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秘密裏の会話

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「それよりサーフェス。お前、シャツを裏返しに着ているぞ」
「な、何! 」
「みっともないから、すぐに着替えに行け。手洗いはドアを出て左側だ」
「そ、そんなもの後回しだ」
「レディの前だぞ、サーフェス」
 ジミーに指摘されたサーフェスは、悔しそうに悪態をつくと、速足で部屋を出て行ってしまった。


「やれやれ。うるさいのが行ったな」
 彼はそう呟くなり、積み重なった書類の中から引っ張り出したベルをカランと鳴らす。
 すぐさま若い男が稽古場の方から飛び込んできた。見習いなのか、まだ十代らしきそばかすの目立つ少年だ。
「悪いが、あの男を何とか足止めしておいてくれないか? 」 
 あの男、と手洗いの方へ視線を動かせる。
「こちらのレディに幾つか尋ねたいことがあって」
「かしこまりました」
 まだ声変わりすらしていない少年は、オーナーの命令に恭しく頭を下げると、素早い動作でサーフェスの後を追った。
 シン、と賑やかだった室内が静まり返る。
 マーレイはぐるりと部屋を見渡した。
 マホガニー材の曲線が際立つ書棚が室内の壁面全てを埋め尽くし、棚にはあらゆる言語で書かれた辞書や資料が詰まっていた。
 紺色の額縁紋様のペルシャ絨毯が敷かれ、スイカズラの葉がデザインされたテーブルと同じ様式の布張りソファが配置されている。
 ジミーは彼女をソファに促す。
 自分はテーブルを挟んだ一人掛けにどかっと腰を下ろすなり、やや前傾姿勢でジロリとマーレイに視線を集中させた。
 つい今しがたの軟派な雰囲気は消し飛んで、童話の狐のように狡猾な面が表れる。
 自然にピンと背筋が伸びた。
「単刀直入に聞くが。サーフェスと君はただの友人じゃないだろ」
 いきなりの問いかけに、マーレイはびくりと体を震わせる。
 抜け目のない眼差しを前に、マーレイは喉をひくつかせつつ、全神経を表情筋へと傾けた。
「い、いいえ。私達は良き友人ですわ」
 何とか唇を吊り上げて、笑顔を作る。
「では、その真新しい首筋の痕は? 」
 指摘され、咄嗟に首筋に手を当ててしまった。
 そういえばサーフェスは最中に「痕がついた」と口走っていた。
「こ、これは! 」
 平然と誤魔化すことなど、幾らでも出来た。だが、マーレイは唐突な指摘に対応を誤ってしまった。明らかな動揺は、唯ならぬ関係であると認めたものだ。
「それに、あいつのうなじに、君と同じ色の口紅の痕が。襟足に隠れて気づかないようだったが」
 マーレイの顔は真っ赤に染まり、硬直してしまった。
 どちらにせよ、つまらない言い訳など不可能だった。最初からジミーに見透かされていたのだ。
 マーレイは咳払いし、落ち着いた仕草をとる。
「……正直に申し上げれば、あの方と私は正確には友人とは呼べない関係ですわ」
「成程。では恋人? 」
「違います」
 断言する。
 ジミーは、おや、と眉を上げた。
「君は特別な存在ではないと? 」
「ええ」
 またもやマーレイは頷く。
「あの男は生い立ちのせいで、あの年まで子を成すことが許されなかったからな。それが先日、女性をあの特別席に連れて来た。この意味がわかるかい? レディ? 」
 先日の特別席とは、王家に縁のある者しか許されない劇場のボックス席だ。あの席を使ったことは、ちゃんとジミーの耳にも入っている。相手がどのような女性だったかも。
「そ、それは、どういう意味でしょうか? 」
 マーレイはジミーの呟きを確実に拾い、前のめりになった。
 果たしてサーフェスの生い立ちとは。
 そして、あの席を使った意味とは。

 
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