壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉

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第三章

契約結婚

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「俺を責めてくれ、アメリア」
 エデュアルトは髪をぐしゃぐしゃに掻き乱し、呻いた。
「俺のせいでお前を傷物に」
「ブランシェット卿のせいじゃないわ。悪いのは、我儘を通させてしまった私よ」
「いや。俺を責めろ」
 エデュアルトはベッドの脇に跪くと、アメリアのほっそりした手を握りしめた。
 びく、とアメリアの体が跳ねた。
 彼の手はひやりと冷たい。
「ヴィンセントもエイスティン夫人も、俺を責めるどころか、体は無事なのかと心配して」
 暴漢がエデュアルトを標的にしていたのは事実。恨みを買い、何者かの依頼で雇われた男らは、顔の骨が砕かれて鼻が陥没するくらいになっても頑なに口を割らなかった。余程、その依頼主が恐ろしいらしい。
 金や女で逆恨みを買うのは茶飯事だが、それを形にする者はなかったため、油断しきっていた。
 その油断が取り返しのつかないこととなってしまった。
「あなたが気に病むことはないわ」
 アメリアは微笑む。
 エデュアルトが助かったことが何よりだ。
「アメリア。俺が出来ることなら何だってする」
 エデュアルトはアメリアの手を包む力に力を込めた。
「俺に償わせてくれ」
 漆黒の瞳に、アメリアの姿が映る。
「一生をかけて、お前に償う」
 一生……。
 アメリアはその単語にごくり、と唾を飲んだ。
「何だってしてくれるの? 一生? 」
 問いかける言葉が震える。
「ああ。勿論だ」
「一生? 」
「そうだ」
 ふと閃いた単語は、愚かなことを口走るなとすぐさま打ち消そうとしても、エデュアルトの返事によって易々と頭の片隅に追いやられてしまう。
 今しかない。
 果てしなく望み、しかしそれは叶わない夢だと絶望でいっぱいになった願い事。
 諦めているはずのそれが、手の届く場所まで自ら落ちてきた。


「では……では、私と契約結婚してください」


「契約結婚だと? 」


 エデュアルトの空気の流れが止まる。
 ポカン、と呆けた。
 アメリアの放った言葉をうまく脳内が処理出来ていない。
 アメリアが望んだこと。
 それは、エデュアルトの妻になることだ。
 このように彼の弱味に付け入るなんて、卑怯であるのは百も承知だ。
 しかし、今しか望みは叶えられない。
 アメリアが欲しくて欲しくて堪らなかったもの。
 それが今、手の届く場所にあるのだ。
「アメリア、よく考えろ。俺と結婚なんて無理だ」
 エデュアルトは困ったように首を横に振った。
「どうして? 」
「お前はサンシェット氏から求婚されているんだ」
「だから? 」
「家長がそれを受け入れたんだ。最早、結婚話を受け入れたも同然だ」
「私は返事なんてしていないわ」
「だが、話はこのまま進む。今更、覆すなど不可能だ」
 エデュアルトは幼い子供に言い含めるように、幾分ゆったりした口調となる。
 このようなときでも子供扱い。
 当然のことではある。
「不可能を可能にする手立てはあります」
 それでも諦めきれない。
 幼い頃から願ってやまないことを、みすみす逃すわけにはいかない。
「ま、まさか! 」
 アメリアの心の内を読んだエデュアルトは絶句する。
「はい。その、まさかです」
 ダメ押しすれば、エデュアルトはさらに眉尻を下げ、緩く首を横に振った。
「馬鹿な真似はよせ」
「何だってするって言ったくせに」
「限度がある」
 アメリアが考えたのは、駆け落ち婚だ。
 既成事実を作れば、青髭との結婚話は流れる。
 暴力を振るう亭主より、放蕩者の方がずっとマシ。
 むしろアメリアは、初恋を実らせたい。
「駆け落ちなんてしてみろ。俺はヴィンセントに会わせる顔がない」
「無理を承知で頼んでいるんです」
「まともな思考ではない」
「至って正気です」
「俺達は貴族なんだ」
「駆け落ちに身分などありません」
「今後、社交界と縁を切ることになるぞ」
「構いません」
「お前の兄や義姉も社交界で苦行を強いることになるんだぞ」
「それは……」
 アメリアの高揚が萎む。
 家族に犠牲を強いてまで、初恋を実らせたいわけではない。
 駆け落ちなど仕出かした貴族は、周囲の信頼を失墜する。それは家族にまで及ぶ。
 兄の付き合いにも支障を来たすのは明らかだ。義姉にも、茶会で肩身の狭い思いをさせてしまう。
 希望の光が暗闇に飲み込まれた。


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