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覚醒する悪役令嬢
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朱音は堪えきれず涙を流した。
「何故、愛し合う者同士がこのように歪み合うのでしょう!? 」
修之進と愛し合った回数が両手の指をとっくに越えた頃、里の状況は殺伐としたものに成り果てていた。
「わかってくれ、朱音殿。最早、今までとは勝手が違うのだ。古い因習に縛られていては全滅する」
修之進が里を出ると告げたのは、父が何者かに危うく毒を盛られかけたときだ。いつもの緑茶と匂いが違うことを敏感に察知した父は、難を逃れた。
毒を盛った者はわからぬ。
だが、その夜、修之進を筆頭に数名の若者が里を出るとわかり、犯人が誰かは明白となった。
数名の若者らを先に行かせて、一足遅れで修之進も遠い地へ赴く。彼の足を遅らせたのは、朱音に最後の別れを告げるためだ。
「あなた様はどこへ? 」
本来なら父の暗殺を企てた修之進の首を刎ねなければならない。だが、朱音はそれが出来なかった。
そして修之進も。裏切り者はいつ仕留められるかわからない。だが、のこのこと修之進は朱音の前に姿を現した。
「私は主君を得た。そなたらが仕える主君と相対する者だ」
「では、敵同士ということに」
「そうだ」
二人の間を隔つ壁は大きい。
「あ、あなた様はそれがわかっていながら、あちら側についたのですね? 」
朱音という存在がありながら、修之進は己の自尊心を選んだ。
だが、彼を強く咎めるなど出来ない。
修之進には己がこうと決めた忍びとしての信念があり、それによって愛する者を手放すこととなる事実に、今でも葛藤をしているとわかったからだ。
修之進の苦痛に歪む顔が全てを語っていた。
「修之進様……」
朱音が出来ることは一つだ。
「朱音を抱いてくださいまし」
朱音は修之進と今宵限りであるのはわかっていた。
だからこそ、彼を求めた。
「いつもよりも激しく。あなた様をこの体に残してくださいまし」
たとえ永遠に離れ離れになろうと、彼の痕跡を形にしたい。
「朱音殿……」
そんな朱音の心の奥深くの想いにまで、修之進は察しているのか。
単に別れを惜しんでいるだけだと捉えているのか。
どちらでも構わない。
急激に成長した朱音は、惑うことなく修之進の胸に飛び込んだ。
**********
再会したときが、彼を道連れにするとき。
子を成したとわかったときから、朱音は「女」ではなく「母」へと変わった。
修之進との間に出来た愛しい存在を守るには、どうすれば良いか。葛藤しつつ、一つの結論に従う。
「朱音もじきに、あなた方のおそばにまいります」
彼らだけに辛い想いはさせない。
「愛しております」
朱音は喉に刀の先を当てた。
**********
「フォスター公爵令嬢。大丈夫か? 」
不安そうに覗き込んできた異国のハンサムに、朱音はハッと息を呑んだ。
いや、朱音ではない。
朱音はこのように、白磁の滑らかな手はしていない。きちんと切り揃えられた爪、ほっそりした手首、綿地の設えのよい乗馬服。
アイリーンはハッと目を見開いた。
忘れ去っていたはずの記憶が走馬灯のように駆けていく。
生々しい血の温かさ。
だが、広げた手には大量の血液などついていない。
クリームで整えたすべすべした白い手だ。決して肉刺で膨れ上がった田舎百姓の娘の手ではない。貴族令嬢の手だ。
普段は滑らかだが、今は土と埃、それから切り傷擦り傷にまみれ、血が滲んでいる。ぴりりと引き攣り、痛みが増した。
血の滲む覚えのある痛みだ。
これは前世の記憶。
叶わぬ恋を、来世で遂げようと願った朱音。
そして、その想いは引き継がれた。
アイリーンとして転生して。
アイリーンは、アイリーンであることを自覚する。
「シリウス殿下! 」
怒涛のごとく現実へと引き戻される。
不安そうに自分を覗き込んできた金髪碧眼のハンサムは、紛れもなく自分の婚約者だ。
「わ、私は? 」
夢か現かわからない狭間を彷徨いながら、辿々しくアイリーンは尋ねる。
「良かった。気を失っていたんだよ、君は」
それは、ほんの一瞬のことだったのか。それとも、長い時間だったのか。定かではないが、普段は素っ気ない婚約者の顔を不安で歪めるくらいの時間であることに変わりはない。
とにかく体が痛む。ギシギシと骨が軋むくらいだ。
朱音の体とは全然違う。
動けそうではあるが、まだ感覚を取り戻していない。
アイリーンが普段、あまり活発に動かない性質でもあるが。
しかし、これまでとは違った力が身体中に漲っているのは確か。肉や血液から作り変えられているような、不可思議な感覚だ。
転生した。
アイリーンはその単語を難なく呑み込む。
朱音からアイリーンへと、生まれ変わったのだ。
その事実を受け入れることが出来るくらいに、全身を巡る血はまるでこれまでの自分のものではないくらいに沸々と熱くなっていた。
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