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七面鳥は扱いづらい

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 マーレイは息を呑んだ。
 信じがたい目の前の光景に、危うく水差しを取り落としそうになる。
「こ、これは一体全体、どのような趣向? 」
 唖然として、そう聞くのがやっとだった。
 清潔なリネンのシーツの上に、上半身裸の囚われの男神がいた。筋肉で引き締まった胸板、上腕二頭筋が盛り上がり、見事に均整が取れている。まさに美術館で陳列される石膏像のようだ。
「早く鍵を外せ」
 サーフェスの両手は頭上で一括りにされ、そこには銀製の枷が嵌められていた。ベッド柵の隙間に枷が通され、動きを封じられている。
「鍵? 」
 サーフェスは怒りを孕んで充血した目を動かす。
「そこの書き物机の右側引き出しだ。上から二段目」
 オーク材で脚がツイストになった両袖デスクは、室内の家具と揃いのジャコビアン様式だ。
 マーレイはその天板にどさりと水差しを置くと、慌てて彼に命じられた通りに引き出しを引いた。
 ペン先や便箋、封筒に混じって、赤いリボンが巻き付いた小さな鍵が入っていた。
「ど、どうなさったの? 誰の仕業? もしやご自分のご趣味? 」
「そんなわけあるか! 」
 サーフェスはライオンのように唸った。
「ハンスの野郎だ! 」
「え? 」
「ハンスの野郎が、こんなことを仕出かしたんだ! 」
 ガタガタと手を引けども銀の手錠は頑丈で千切れる気配はまるでない。
「くそっ! 体力さえ戻っていたら、返り討ちにしてやったのに! 」
 恨みは低音に沈んでいく。
「ハ、ハンスさんがどうなさったの? これは、ハンスさんの仕業? 」
「そうだ! やつめ、いきなり殴りつけてきやがって! 抵抗する間もなくベッドに括りつけたんだ! 」
 厄介な相手と渡り合う仕事のため、ディアミッド商会の男らは誰しもが屈強だ。サーフェスも舐められたら仕事にならないと、常に鍛えている。
 おそらくサーフェスが健康体なら、腕っ節は互角。いや、サーフェスの方が抜きん出ていたかも知れない。
「相談事があったんだ。部屋に呼んだ途端、頭を! 」
 悔しさのあまりのギリギリとした歯軋りが、やけに響いた。
「何が『最高の贈り物をやるから、大人しく待っていろ』だ! 」
 吠えるサーフェス。
 マーレイは明日の馬車に関して依頼したときの、ハンスとの会話を思い起こした。


「お嬢様。あなたは我々にとって救世主そのものです。どれほど礼を言おうが、言い尽くせない」
 大袈裟ね、と笑うマーレイに、ハンスは企みのある目をギラリと光らせる。
「お礼と言っちゃ何ですが。最後にとびっきりの贈り物を差し上げますよ」
 ハンスは悪戯っぽくウィンクする。
「手足を縛り上げられた七面鳥ですよ」
「七面鳥? クリスマスの時期にはまだ早いわよ? 」
「ええ。ですが、うちの七面鳥はなかなか活きが良くて。最初は大暴れするでしょうがね。そのうち、猫のように甘ったれて鳴きますから」
「まあ! 生きているの! 」
「ええ。皿に乗せて準備しておきますから。どう料理しようと、構いませんよ」
「こ、困るわ。生きている鳥なんて、捌けないわ」
「なあに、大丈夫。お嬢様なら、うまく成し遂げるでしょうから」
 ハンスはニヤリと口元を吊り上げた。


「そういうことだったのね」
 マーレイはやたらと暴れ回るサーフェスを眺めながら、深く溜め息をついた。
 ハンスの言うところのを手懐けるには、かなりの骨を折そうだ。
 だが、これは彼が与えてくれた最後の好機。
 これを逃せば、初恋の決着はつかない。
 マーレイのアメジストの瞳が着火した。
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