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微睡から醒めて
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不意にキスが途切れた。
もやの張る意識が、だんだんと鮮明になっていく。
「わ、私……? 」
至近距離にあるのは、極上のハンサムな男性。その男性は長い睫毛をゆったりと瞬かせた。漆黒に澄み渡る瞳に映るのは、ポカンと呆けている己の姿。
「な、何! ロイ!? 」
一足飛びで退くや、背中に茂みのチクチクした感触を思い切り受ける。マチルダは生垣に背中を擦り付けた。
「ようやく正気になったか? 」
ロイはほんのりと頬を上気させながら、唇を手の甲で拭った。
彼の薄く引かれた唇が、今はふっくらと腫れぼったくなってしまっている。
「な、ななな何てことを! 」
何が彼の唇をそのようにさせたのか。マチルダの顔面から一気に血が引いた。記憶中枢はフル稼働している。
「君の姉上はとっくに迷路を出て、今頃はデートを楽しんでいるよ」
ロイはキスに関して何事もない素振りで、ぶつぶつとイメルダの文句を垂れる。
「全く。とんでもない姉だな」
やれやれ、と肩を竦めるロイ。
「君が姉を邪険に扱ったからだと嘯いてたぞ」
「そ、そんなわけないじゃない」
「知ってるさ」
マチルダは泣きたくて堪らなくなり、鼻を啜った。
皆んな、姉の言い分を真に受けるのに。実の両親すら、マチルダを信じてはくれない。
ロイだけが違う。
マチルダの気持ちがちゃんと通じている。
「オルコットさん。助けに来てくださり、感謝します」
「やけにしおらしいな」
「何よ。感謝を述べるのは私らしくないと仰りたいの? 」
せっかく彼に対してぐっと縮めた距離が、再び離れた。
ロイは鬱陶しそうに、靴底についた芝生の屑を払っている。もう、マチルダに見向きもしない。
「そ、そもそも、あなた、貴族の社交の場にノコノコと潜り込んで。万が一、見つかりでもしたら追い出されてしまうわよ」
「そんなヘマはしない」
「服装まで貴族らしく装って」
「惚れ直したか? 」
「くだらないこと言わないで」
なんて怒ってそっぽを向いたものの、頭はくらくらしっぱなしだ。
仕立ての良いフロックコートを身につけ、上質なフェルトハットを頭に乗せた彼の姿は洗練されて、どことなく威厳があって、まさしく上級貴族と呼ばれる部類でもおかしくない。
とてもじゃないが、娼婦を抱える館の主人とは思えない。
「そ、それに。弱っている姿に付け込んで。じょ、女性の唇を、う、奪うなんて! 卑怯よ! 」
娼婦、のキーワードにちくりと胸が痛み、うっかりと蒸し返してしまった。
彼は情事には手慣れているだろうが。
マチルダは違う。
なかったこととしてやり過ごすことなど出来ない。
ロイは不機嫌そうに口を尖らせた。
「聞き捨てならないな。君だって、かなり盛り上がってたじゃないか。最後の方なんか、君から迫ってきて」
「違います! 」
「違わない」
「違うったら! そ、それは、気が動転して! 」
「嘘だな」
焦って身振り手振りが大きくなっていくマチルダを眺めながら、ロイはおかしくて仕方ないと言わんばかりに喉を鳴らす。
「途中からちゃんと意思表示出来てただろ」
ロイの指摘に、マチルダは喉をひくつかせた。
まさか見破られていたなんて。
最初こそ惚けていたマチルダだったが、繰り返されるキスが現実を見せつけて、しかも、快楽まで付け加える。
異性と触れ合う唇がこれほど気持ち良いなんて。
知ってしまえば、癖になる。
もっと味わいたい。欲が生まれ、本能のまま求めた。
「君の名誉のために、知らんぷりしてたのに」
いかにも恩着せがましい言い方。
カーッとマチルダの顔面に血液が集中する。
「わ、私は! そんな、破廉恥なことなんて! 」
「キスの気持ち良さに気づいたか? 」
「なっ! 」
図星をさされ、絶句。
「まったく。男を狂わせる悪女だな、君は」
ロイは忌々しそうに舌打ちした。
もやの張る意識が、だんだんと鮮明になっていく。
「わ、私……? 」
至近距離にあるのは、極上のハンサムな男性。その男性は長い睫毛をゆったりと瞬かせた。漆黒に澄み渡る瞳に映るのは、ポカンと呆けている己の姿。
「な、何! ロイ!? 」
一足飛びで退くや、背中に茂みのチクチクした感触を思い切り受ける。マチルダは生垣に背中を擦り付けた。
「ようやく正気になったか? 」
ロイはほんのりと頬を上気させながら、唇を手の甲で拭った。
彼の薄く引かれた唇が、今はふっくらと腫れぼったくなってしまっている。
「な、ななな何てことを! 」
何が彼の唇をそのようにさせたのか。マチルダの顔面から一気に血が引いた。記憶中枢はフル稼働している。
「君の姉上はとっくに迷路を出て、今頃はデートを楽しんでいるよ」
ロイはキスに関して何事もない素振りで、ぶつぶつとイメルダの文句を垂れる。
「全く。とんでもない姉だな」
やれやれ、と肩を竦めるロイ。
「君が姉を邪険に扱ったからだと嘯いてたぞ」
「そ、そんなわけないじゃない」
「知ってるさ」
マチルダは泣きたくて堪らなくなり、鼻を啜った。
皆んな、姉の言い分を真に受けるのに。実の両親すら、マチルダを信じてはくれない。
ロイだけが違う。
マチルダの気持ちがちゃんと通じている。
「オルコットさん。助けに来てくださり、感謝します」
「やけにしおらしいな」
「何よ。感謝を述べるのは私らしくないと仰りたいの? 」
せっかく彼に対してぐっと縮めた距離が、再び離れた。
ロイは鬱陶しそうに、靴底についた芝生の屑を払っている。もう、マチルダに見向きもしない。
「そ、そもそも、あなた、貴族の社交の場にノコノコと潜り込んで。万が一、見つかりでもしたら追い出されてしまうわよ」
「そんなヘマはしない」
「服装まで貴族らしく装って」
「惚れ直したか? 」
「くだらないこと言わないで」
なんて怒ってそっぽを向いたものの、頭はくらくらしっぱなしだ。
仕立ての良いフロックコートを身につけ、上質なフェルトハットを頭に乗せた彼の姿は洗練されて、どことなく威厳があって、まさしく上級貴族と呼ばれる部類でもおかしくない。
とてもじゃないが、娼婦を抱える館の主人とは思えない。
「そ、それに。弱っている姿に付け込んで。じょ、女性の唇を、う、奪うなんて! 卑怯よ! 」
娼婦、のキーワードにちくりと胸が痛み、うっかりと蒸し返してしまった。
彼は情事には手慣れているだろうが。
マチルダは違う。
なかったこととしてやり過ごすことなど出来ない。
ロイは不機嫌そうに口を尖らせた。
「聞き捨てならないな。君だって、かなり盛り上がってたじゃないか。最後の方なんか、君から迫ってきて」
「違います! 」
「違わない」
「違うったら! そ、それは、気が動転して! 」
「嘘だな」
焦って身振り手振りが大きくなっていくマチルダを眺めながら、ロイはおかしくて仕方ないと言わんばかりに喉を鳴らす。
「途中からちゃんと意思表示出来てただろ」
ロイの指摘に、マチルダは喉をひくつかせた。
まさか見破られていたなんて。
最初こそ惚けていたマチルダだったが、繰り返されるキスが現実を見せつけて、しかも、快楽まで付け加える。
異性と触れ合う唇がこれほど気持ち良いなんて。
知ってしまえば、癖になる。
もっと味わいたい。欲が生まれ、本能のまま求めた。
「君の名誉のために、知らんぷりしてたのに」
いかにも恩着せがましい言い方。
カーッとマチルダの顔面に血液が集中する。
「わ、私は! そんな、破廉恥なことなんて! 」
「キスの気持ち良さに気づいたか? 」
「なっ! 」
図星をさされ、絶句。
「まったく。男を狂わせる悪女だな、君は」
ロイは忌々しそうに舌打ちした。
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