上 下
95 / 112

父の隠し事

しおりを挟む
「マーレイ。しばらくは夜会を休んでも良いのだぞ? 」
 やはり、父は何やら隠し事をしている。言動が不自然だ。
「どうなさったの? いつもは、早く相手を見つけるようにと催促なされますのに」
 マーレイはスコーンを一旦皿に置くと、前のめりになる。
「い、いや。伯爵位はいづれはロイドが継ぐだろう? 我が家は後継の心配はないし。それほど急いで嫁ぎ先を探すこともあるまい」
「お父様? この間の話と随分違ってよ? 」
「そ、そうか? 」
 あからさまに目を泳がせる父。隠し事があまりにも下手くそだ。
 社交界で気難しいと評判のヴィンセント伯爵とは思えない。
「お父様ったら。もしや、どなたか好い方でもいらっしゃるのですか? 」
 娘の反応をいちいち窺うような態度に、マーレイは率直に問いかける。
 父はワイングラスを取り落とした。
 たちまち濃赤の液体がテーブルに広がる。テーブルクロスを伝う雫に慌てて給仕が駆け寄った。
 父の狼狽の仕方は半端ない。
「な、何だと! な、何だ、唐突に! 」
 額の汗を袖で拭いながら、モゴモゴと髭を上下させる。
「私は反対いたしませんわ」
「な、何故、そのような話に」
「お父様、何か隠し事なさっておりますでしょう? 」
「な、何故そう思うのだ? 」
「一目瞭然です」
 ツンツンするマーレイと違って、元から喜怒哀楽が分かり易い父ではあるが。
 テーブルが片付けられたと同時に、父は肩で大きく息をつく。
「マーレイ、誤解するな。わしは今でもエイスティン一筋だ。彼女ほど素晴らしい女はいない」
「では再婚なさらないの? 」
「当たり前だ。エイスティンはわしの最初で最後の女だ」
「まあ」
 臆面もなく言ってのける父に、こちらが照れてしまう。気難しい見た目によらず、純朴な父だ。
「でしたら、何故? いつものお父様とご様子が違ってよ? 」
 詰め寄るマーレイに対し、誤魔化しはきかないと踏んだ父は、諦めたように首を横に振った。
 見計らったように、給仕が空の皿を引き上げていく。
 テーブルは綺麗さっぱりと片付けられてしまった。
「仕方ない。後で話そうかと思っておったが」
 父は顔の横でパンパンと手を打った。
 メイドが体の半分以上ある花束を抱えて室内に入ってきた。
「まあ! 素敵な花束! 」
 真っ白のかすみ草が、淡いピンクのリボンで結ばれている。
 マーレイは思わず乙女らしく声を高くした。
「シェカール公爵からだ」
 父の一言に、ぎくりと身が強張る。
「サ……公爵から? 」
 最早、口にすることはないと決意した名前だった。
 あまりにも早く、再び彼の名を舌先に乗せることになるなんて。
 硬直するマーレイに、そっとケアランが耳打ちした。
「性懲りもなく、またジゼル嬢宛てですかね? 」
 花に罪はないものの、まるで侮蔑の対象のごとく憎らしげにかすみ草を睨みつける。
「いいえ、ケアラン。どうやらこれは、私宛てよ」
 アイリスの箔押しがなされた純白のメッセージカードには、マーレイへと記されている。
 だが、肝心のメッセージはどこにも見当たらない。念の為に裏表ひっくり返して確かめてみたが、アイリスの紋章があるだけで、彼から一言もない。何かの隠喩だろうか。
「おかしいわね。かすみ草の淑女なんて例えるくらいだから、てっきりジゼルへと思ったのに」
 以前はピンクのかすみ草をジゼルへ。マーレイには薄紫色のアイリスが贈られたというのに。
「一体、どういった了見かしら? 」
 彼のことだからインスピレーションで贈り、深い意味はないとは思うのだが。
 そもそも、何故、マーレイが帰宅したタイミングで花を贈ってきたのだろうか。
 全く意図が読めず、マーレイは困惑しきりで、メッセージカードの空白欄を凝視する。インクが消えたわけでもない。
 何て残酷なことをするのだろう。
 マーレイは花に顔を埋めて、涙が零れないよう奥歯を噛んで堪える。
 別れようと決意をすれば、まるで存在を主張するかのように唐突にこのようなことを仕出かして。
 サーフェスという男が理解出来ない。
「何だ何だ、マーレイ。嬉し泣きか」
 小刻みに肩を震わせると、見当違いに父が揶揄ってきて、マーレイはその四角い顎に思い切り拳を突き上げたい衝動にかられた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】彼の精力が凄すぎて、ついていけません!【完結】

茉莉
恋愛
【R18】*続編も投稿しています。 毎日の生活に疲れ果てていたところ、ある日突然異世界に落ちてしまった律。拾ってくれた魔法使いカミルとの、あんなプレイやこんなプレイで、体が持ちません! R18描写が過激なので、ご注意ください。最初に注意書きが書いてあります。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

【現代異類婚姻譚】約束の花嫁 ~イケメン社長と千年の恋~

敷島 梓乃
恋愛
転職してベンチャー企業の超絶イケメン社長の秘書になった百合。とんとん拍子に社内恋愛、結婚へと話が進むものの、社長には何か重大な秘密があるようで……? ちょっと季節外れですが、節分ネタです。現代の異類婚姻譚。

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【完結】前世、婚約目前で私を捨てた元カレそっくりな男に「妊娠しないと出られない部屋」への入居を迫ったら溺愛されました

福重ゆら
恋愛
「ここは『妊娠しないと出られない部屋』です」 「……はぁ?!」 「いえ、あなたにとっては、『妊娠させないと出られない部屋』ですね。あなたには、私と一緒にこの部屋に入居していただきたいのです」 「はぁああああああ?!」 ◇ 前世、不遇な最期を遂げたヒロインが転生して、とある事情から、大好きだった元カレそっくりなヒーローに『妊娠しないと出られない部屋』に入居を迫ったら溺愛されるラブコメです。 自分に自信が持てないヒロインと、ヒロインを溺愛する余り、気付くとすぐにR展開に持ち込む俺様系ヒーローが出てきます。 ※R回には※が付いてます。 ※◆◆◆で視点が変わります。(16話、19話のみ) ※ ムーンライトノベルズ様にも掲載中です。 ※前世世界のスピンオフ『後輩ちゃんと同期さんの願いの話』9/11〜連載中です。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

処理中です...