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警察署長の見解

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「ねえ。手紙には何と書かれていたの? 」
 マチルダの問いかけは、ロイの顔に昏い影を落とした。
「君は知らなくて良い」
「私には知る権利はないのかしら? 」
 そんな妻からの非難じみた言葉に、苦々しい顔をしながら手紙を突き出す。
 そこに書かれていたのは、世の中にこれほど汚い言葉があるだろうかといった文字の羅列だった。
 読み進めるうちに、マチルダの眉間の皺は深くなっていき、手紙を持つ手の戦慄きが大きくなっていく。
「どのような手を使ってでも、私を陥れると書いてあるわ」
 罵詈雑言の嵐。
 これほど憎まれることがあっただろうか。
「泣くな」
「泣かないわよ、今更」
 マチルダの根が強くなったのは、常に傍でロイが寄り添ってくれているから。
 肩を引き寄せられ、耳がロイの胸にくっつく。
 マチルダは目を閉じて、しばしその拍動を聞き入った。


「こ、これは」
 警察署長は手紙の内容を確認するなり、絶句する。
 彼の座る執務椅子の脚が軋んだ。
「単なる悪戯とするには、見過ごせませんな」
 翌朝を待って不審な手紙を届けたマチルダ夫婦は、通された署長室の革張りのソファに揃って腰を下ろした。
 署長はマチルダの姉が異常な執念で妹の命を狙っていることは承知している。先日逮捕した元家令のヴィスコックは、裁判が近づくにつれ諦めたのか、今は随分と大人しくなってその日を待っている。
「イメルダの字にしては、あまりにも歪んでいて。別人が書いたようにしか思えませんわ」
 マチルダは署長の考えていることを先回りして否定した。
 署長は溜め息をつくなり、ロイへと椅子の向きを変えた。
「伯爵。あなた、誰かに恨まれる覚えは? 」
「商売柄、会う野郎の三分の二は敵だからな」
「ふむ。では女は? 」
「それは今、答えなければならないことか? 」
「はい」
 ロイは苦々しい顔になり、隣の妻を窺い見る。
 マチルダは素知らぬ顔を決め込んだ。
 微かに舌打ちが彼女の耳に届いた。
「私もこの年だから、それなりに遊んで来たが。お互いに割り切った考えの相手ばかりだ」
「あら、そう」
「おい! 今は違うぞ! 君だけだからな! 」
「何も言ってないじゃない」
 言い訳がましいロイ。今更だ。乱交だの何だの、爛れた生活を知った上で結婚したのだから。
 ロイは悔し紛れにドンとテーブルを叩く。
「畜生! 署長、一体私に何の恨みがあるんだ! 」
「可能性を潰していくだけですよ」
「そんなもの、わざわざ妻の前で聞くことか! 」
 こっそり別室で聞けば良いことだ。
「この間のこと、さては根に持っているな! 」
 署長の胸倉を掴んで悪態をついた件だ。
「伯爵は余程、後ろめたいことがあるのですな。洗いざらい、話しなさい」
 署長はおかしくて堪らないとでも言いたげに口元を歪めながら、促してきた。
 マチルダはまたもや素知らぬ顔。
 今度は明らかにわかるくらいの舌打ちが真横で鳴った。
「一人、覚えがある」
「ほう。それは女ですか? 」
「ああ」
 ロイはマチルダから顔を背けると、渋々と話し始めた。
「私がまだ二十代の頃だ。一人、しつこい女がいた。雨の日も風の日もお構いなしで、ずっと門の前に佇み婚姻を迫ってきた」
 当時は相当参っていたようで、ロイは深く溜め息をつくと、ぐしゃぐしゃと髪を乱す。
「ある日を境に、その女は姿を見せなくなった。てっきり諦めたかと思ったのだが」
 ロイはその女を疑っていた。だからこそ後ろめたくて、マチルダに手紙をみせなかったのだ。
「酷い振り方でもなさったの? 」
「違う! 」
 ロイは即答する。
「その女とは、寝たこともない! ましてや、話すら! 」
 ロイの言っていることは、どうも真実らしい。マチルダを真っ直ぐに見ながら訴えてきたからだ。後ろ暗いことがあるなら、この男は目も合わせない。
「ふむ。会ったことすらない女ですか」
「ああ」
 署長の呟きに、ロイは大きく頷いた。
「伯爵は女性に対して思わせぶりですからな」
「何だと」
「どうせ、仮面舞踏会とやらで何の気なしに声を掛けたのでしょうな」
「そ、それは。まあ、見目良い女には声を掛けたりするだろう……マチルダ、今は違うからな。今は君一筋だからな」
「その女性なら、父親が慌てて商家に嫁がせましたが、今は双子の子供に恵まれて、幸せに暮らしておりますよ」
 そこまで聞いて、ピクリとロイの目元が引き攣る。
「おい、待て」
「一昨年、ゴシップを賑わせましたからな」
「おい、こら。知っていて、わざと言わせたな」
 署長はわざとらしく肩を竦めてみせる。
「心配事を解決しただけですよ。我々は無能な警察ではない。調べるときは、ちゃんと調べますからな」
 やはり前回、相当頭に来ていたらしい。
 今の警察署長は、とんだ食わせ者だ。
 金さえ積めば何なりと動く今までの野郎達とは全然違う。
「承知した」
 苦々しい顔でロイは返した。
「ふむ。一体、その浮浪者の女は何者なんだ」
 改めて手紙の文面に目を落とした署長は、首を捻った。
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