考えていると、サイレンの音が近くなり、複数の車の音が聞こえてきた。
「消防車と警察が来た。」
タクト君が窓の外を見下ろす。
「あん中にも三人、限定型が紛れてるな。」
白衣の男がタクト君に近づく。
「ここまで計算していたとは考えにくい。偶然とも思えないが…、彼らの中に消防隊員がいたのか?」
タクト君が振り返り、「どちらにせよ」と続ける。
「彼は消防隊員に紛れてこのビルに侵入するつもりだろう。入り口と窓を封鎖して時間を稼ごう。マーヤはその前にここから脱出して能力を使ってくれ。その混乱に乗じて僕たちも脱出だ。」
タクト君はマーヤを見る。
「っ……そんなの無理よ。」
マーヤはタクト君の要求を拒否する。
「時間がかかってもいい。君の力なら十分いける。」
タクト君はマーヤを見つめ、マーヤは目を瞑る。
「そういう問題じゃ……」
「! タクトっ‼」
突然、白衣の男が叫ぶ。
瞬間、一つの人影が部屋に飛び入り、テーブルの上へ飛び乗った。
ネックウォーマーで口元を隠した男。
人影の正体は、嵐山だった。
それに気付いた直後、視界は一瞬にして白く染まった。
五月十三日(金)十八時四十八分 駅北口裏通り・廃ビル
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