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鬼畜な嘘

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「どうした、どうした? 」
「一体、何の騒ぎ? 」
 マチルダの部屋が騒がしいことに、とうとう両親まで飛んで来た。
「お父様! お義母かあさま! 」
 イメルダが父の胸に迷うことなく飛び込む。
「マチルダが……マチルダが……アンサー様を誘惑して……」
 イメルダはしゃくり上げる。父の襟元に顔を埋めたせいで声がくぐもった。
 本当か? 父の目が疑り深くマチルダとアンサーを行き来する。
「え、ええ。内々に相談したいことがあると声を掛けられて」
 またしてもアンサーは飄々と出任せ。
 普段、気弱な好青年を装うだけあって、どう転んでもマチルダの方が分が悪い。 
 父はおろか、母ですら絶望したように蒼白になっている。
「違うったら! 」
 ここで否定しなければ、アンサーの嘘を認めたことになってしまう。
 マチルダは唾を飛ばし、だんだんと足を踏み鳴らした。
 ヒステリックに叫べば叫ぶほど、状況は悪くなる一方だとわかってはいたが。
 日頃の印象が、この場で大いに発揮されている。
 アンサーはそう言いたげに、マチルダにだけ薄ら笑いをしてみせた。
 ますますマチルダのこめかみに筋が浮く。
「マチルダ。本当か? 」
 アニストン子爵は白いものが混じる髪をしきりに撫で付けながら、刻み込まれた顔の皺をさらに深めた。マチルダと同じ形をした琥珀の目が細く尖る。
 最早、マチルダへの疑惑の方へ大きく傾いている。
「違います! 」
「しかし、状況が状況だけに」
 今夜、イメルダと正式な婚約話が出される食事会で、アンサーが愚行に走るわけがない。父はアンサーの表の顔にすっかり騙されてしまっている。
 マチルダとて、今夜の件がなければ、アンサーは一生妻に尻に敷かれる気の弱い男だとばかり思っていた。
 だが、アンサーの横暴に従ったままでは、自分の名誉は地に落ちてしまう。ただでさえ尻軽だのと世間にレッテルを貼られているのだ。
 そんな中でも家族は、マチルダが誰しもが口にするような愚かな娘ではないと信じてくれている。だからこそ、毎度毎度、性懲りも無く夜会に連れ回す。
 ここで家族の信頼を失墜するわけにはいかない。
「わ、私には、想い合う相手がおります! 」
 咄嗟に言葉が口から飛び出していた。
「じきにお父様に紹介する手筈でした! 」
 一度解き放てば、次から次へと言葉が溢れ出す。
「だ、だから! お姉様の婚約者に手を出したりなんてしません! 」
 壁の花をしながら、こっそり夢想していた内容だった。
 自分には想いを通じた相手がおり、そのうち親に紹介する日がくるのだと。
 だから、姉なんて羨ましくない。
 間もなく素敵な彼がダンスを誘おうと、手を差し出してくるのだ。
「嘘よ。だって、あなたからそんな話、ちっとも聞いたことないわ」
 父の胸元から目線だけ寄越し、イメルダは声を低めた。
 常に男に取り囲まれている彼女と違って、マチルダはご機嫌取りの挨拶すらされない。お見通しだ。
「み、身分のある方だから! だ、だから、慎重に話を進めた方が良いだろうと! 」
「本当に? 」
 イメルダのガラス玉のような丸さの目が、疑わしそうに細長くなる。
「ほ、本当よ! 」
 鼻息を荒くして、マチルダはイメルダを睨みつけ、向き合った。
「それなら証拠を見せてちょうだい」
 父の胸元から離れたイメルダは、腰に手を当てて前のめりになる。
「え? 」
 逆に、マチルダは踵を引いた。
「その方を食事に招きましょう」
 手の平を擦り合わせ、さも良い思いつきだと、イメルダの表情が明るくなった。
「ねえ、お父様。よろしいでしょう? 」
 つい今しがたまでのメソメソした態度はどこへやら。イメルダは甘える仕草で、父の腕に額を擦り付ける。
「し、しかし。手順が」
 貴族のたしなみを重視する父は、困ったようにうなじをかいた。
「この際、そんなこと構っていられないでしょう? 」
「しかしな、イメルダ」
「マチルダの潔白を証明するためですもの」
 イメルダの言葉は効いた。 
 頑なだった父の首をあっさりと縦に振らせたのだ。
「あなたの素敵な彼に会えるのが、楽しみだわ」
 くすくすとイメルダは小さく喉を鳴らす。
「え、ええ! 彼に伝えるわ! 今度の食事会にうちを訪ねるようにと! 」
 今更、後には引けない。
 マチルダはこれでもかと胸を逸らせ、長い睫毛を瞬かせた。
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