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悪夢の底
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アリアは混沌とした闇の中にいた。
ドス黒い闇が渦を巻いて、アリアを取り囲む。
右も左も深い闇で視界がない。
自分の足元すら見えない。
堪らなく不安になり、アリアの眦からはみるみるうちに涙が溢れてきていた。
「うわああああん! 」
泣き出しているうちに、アリアの体がみるみる小さくなっていく。
「うわああああん! 誰かああああ! 」
いつしかアリアの体は五歳の頃に戻っていた。
「私、あんたの秘密を知ってるわ」
誰かが闇の中から言った。
「あんたの出生の秘密を」
アリアがその真実を知ったのは、五歳のときだった。
憎悪の眼差しを向けてきたのは、二十代初めくらいのまだ若い女で、アリアは顔すら知らない。
彼女はイブと名乗り、先日解雇されたアークライト家のハウスメイドであったと言う。アークライト家の使用人は数多だ。いちいち彼女の顔すら覚えていない。
だから、淡々と恨み言をぶつけられても、幼いアリアは戸惑うしかない。
「旦那様は次の雇い先を紹介してくれたわ」
イブは忌々し気に吐き捨てた。ちっともうれしくなさそうに。
「でも、あんなところ。幾ら給金が高かろうと、向こうの主人はいやらしく手を出して来ようとするし、メイド長は意地悪だし、小汚い部屋ばかり。よくもあんなとこ紹介したわね」
今までとは真逆の対応による逆恨みも良いところだ。
だが、幼いアリアにはわからない。
イブに言われっぱなし。
「私、どうしてうちの使用人が皆んな解雇されたか知ってるのよ」
イブは意地悪く薄笑いした。
「な、何故? 」
聞いてはならない。
絶対に自分にとって、良くないこと。
知らぬが花……東の国の諺に詳しい父ルミナスが、よく口にしていた。
本当のことを知ると不快になるから、知ろうとし過ぎない方が良い。
しかし、幼いアリアにそんな忠告は通用しない。
何でも知り、その身に吸収していくのが、アリアだ。
「私達が秘密を知らないように、よ」
「秘密? 秘密って何? 」
「教えてあげるわ」
イブは明らかに見下しながら、くすくす笑った。
「あんたは現アークライト子爵の子供じゃないのよ」
何を言われたのか、アリアには理解出来なかった。
アリアの父はルミナスただ一人だ。
父はアリアを娘として、時には厳しく、時には甘く、大切に接してくれる。アリアを大事な娘だと言いながら。
「あんたの本当の父親は、前アークライト子爵ルドルフ。あんたがお爺様と思っているやつよ」
祖父が?
アリアの脳はまだ理解出来ていない。
「あんたは死んだ母と祖父との間にで出来た不義の子よ」
それは、あまりにも残酷な事実だった。
アリアの母と祖父は、彼女が三つの頃に馬車が崖から転落して命を落とした。
物心つく前なので、二人の顔すら覚えていない。
彼女が知るのは、命日にだけ物置から引っ張り出される肖像画の中の二人だけ。
白髪の気難しそうな紳士。
アリアと同じ金髪に薄水色の瞳をした、世間ずれしたような愛らしい女性。
その情報しか知り得ない。
ルミナスの母、即ちアリアの祖母にあたるドロシーは、一度も屋敷に足を踏み入れることはなかったから。だからアリアは、祖母の存在はむしろ初めからいないと思っていた。
何故、祖母が寄りつかないのか。
アリアを避けるのか。
父が異常なくらいに気遣いを見せるのか。
その理由が大波となってアリアの体を飲み込んだ。
「あんたは望まれない子供なのよ」
イブは不気味に口を歪めた。
ドス黒い闇が渦を巻いて、アリアを取り囲む。
右も左も深い闇で視界がない。
自分の足元すら見えない。
堪らなく不安になり、アリアの眦からはみるみるうちに涙が溢れてきていた。
「うわああああん! 」
泣き出しているうちに、アリアの体がみるみる小さくなっていく。
「うわああああん! 誰かああああ! 」
いつしかアリアの体は五歳の頃に戻っていた。
「私、あんたの秘密を知ってるわ」
誰かが闇の中から言った。
「あんたの出生の秘密を」
アリアがその真実を知ったのは、五歳のときだった。
憎悪の眼差しを向けてきたのは、二十代初めくらいのまだ若い女で、アリアは顔すら知らない。
彼女はイブと名乗り、先日解雇されたアークライト家のハウスメイドであったと言う。アークライト家の使用人は数多だ。いちいち彼女の顔すら覚えていない。
だから、淡々と恨み言をぶつけられても、幼いアリアは戸惑うしかない。
「旦那様は次の雇い先を紹介してくれたわ」
イブは忌々し気に吐き捨てた。ちっともうれしくなさそうに。
「でも、あんなところ。幾ら給金が高かろうと、向こうの主人はいやらしく手を出して来ようとするし、メイド長は意地悪だし、小汚い部屋ばかり。よくもあんなとこ紹介したわね」
今までとは真逆の対応による逆恨みも良いところだ。
だが、幼いアリアにはわからない。
イブに言われっぱなし。
「私、どうしてうちの使用人が皆んな解雇されたか知ってるのよ」
イブは意地悪く薄笑いした。
「な、何故? 」
聞いてはならない。
絶対に自分にとって、良くないこと。
知らぬが花……東の国の諺に詳しい父ルミナスが、よく口にしていた。
本当のことを知ると不快になるから、知ろうとし過ぎない方が良い。
しかし、幼いアリアにそんな忠告は通用しない。
何でも知り、その身に吸収していくのが、アリアだ。
「私達が秘密を知らないように、よ」
「秘密? 秘密って何? 」
「教えてあげるわ」
イブは明らかに見下しながら、くすくす笑った。
「あんたは現アークライト子爵の子供じゃないのよ」
何を言われたのか、アリアには理解出来なかった。
アリアの父はルミナスただ一人だ。
父はアリアを娘として、時には厳しく、時には甘く、大切に接してくれる。アリアを大事な娘だと言いながら。
「あんたの本当の父親は、前アークライト子爵ルドルフ。あんたがお爺様と思っているやつよ」
祖父が?
アリアの脳はまだ理解出来ていない。
「あんたは死んだ母と祖父との間にで出来た不義の子よ」
それは、あまりにも残酷な事実だった。
アリアの母と祖父は、彼女が三つの頃に馬車が崖から転落して命を落とした。
物心つく前なので、二人の顔すら覚えていない。
彼女が知るのは、命日にだけ物置から引っ張り出される肖像画の中の二人だけ。
白髪の気難しそうな紳士。
アリアと同じ金髪に薄水色の瞳をした、世間ずれしたような愛らしい女性。
その情報しか知り得ない。
ルミナスの母、即ちアリアの祖母にあたるドロシーは、一度も屋敷に足を踏み入れることはなかったから。だからアリアは、祖母の存在はむしろ初めからいないと思っていた。
何故、祖母が寄りつかないのか。
アリアを避けるのか。
父が異常なくらいに気遣いを見せるのか。
その理由が大波となってアリアの体を飲み込んだ。
「あんたは望まれない子供なのよ」
イブは不気味に口を歪めた。
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