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サーフェスの過去

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 高熱に浮かされて意識を飛ばしている者の戯言たわごとで済ますことは、最早、不可能。
「ジミーさんとサーフェス様とのご関係は? 」
 ジミーは観念したかのように、前髪をぐしゃりと撫でた。サーフェスもよく、気を落ち着ける際にその仕草をする。
「あいつとは父方の従兄弟なんだ。といっても俺は十五で勘当同然に家を飛び出したから、再会したのは劇場のオーナーになってからだけどな」
 ファーストネームで呼び合うくらい、かなり親しい間柄だとは思っていたが。まさか、血縁とは思わなかった。
「ちなみにここのハンスの父は、あいつの親父さんの部下でね。ハンスとあの男は、謂わば乳兄弟なんだよ」
「だから、『坊ちゃん』と呼んでいたのですね」
「坊ちゃん。これは傑作だな」
 三十を越えた男を「坊ちゃん」呼ばわりすることに、ジミーは声を上げて笑う。サーフェスが目覚めていれば、間違いなく拳骨が脳天を直撃したはず。
「サーフェスはディアミッド商会の跡取りとして生きていくつもりだったが。それが五年前に、事情が変わったんだ」
 マーレイは、ごくりと息を呑んだ。
 彼が一生言うつもりがないと告げた内容が、今、明かされようとしている。
「あいつの母の結婚相手、前シェカール公爵が病で全身不随となってな。だが跡取り息子はまだ十歳にも満たない子供で」
 サーフェス自身ではなく、他人の口から明かされている事実に申し訳なさを感じたものの、彼のことを知りたいという欲の方が上回った。
 マーレイは椅子の向きをジミーの方へと変えた。
「急遽、サーフェスが公爵家に呼び戻されたんだ。弟が成長するまでの繋ぎとしてな」
 ジミーはまるで芝居の台本を読むように、淡々と語る。
「後継の妨げになるから、婚姻や子を成すことは憚るようにとの条件をつけられて」
「そ、そんな! 」
 マーレイは絶句した。
「酷い! 」
 それでは、サーフェスはただの傀儡ではないか。
 次の者が座るまで椅子を温めておくだけの存在。
 ただでさえ母に失望しているというのに。彼の衝撃を思うと、マーレイの心臓はぎりぎりと軋んだ。
「まあ、あいつは女に失望していたから、ハナからそんな気はなかっただろうがな」
 あまりにも青ざめ震えるマーレイを慰めるようにジミーは戯けてみせたが、逆効果だ。
「あいつが出した条件は、ディアミッド商会の存続。それだけだ。肺病で死んだ親父さんの跡を継いでいたからな」
 サーフェスは恩ある男の店を継いだと話していた。彼にとって、育ててくれた父こそが全てだったのだろう。
「だが、一年前に状況が一変する。元々体の弱かった弟が死んだんだ」
 ジミーは元々のテノールから、バリトンへと低める。ぐしゃぐしゃと前髪を掻き乱した。
「否応なく公爵の座に留まらざるを得なくなったってことだよ」
 拒絶など出来る状況でないのは、同じ貴族であるマーレイは熟知している。本人の意思に関係なく、外堀からじわじわ埋まり事柄は進められ、気づいた頃には足枷をされて雁字搦めにされている。
 断ればディアミッド商会は簡単に潰される。彼は店と引き換えに、己を犠牲にしたのだ。
 サーフェスを取り巻くドス黒い雲を思うと、マーレイは泣きたい気持ちが抑えられない。
「な、何故、私にそのような秘密を? 」
 涙を堪えながら、ジミーに尋ねた。
 これほどの秘密をたかだかサーフェスの「友人」に暴露するなど。
「サーフェスから離れるのは、今しかないからだ」
 ジミーは声を低めたまま告げた。
「この話を聞いて、君は受け止めることが出来るか? 」
 サーフェスの闇は深い。
「俺としては、あいつの初恋が叶ってほしいところだがな。だが、君に背負わすには重過ぎる」
 母を亡くしたものの、母の分以上に父から慈しまれているマーレイとは、サーフェスの歩んできた道のりが違う。
 そんな彼の道を理解して受け止めるには、愛情溢れた家でぬくぬくと育てられた二十歳の小娘には、きっと背負いきれない。
 それはジミーなりの、マーレイへの配慮だ。
「私のサーフェス様への気持ちは変わりません」
 マーレイは意志を持った琥珀の目でジミーを見据えた。
 たとえ何があろうと、ぶれない強さ。
「ですが、私は彼からは愛されないのです。この先、一生」
 傷ついた彼を癒したのは、マーレイではない。ジゼルだ。
「まさか。あいつは君に惚れてるよ」
 ジミーは確信を持って否定する。
「いいえ。サーフェス様の心は頑なです」
 マーレイはきっぱりと言い切る。
「ジゼルか? 」
「はい。ジゼルへの愛を貫くと」
「あいつ。まだ、そんなくだらない信念を持っているのか」
 ジミーはこの上なく嫌そうに顔をしかめた。
「諦めるのか? 」
「いいえ」
 マーレイは断言する。
「たとえどのような行く末になろうと。私はあの方をお慕いしています」
 たとえ選ばれなくとも、自分はこの先、サーフェスへの気持ちに変わりはない。それは決して一時の昂りではないと、マーレイは自覚していた。
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