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凍りつく招待状

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 マチルダが執務室で帳簿につけるペン先を変えようとしたそのとき、執務室のドアがノックされた。
 マチルダは時折、父の帳簿つけを手伝っている。
 遠慮がちに部屋に入って来た父の手には、一通の封書があった。
 今朝方、アニストン子爵の元へそれは届けられた。
 上質な封筒には、勿忘草の箔押しがなされている。
 その花を目にしたとき、ヒヤリとマチルダの肝が冷えた。万年筆が床へと転がる。
「まあ、何をコソコソしているの? 」
 父からマチルダへ手渡された封筒を、イメルダが横から掠め取った。
 父の背中に、イメルダが姿を潜めていたのだ。
 やけにソワソワする父親に不審を抱き、こっそりと執務室まで尾いてきていた。
「イメルダ! いつの間に! 」
「お姉様! 」
 いきなりの登場に驚く父娘にはお構いなしに、マチルダは引ったくった封筒を裏返す。
「ブライス伯爵様からよ」
 差し出し人を確かめるなり、イメルダの声が弾んだ。
「ブライス伯爵? 嘘でしょ? 」
 悪い予感は、あくまで予感であってほしい。
 マチルダは指先から体温が奪われていくことを自覚した。
「は、伯爵は何と? 」
 マチルダが雇った男が勝手にブライス家の名を語ったことが耳に入り、その抗議ではないか。
 チラリと過った考えは、悪い方へとどんどん傾いていく。
 今朝は首の詰まったデザインのドレスだから、余計に息苦しい。自然とマチルダの呼吸が速まっていく。
「仮面舞踏会の招待状だわ」
 勝手に封筒を開いたイメルダの頬が、たちまち紅潮する。
「まあ! これでうちも一流の貴族の仲間入りだわ! 」
 イメルダが、わああと歓喜した。
 アニストン家のような下位へ、伯爵家直々に舞踏会のお誘いなど、滅多にあることではない。
 マチルダの恋人が伯爵家の一員であることすら、普通はありえないのだ。
 貴族といえど、格式が違う。
 近頃はそのようなことに拘らない貴族も増えてはきているが。財産家のアークライト子爵は、何年か前に家庭教師と結婚したらしいし。
 だが、それはごく稀な例だ。
「ああ! 新しくドレスを作らないと」
 イメルダは有頂天。もう、どの仕立て屋を雇うか算段している。
「イメルダ、よく読みなさい。招待を受けたのはマチルダだけだよ」
 困り顔で、父は招待客の名前を指で示す。
「何ですって! 」
「どうしてなの! 」
 姉妹同時に叫んでいた。
 マチルダの嫌な予感が確信へと膨らんでいく。
 伯爵に知れたのだ。
 伯爵の名を語る不埒者のことを。
 伯爵はマチルダを大広間に引き摺り出して、大勢の貴族の前で断罪し、マチルダを断頭台に乗せる。
 血飛沫を上げて首がごろんと転がる幻が、瞼の奥に鮮明に映り込んだ。
「なぜ? なぜ、私は招待されないの? 」
 過呼吸を起こしかねないマチルダとは違い、イメルダは不機嫌に唇を尖らせるや、父のシャツの胸元を掴んで前後に揺すった。
「マチルダが、懇意にしているからだろうな」
 父は冷静に分析する。
 それはマチルダをさらに絶望させた。
 マチルダに続いて、ロイの首がごろんと転がる姿が瞼の奥に描かれる。
「私はマチルダの姉よ」
 悔し紛れに何事か怨嗟を吐き捨てると、イメルダは足を踏み鳴らした。
 心底悔しそうに。
 交際の派手なイメルダには、上級貴族からのお誘いは願ってもないこと。
 それなのに、自分は招待されず、壁の花の妹だけが仮面舞踏会へ。
 イメルダはギリギリと奥歯をすり減らした。







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