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残酷な朝

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 意外に父はセディの求愛を断ることに反対しなかった。
「まだ十六だ。焦る必要はない」
 などと、つい先日は頑なに結婚を推し進めていたというのに、それを翻して理解力を示す。
「お父様は、アリアがお嫁に行くのが急に切なくなったのよ」
 裏で母がそれとなく言い含めてくれていたのだろう。
 アリアが乗り気でないのは、明らかだ。
 家長を気取る父だが、結局のところ好き好んで母の尻に敷かれたがっている節がある。はっきり言って、からきし母には弱い。言いなりだ。
 そして、母はアリアを時に厳しく、時には甘く、慈しんでくれている。
 たとえ血の繋がりはなくとも。
 アリアにとって、初めて「母親」という存在を教えてくれた人。
 だからこそ、アリアは家族を裏切れない。
 父の友人であり、家族同然の「ケイムおじさま」に本気の恋をしているなんて。ましてや、体の関係を結んでしまったなんて。
 秘密は、ずっしりと心に圧し掛かる。


 ケイムと距離を置くべきだ。
 そう決意した矢先に、憎たらしい弟はそれをぶち壊そうとする。
「ジョナサン卿がビリヤードを教えてくれるんだ」
 得意気に言うなり、レイモンドは朝食のミートボールをパクっと口に放り込んだ。
 ジョナサン卿、の呼称に、ピクリとアリアはミートボールにフォークを刺したまま、動きを止める。
 平静でいられるわけがない。
「午前中にジョナサン邸に行くんだよ」
 アリアがケイムと距離を取っているうちに、レイモンドはケイムと男同士の友情を育んでいたようだ。
「まあ、レイモンド。彼はどなたかとお約束があるでしょうに。無理を言って」
 イザベラがスープの最後の一口の後で、やんわり嗜めた。
 ほんの少し前に舞台女優のミス・ラーナを口説くんだと、アークライト邸に入り浸っては酔っ払ってうるさく繰り返していたケイム。最近めっきり名前が上がらないので、母は上手く話が進んでいると勘違いしている。
「ミス・ラーナでしょう? きっとまた振られたんだよ」
「こら」
「だって、彼から女性の話は全く出て来ないんだよ」
 ケイムが他の女性に目を移していないことに、密かにアリアは安堵する。
 諦めるなんて決意は、ぐらぐら揺れて保てない。
「お姉様も行こうよ」
 弟は何も知らないからこそ、アリアを怒らせる。
 会いたいに決まっている。
 だけど会えない。
 会えばますます、胸にこびりついたケイムと名の染みが広がっていくのがわかるから。
 刺したままのミートボールを口に放り込むと、いつも以上に咀嚼する。
「私は結構よ」
「何だよ。いつもなら、きゃいきゃい喧しくついてくるくせに」
「別に喧しくしてないわよ」
「いや、うるさくて堪らないよ。ジョナサン卿のこととなると」
 確かに、必要以上に彼の名を連呼していた自覚はあるが。
「夜会から急に大人ぶってさ。髪型も服装もやけに落ち着いて。つまんないの」
 レイモンドは、唐突な姉の変化に戸惑っている。
 無邪気なアリアはもうどこかへ行ってしまった。目の前にいる姉は、年齢以上に色気を含んだ淑女だ。
「アリア。せっかくだから、ジョナサンに会いに行きたまえ」
 いきなり父が会話に入ってきて、命令してきた。
「実はこの間の夜会で、ヴェリス伯爵未亡人から相談を受けてな。ジョナサンとの仲を取り次いで欲しいと」
 やはり、独身のケイムを狙う輩は多い。
「そんなもの、ご自分でどうにかされたら良いのに」
「彼女は恥ずかしがり屋だからな」
「私にどうしろと? 」
「それとなく、ヴェリス未亡人の名を出してくれ」
 なんて酷い提案だろう。
 アリアの愛する人に、他の女性を紹介するなんて。
「ねえ、お姉様。行こうよ」
 何も知らないレイモンドはしつこい。
「頼んだぞ、アリア」
 何も知らない父は横暴だ。
 全く味のしなくなったミートボールは、まるで鉄の塊だ。なかなか飲み込めない。
 
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