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恋の始まり1(回想)

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 ロナルド男爵の奥方は、リリアーナの母とは親友である。
 その「ユリアーノおばさま」が亡くなり、リリアーナも葬儀に参列した。
 ユリアーノおばさまは、かなり年上の男爵に大層大事にされており、二人を知る者は誰しもが、年老いても仲の良い夫婦となる未来を描いていた。
 よもや、肺病を患い、たった十五年余りでその幸せな絵図を終わらせることになるとは。
 打ちひしがられる人々の心を弄ぶように、雨の多いこの土地には珍しく、雲一つない快晴だった。
「ユリアーノ……ユリアーノ……どうして? 」
 悲嘆に暮れる男爵に加えて、悲しみを露わにする母。ユリアーノの棺にしがみつき、そんな彼女の背を撫でて慰める父。
 そんな二人には、愛娘を意識する余地がなかった。
 まだ七つのリリアーナは、ユリアーノおばさまは眠る場所がベッドから棺に変わっただけで、すぐに目覚めるだろうと思っていた。
 身近で人を失うという体験のない彼女にとって、何故大人達が真っ黒の服装をして涙で顔を濡らすのか、その意味をよく理解していなかった。
 硬い木の椅子に尻をモゾモゾしていたら、教会の救世主の像に何だか怒られている気分になって、リリアーナは一人きりで教会を抜け出す。
 周囲の大人達は、小さな子供が居なくなったことには誰も気づかない。
 リリアーナは誘われるように教会の裏手に回る。鋳物製の柵に青々とした蔦が絡みついており、それがどこまで続いているのか辿るうちに、物寂しい裏口へと出てしまった。
 この辺りは治安は悪くはないといえど、やはり、どこにでも企みを持つ輩はいる。
「やあ、お嬢さん」
 ぼろぼろの穴だらけのシャツ、土埃で汚れたズボン。白髪混じりの髪はぐしゃぐしゃで伸び放題、顔の大半が髭で覆われて、その表情が全くわからない男が、妙な猫撫で声をリリアーナに向けた。
「こんなところで一人かい? 」
 ニカッと笑う。歯はほとんどが抜け落ち、僅かに残された分は歯垢が溜まり黄色い。
「おじさま、だあれ? 」
 まだ警戒心を知らないリリアーナは、無邪気に尋ねた。
「わしか? わしは……あんたのお母様の友達だよ」
「本当に? 」
 母の友達の部類には決して入らないような人物。リリアーナは不思議で首を傾げる。
「ああ。本当だ」
 男はまたもやニカッと笑う。長い前髪から覗く目が、ギョロリとリリアーナを捉える。
「君のお母様に頼まれたんだ。君だけを先に家に帰らせろと」
「嘘! お母様は、そんなこと仰らないわ! 」
 さすがにリリアーナは違うとわかる。
 母は出掛けに、一緒にいましょうとリリアーナに言いつけたからだ。
「嘘なものか。頼まれたんだよ」
「お母様は、私もユリアーノおばさまにお別れをしなさいと」
「だが、君のお母様は確かに私に頼んだんだよ」
「嘘よ! 嘘だわ! 」
 お母様が意見を曲げるときは、必ずリリアーナに一言告げる。
 それに、母は清潔を重んじる。このような不潔な男と知り合いのわけがない。
 危ない! 
 そのときになり、ようやく、リリアーナの脳内で警告の笛が鳴り響いた。
 たちまち、どくどくと血の巡りが速くなる。
 両親から、巷では厄介な輩がうろついているから、決して裏口には回らないようにと言いつけたられていたことを思い出した。
 貧富の差が激しい王都では、強盗、誘拐、脅迫、詐欺など、あらゆる犯罪が茶飯事だ。
 治安の悪化を憂いた政府により、治安警察が組織されたものの、溢れ返る犯罪者に、まだ彼らの手は充分ではない。
 目の前の男も悪党のたぐいだ。
 世間知らずのリリアーナも、さすがに確信する。
「小うるさいガキめ! 」
 男はリリアーナに企みがバレて、本性を剥き出した。
 たちまち、カッと男の落ち窪んだ目が見開く。
 男の熊のように指先まで毛深い手が、リリアーナに伸びる。


「いやああああ! 」


 リリアーナは叫んだ。







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