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仮面舞踏会の困惑(回想)
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仮面舞踏会は、どことなく淫靡な空気を漂わせている。
楽団の音色は半調下がっているし、宝石を散りばめた煌びやかなアイマスクが、誰が誰だかわからなくしている。
シャンデリアの灯りも、夜会なら白々しているところだが、今夜のパーティーはオレンジで薄暗い。
ブライス伯爵から招待を受けたリリアーナは、当然、親友のユリアンも参加しているものだとばかり思っていた。
しかし、ユリアンらしき女性はいない。
急に不安になって、リリアーナはうろうろと渡り廊下を右往左往していたときだ。
「リリアーナ? どうしてここに? 」
目元を濃い青の仮面で覆った燕尾服の男性。
その良く響く低音に、リリアーナの目頭が熱くなる。
ザカリスだ。
彼は焦ったように大股で近寄って来た。
二メートル近いブライス伯爵ほどの大男ではないものの、ザカリスもそれなりに上背がある。ましてや、リリアーナは極度に背が低い。
たちまちリリアーナに濃い影が落ちた。
「ブライス伯爵からお誘いいただいたのです」
リリアーナは、見知った顔に安心して泣き出してしまいそうになり、鼻を啜る。
ブライス伯爵と言えば上級貴族の一人であり、ハッサム家のような平凡な男爵家が直々に招待を受けるなど、あり得ないに等しい話だった。
仕事の関係で、ザカリスは伯爵とは懇意にしているようだが。
ザカリスは、リリアーナの両親がこの日のために奮発してくれたドレスに目線を落とす。
貧相な胸があまり目立たないようにと、首の詰まった青藤色のドレスには、銀糸の刺繍がなされ、母から借りた真珠のネックレスが首元を飾る。
リボンもレース飾りもないシンプルなドレスは、極上の絹で、素材で勝負。
リリアーナの髪が真っ赤で目立つから、これくらいが丁度良いらしいが、来賓は誰しもがこれでもかとひらひらとレースや刺繍、リボンに宝石とドレスを飾って、逆にリリアーナは悪目立ちしていなくもない。
ザカリスは生唾を飲んだ。
「嘘だろ? 」
「いえ。本当です。これが招待状よ」
リリアーナは白地に勿忘草が箔押しされた封筒を差し出す。
ザカリスは封筒を目線より上にかざし、あらゆる角度から確認した。
「勿忘草の刻印。どうやら本物だな」
たちまちザカリスが不機嫌に舌を打った。
「あいつ、何を考えているんだ? 」
明らかにイラついて、下顎を撫でている。
リリアーナは、何か自分がとんでもない失態を犯した気分になって、ドレスの布地を握りしめた。
「どうしてリリアーナに招待状なんか」
ぶつぶつと口中でザカリスが何事か呟いている。
かと思えば、リリアーナの肩を掴んで前後に揺すった。
「このパーティーが何をするか知った上で、ノコノコ来たのか? 」
好きな殿方に不意打ちに触れられ、リリアーナの心臓が跳ね上がる。
「か、仮面舞踏会でしょう? 」
「それから? 」
「それから? 仮面をつけてダンスをするのでしょう? 」
「やっぱり、わからずに来たんだな」
はあ、と深い溜め息をついてから、ザカリスは項垂れた。
すぐさま彼はリリアーナから手を離す。
ほんの僅かだったが、まだ彼の大きな手の感触が残っている。両肩がじんわりと炭を当てられたように温かい。
「ちょっとあの男に文句を言ってくる」
そんなリリアーナの内心のときめきなど知る由もなく、ザカリスはかなり苛立っている。靴先が床を叩いた。
楽団の音色は半調下がっているし、宝石を散りばめた煌びやかなアイマスクが、誰が誰だかわからなくしている。
シャンデリアの灯りも、夜会なら白々しているところだが、今夜のパーティーはオレンジで薄暗い。
ブライス伯爵から招待を受けたリリアーナは、当然、親友のユリアンも参加しているものだとばかり思っていた。
しかし、ユリアンらしき女性はいない。
急に不安になって、リリアーナはうろうろと渡り廊下を右往左往していたときだ。
「リリアーナ? どうしてここに? 」
目元を濃い青の仮面で覆った燕尾服の男性。
その良く響く低音に、リリアーナの目頭が熱くなる。
ザカリスだ。
彼は焦ったように大股で近寄って来た。
二メートル近いブライス伯爵ほどの大男ではないものの、ザカリスもそれなりに上背がある。ましてや、リリアーナは極度に背が低い。
たちまちリリアーナに濃い影が落ちた。
「ブライス伯爵からお誘いいただいたのです」
リリアーナは、見知った顔に安心して泣き出してしまいそうになり、鼻を啜る。
ブライス伯爵と言えば上級貴族の一人であり、ハッサム家のような平凡な男爵家が直々に招待を受けるなど、あり得ないに等しい話だった。
仕事の関係で、ザカリスは伯爵とは懇意にしているようだが。
ザカリスは、リリアーナの両親がこの日のために奮発してくれたドレスに目線を落とす。
貧相な胸があまり目立たないようにと、首の詰まった青藤色のドレスには、銀糸の刺繍がなされ、母から借りた真珠のネックレスが首元を飾る。
リボンもレース飾りもないシンプルなドレスは、極上の絹で、素材で勝負。
リリアーナの髪が真っ赤で目立つから、これくらいが丁度良いらしいが、来賓は誰しもがこれでもかとひらひらとレースや刺繍、リボンに宝石とドレスを飾って、逆にリリアーナは悪目立ちしていなくもない。
ザカリスは生唾を飲んだ。
「嘘だろ? 」
「いえ。本当です。これが招待状よ」
リリアーナは白地に勿忘草が箔押しされた封筒を差し出す。
ザカリスは封筒を目線より上にかざし、あらゆる角度から確認した。
「勿忘草の刻印。どうやら本物だな」
たちまちザカリスが不機嫌に舌を打った。
「あいつ、何を考えているんだ? 」
明らかにイラついて、下顎を撫でている。
リリアーナは、何か自分がとんでもない失態を犯した気分になって、ドレスの布地を握りしめた。
「どうしてリリアーナに招待状なんか」
ぶつぶつと口中でザカリスが何事か呟いている。
かと思えば、リリアーナの肩を掴んで前後に揺すった。
「このパーティーが何をするか知った上で、ノコノコ来たのか? 」
好きな殿方に不意打ちに触れられ、リリアーナの心臓が跳ね上がる。
「か、仮面舞踏会でしょう? 」
「それから? 」
「それから? 仮面をつけてダンスをするのでしょう? 」
「やっぱり、わからずに来たんだな」
はあ、と深い溜め息をついてから、ザカリスは項垂れた。
すぐさま彼はリリアーナから手を離す。
ほんの僅かだったが、まだ彼の大きな手の感触が残っている。両肩がじんわりと炭を当てられたように温かい。
「ちょっとあの男に文句を言ってくる」
そんなリリアーナの内心のときめきなど知る由もなく、ザカリスはかなり苛立っている。靴先が床を叩いた。
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