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父の隠し事
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「マーレイ。しばらくは夜会を休んでも良いのだぞ? 」
やはり、父は何やら隠し事をしている。言動が不自然だ。
「どうなさったの? いつもは、早く相手を見つけるようにと催促なされますのに」
マーレイはスコーンを一旦皿に置くと、前のめりになる。
「い、いや。伯爵位はいづれはロイドが継ぐだろう? 我が家は後継の心配はないし。それほど急いで嫁ぎ先を探すこともあるまい」
「お父様? この間の話と随分違ってよ? 」
「そ、そうか? 」
あからさまに目を泳がせる父。隠し事があまりにも下手くそだ。
社交界で気難しいと評判のヴィンセント伯爵とは思えない。
「お父様ったら。もしや、どなたか好い方でもいらっしゃるのですか? 」
娘の反応をいちいち窺うような態度に、マーレイは率直に問いかける。
父はワイングラスを取り落とした。
たちまち濃赤の液体がテーブルに広がる。テーブルクロスを伝う雫に慌てて給仕が駆け寄った。
父の狼狽の仕方は半端ない。
「な、何だと! な、何だ、唐突に! 」
額の汗を袖で拭いながら、モゴモゴと髭を上下させる。
「私は反対いたしませんわ」
「な、何故、そのような話に」
「お父様、何か隠し事なさっておりますでしょう? 」
「な、何故そう思うのだ? 」
「一目瞭然です」
ツンツンするマーレイと違って、元から喜怒哀楽が分かり易い父ではあるが。
テーブルが片付けられたと同時に、父は肩で大きく息をつく。
「マーレイ、誤解するな。わしは今でもエイスティン一筋だ。彼女ほど素晴らしい女はいない」
「では再婚なさらないの? 」
「当たり前だ。エイスティンはわしの最初で最後の女だ」
「まあ」
臆面もなく言ってのける父に、こちらが照れてしまう。気難しい見た目によらず、純朴な父だ。
「でしたら、何故? いつものお父様とご様子が違ってよ? 」
詰め寄るマーレイに対し、誤魔化しはきかないと踏んだ父は、諦めたように首を横に振った。
見計らったように、給仕が空の皿を引き上げていく。
テーブルは綺麗さっぱりと片付けられてしまった。
「仕方ない。後で話そうかと思っておったが」
父は顔の横でパンパンと手を打った。
メイドが体の半分以上ある花束を抱えて室内に入ってきた。
「まあ! 素敵な花束! 」
真っ白のかすみ草が、淡いピンクのリボンで結ばれている。
マーレイは思わず乙女らしく声を高くした。
「シェカール公爵からだ」
父の一言に、ぎくりと身が強張る。
「サ……公爵から? 」
最早、口にすることはないと決意した名前だった。
あまりにも早く、再び彼の名を舌先に乗せることになるなんて。
硬直するマーレイに、そっとケアランが耳打ちした。
「性懲りもなく、またジゼル嬢宛てですかね? 」
花に罪はないものの、まるで侮蔑の対象のごとく憎らしげにかすみ草を睨みつける。
「いいえ、ケアラン。どうやらこれは、私宛てよ」
アイリスの箔押しがなされた純白のメッセージカードには、マーレイへと記されている。
だが、肝心のメッセージはどこにも見当たらない。念の為に裏表ひっくり返して確かめてみたが、アイリスの紋章があるだけで、彼から一言もない。何かの隠喩だろうか。
「おかしいわね。かすみ草の淑女なんて例えるくらいだから、てっきりジゼルへと思ったのに」
以前はピンクのかすみ草をジゼルへ。マーレイには薄紫色のアイリスが贈られたというのに。
「一体、どういった了見かしら? 」
彼のことだからインスピレーションで贈り、深い意味はないとは思うのだが。
そもそも、何故、マーレイが帰宅したタイミングで花を贈ってきたのだろうか。
全く意図が読めず、マーレイは困惑しきりで、メッセージカードの空白欄を凝視する。インクが消えたわけでもない。
何て残酷なことをするのだろう。
マーレイは花に顔を埋めて、涙が零れないよう奥歯を噛んで堪える。
別れようと決意をすれば、まるで存在を主張するかのように唐突にこのようなことを仕出かして。
サーフェスという男が理解出来ない。
「何だ何だ、マーレイ。嬉し泣きか」
小刻みに肩を震わせると、見当違いに父が揶揄ってきて、マーレイはその四角い顎に思い切り拳を突き上げたい衝動にかられた。
やはり、父は何やら隠し事をしている。言動が不自然だ。
「どうなさったの? いつもは、早く相手を見つけるようにと催促なされますのに」
マーレイはスコーンを一旦皿に置くと、前のめりになる。
「い、いや。伯爵位はいづれはロイドが継ぐだろう? 我が家は後継の心配はないし。それほど急いで嫁ぎ先を探すこともあるまい」
「お父様? この間の話と随分違ってよ? 」
「そ、そうか? 」
あからさまに目を泳がせる父。隠し事があまりにも下手くそだ。
社交界で気難しいと評判のヴィンセント伯爵とは思えない。
「お父様ったら。もしや、どなたか好い方でもいらっしゃるのですか? 」
娘の反応をいちいち窺うような態度に、マーレイは率直に問いかける。
父はワイングラスを取り落とした。
たちまち濃赤の液体がテーブルに広がる。テーブルクロスを伝う雫に慌てて給仕が駆け寄った。
父の狼狽の仕方は半端ない。
「な、何だと! な、何だ、唐突に! 」
額の汗を袖で拭いながら、モゴモゴと髭を上下させる。
「私は反対いたしませんわ」
「な、何故、そのような話に」
「お父様、何か隠し事なさっておりますでしょう? 」
「な、何故そう思うのだ? 」
「一目瞭然です」
ツンツンするマーレイと違って、元から喜怒哀楽が分かり易い父ではあるが。
テーブルが片付けられたと同時に、父は肩で大きく息をつく。
「マーレイ、誤解するな。わしは今でもエイスティン一筋だ。彼女ほど素晴らしい女はいない」
「では再婚なさらないの? 」
「当たり前だ。エイスティンはわしの最初で最後の女だ」
「まあ」
臆面もなく言ってのける父に、こちらが照れてしまう。気難しい見た目によらず、純朴な父だ。
「でしたら、何故? いつものお父様とご様子が違ってよ? 」
詰め寄るマーレイに対し、誤魔化しはきかないと踏んだ父は、諦めたように首を横に振った。
見計らったように、給仕が空の皿を引き上げていく。
テーブルは綺麗さっぱりと片付けられてしまった。
「仕方ない。後で話そうかと思っておったが」
父は顔の横でパンパンと手を打った。
メイドが体の半分以上ある花束を抱えて室内に入ってきた。
「まあ! 素敵な花束! 」
真っ白のかすみ草が、淡いピンクのリボンで結ばれている。
マーレイは思わず乙女らしく声を高くした。
「シェカール公爵からだ」
父の一言に、ぎくりと身が強張る。
「サ……公爵から? 」
最早、口にすることはないと決意した名前だった。
あまりにも早く、再び彼の名を舌先に乗せることになるなんて。
硬直するマーレイに、そっとケアランが耳打ちした。
「性懲りもなく、またジゼル嬢宛てですかね? 」
花に罪はないものの、まるで侮蔑の対象のごとく憎らしげにかすみ草を睨みつける。
「いいえ、ケアラン。どうやらこれは、私宛てよ」
アイリスの箔押しがなされた純白のメッセージカードには、マーレイへと記されている。
だが、肝心のメッセージはどこにも見当たらない。念の為に裏表ひっくり返して確かめてみたが、アイリスの紋章があるだけで、彼から一言もない。何かの隠喩だろうか。
「おかしいわね。かすみ草の淑女なんて例えるくらいだから、てっきりジゼルへと思ったのに」
以前はピンクのかすみ草をジゼルへ。マーレイには薄紫色のアイリスが贈られたというのに。
「一体、どういった了見かしら? 」
彼のことだからインスピレーションで贈り、深い意味はないとは思うのだが。
そもそも、何故、マーレイが帰宅したタイミングで花を贈ってきたのだろうか。
全く意図が読めず、マーレイは困惑しきりで、メッセージカードの空白欄を凝視する。インクが消えたわけでもない。
何て残酷なことをするのだろう。
マーレイは花に顔を埋めて、涙が零れないよう奥歯を噛んで堪える。
別れようと決意をすれば、まるで存在を主張するかのように唐突にこのようなことを仕出かして。
サーフェスという男が理解出来ない。
「何だ何だ、マーレイ。嬉し泣きか」
小刻みに肩を震わせると、見当違いに父が揶揄ってきて、マーレイはその四角い顎に思い切り拳を突き上げたい衝動にかられた。
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