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女忍者の魂

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 転生者だと自覚している最中も、シリウスは息を凝らしてアイリーンを窺っていた。
 その視線を浴びて、ようやくアイリーンは状況判断に転じる。注意深く目を動かした。
 自分達がいるのは、仄暗い穴の中だ。
 二人がやっと並んで立てるくらいの大きさ。深さは五メートルほど。崩落しないよう、石灰岩を積んで固めてある。
 地面には膝頭の高さまで落ち葉が堆積していた。
 頭上には太陽の光が差し込んでくるものの、木々が邪魔をして穴までハッキリと底までは届かない。
 手でよじ登れそうだが、壁となる石は苔がびっしり張り付き、つるりと滑る。
 深井戸に比べればかなり浅い掘削だが、地上まで這い上がるのはなかなかに難儀だ。
「わ、私達はどうなったのでしょうか? 」
 アイリーンは記憶中枢を働かせる。
 確か目の前が上下に揺れたかと思えば地面が崩れて、体ごと地の底へと引き摺り込まれたのだ。
「逃げる最中、古井戸に落ちたのだ」
 あっさりとシリウスは告げた。
 百年前、古城を見上げるように幾つかの集落があった。それら全ては滅びたものの、痕跡は至るところに残されている。
「幸い木の葉が堆積していてクッションになっていたから助かった」
 そのときになってようやく、アイリーンはシリウスの太腿に乗っていたことに気づいた。
 彼があんまり自然に振る舞うものだから、あろうことか状況把握に遅れてしまった。
「ま、まあ! 私ったら。殿下を下敷きに! 」
 貴族令嬢にあるまじき姿に、たちまち赤面する。
 幾ら婚約者であろうと、未だに清い関係を保っている。そのような間柄なのに、これほど狭い空間に密着しているなど。はしたないにも程がある。
 慌てて立ちあがろうとすれば、腕を引かれて阻まれてしまった。そのままアイリーンはシリウスの腿に乗せられた。
「気にするな」
 何故、彼がアイリーンを離さないのかわからない。
 そればかりか、宥めるように髪を撫でられた。
「お、お怪我はございませんか! 」
「ああ。何ともない。これでも鍛えているからな。受け身くらいは取れる」
 ニヤニヤと下品な笑い方をする。王族にあるまじき、だらしない笑みだ。
 だが、アリーシアの意識はすでに別にあった。


 アイリーンは元から第六感がよく働く。それは、朱音が忍びの術に長けていたからでもある。忍びは、些細な変化を敏感に察知しなければならない。ぼんやりしていれば、すぐさま命が危うくなるからだ。
「殿下! 木の葉を被って身を潜めて」
「な、何だと? 」
「木の葉隠れ。隠形おんぎょう術です」
「こ、このは? おんぎょう? 」
「良いから早く隠れて」
 アリーシアは窮屈な体勢ながら、何とかシリウスの上から降り、おもむろに木の葉を頭から被る。堆積した落ち葉は簡単に二人を包み隠した。
 直後、どたどたと地面を踏み締める響きが井戸の石を通して底にいるアリーシアまで届いた。
「畜生! どこに行った! 」
「いたか!? 」
「いや、いない! 」
「まさか、枯れ井戸に落ちたんじゃないだろうな! 」
 誰かが覗き込む殺気だった気配。彼らはギロリと目を光らせ、僅かな動きがないかと探っていた。
 堆積した落ち葉は二人を充分に隠していたものの、さらに息を殺して潜めた。
 さすがに男らもわざわざ井戸まで落ちて探るつもりはないようで、しつこいくらい目視で測っている。
「いない! 」
 この上ない舌打ちが続いた。
「くそ! どこに逃げた! 」
 何者かに首を取るよう命じられていた彼らは、一刻も早くシリウスとアイリーンを追わねばならない。このようなことで時間を食っている場合ではなかった。
 焦りの余り、だんだんと地面を踏み締めている。
 木の葉がずれて、シリウスの乗馬服の肩が覗いたものの、その頃には彼らは井戸の奥底を覗いてはおらず、どこを探るか早口で言い合っていた。
 どうやら、正当に馬車道を下ることで決着したらしい。
 足音が遠ざかっていった。
 











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