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波乱の始まり

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 生垣迷路のあるジョナサン男爵家に到着するなり、真後ろでどこかの馬車が車輪を軋ませて急停止した。
 勢いよく真後ろの馬車のドアが開く。
「来たか」
 伯爵はニヤリと口角を歪めた。
「……? 」
 リリアーナが首を傾げた、そのとき、彼らの馬車の扉が勢いつけて開いた。
「おい! 何でお前の馬車にリリアーナが乗っているんだ! 」
 血走った目で鼻息荒くザカリスが怒鳴った。
「……! 」
 リリアーナはあんまり驚いて、声すら出ない。
 昨日の今日で、彼が顔を見せるなんて。
 てっきり泣き喚いたリリアーナを鬱陶しがって、しばらく避けるだろうと踏んでいたが。
 伯爵はザカリスが後を尾けていたことは把握していたらしく、澄まし顔だ。
「それは、私が逢引きデートに誘ったからな」
「ふざけるな! 」
 ザカリスが伯爵の胸倉を掴む。
 それでも伯爵は想定内らしく、ザカリスの思うままにやらせている。
「リリアーナにちょっかいをかけるな! リリアーナは、お前なんかが手を出していい女じゃない! 」
「お前、私が迷路に誘っても、くだらないの一言で蹴ったではないか。どうして、ここにいるんだ? 」
「ハッサムの屋敷にお前の馬車が停まっていたから! まさかと思って来てみたら、案の定! 」
 ザカリスは掴んだ伯爵の胸倉を勢い良く揺する。
 かなり激昂している。
 伯爵は、やれやれと切れ長の目を下げた。
「おいおい。この娘はお前の身内でも何でもないんだぞ」
「だから何だ! 」
「聞いたぞ。見合いを勧めただと? 保護者気取りか? 」
 前後に揺すぶっていたザカリスの手が止まる。
「お、俺はリリアーナのことを考えて」
「誰を伴侶にするか選ぶのは、この娘が決めることだ。正確には、彼女の両親か。どちらにせよ、お前ではない」
 ピシャリと言って、伯爵はザカリスの胸を強く押した。
「手を出しておきながら、なかったことにして保護者ぶるお前に、口出しする資格などない」
「そ、それは……」
 ザカリスは反論出来ず、口元を引き結ぶ。押し返され、真後ろによろめいた。いつもの彼ならいきり立ってやり返すところだが、今日は抵抗も見せず、握り込んだ拳を凝視するのみ。
 リリアーナは、男らの諍いにオロオロするばかり。今しがたの感傷が吹き飛んでしまった。
 

「おいおい。何だ、どうした? 揉め事か? 」
 騒ぎをききつけた屋敷の主人であるジョナサン卿が、訝しげに顔をしかめながら駆け寄ってきた。
 伯爵は肩で大きく息をつくと、乱れた襟を直す。
「いや。それより、アニストン家の馬車が停まっていたが? 」
 伯爵の口調が心なしか早くなる。
 アニストン家といえば、下級にあたる家柄。上流に位置する伯爵家が関わることは、やたらめったらないのに。何故か伯爵は、その家の紋章を把握していた。
「ああ。あそこの娘二人も迷路に来てるぞ。妹の方は、さっきから半泣きで走り回ってる」
 呑気なジョナサン卿の台詞に、たちまち伯爵の顔色が変わった。ザカリスに喧嘩を吹っ掛けられようと落ち着き払っていたというのに、急にそわそわとし始め、しきりに入り口を気にし出した。
「失礼。ロナルド、子ウサギラプローのエスコートをしろ」
 早口で言い捨てると、ザカリスに命令する。
「おい。さっきの話と矛盾してるぞ」
 ザカリスはムッと眉を寄せた。
「急ぐんだ。邪魔するな。私はこれから姫君を救出する騎士になりに行くから」
 などと、訳のわからないことを口にして、言い終わらないうちに迷路の中へ。
「勝手な奴め」
 あっという間に姿を消した伯爵に、ザカリスは忌々しいと舌打ちした。
 取り残されたリリアーナは、もうどうしたら良いかわからず、かと言ってザカリスを誘って迷路に向かう勇気も今は奮い立たず、俯いて芝生の窪みをじっと見つめるのみで動けない。
 彼女の頭上で、またもや舌打ち。
「リリアーナ。来い」
 彼の言葉に、リリアーナは弾かれたように顔を上げた。
 不意打ちで目が合う。
 ザカリスは、困ったようにすぐさま目を逸らした。 
 リリアーナは、ザカリスの複雑そうな表情に気まずくなって俯いた。
「迷路を楽しみたいんだろ? 」
 幾分和らいだ彼の声が降りてきた。
 懐かしい、優しい響き。
 忘れていた安心感。
 やはり彼が好き。
 諦めるなんて無理だ。
 その想いが胸に染み渡り、切なく絞る。涙を堪えながら、リリアーナは黙って首を縦に振った。
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