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シェカール公爵邸

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 予想通りに、シェカール邸は王宮から程近い、貴族の屋敷が並ぶ一角に堂々と構えられていた。
 古代ギリシアを彷彿させる真っ白の大理石の柱が左右対象にずらり並び、窓の下にある小柱つきのデザインされた手摺や、切妻屋根の三角部分ペディメントに天使像の彫刻家が見事なパラディアン様式の建築物。
 ヴィンセント邸の倍以上ある敷地には、間もなくの梅雨の、最後となる春の花が色とりどりに惜しみなく開いている。
 ラベンダーに始まり、カモミール、ガーベラ、クレマチス、ラナンキュラス、マリーゴールド、パンジーなど、まるでガーデニングフラワーの見本市だ。
 マーレイはそれらの花の中でも特に主張をしているようなかすみ草を眺めた。白よりもピンクが好みであるが、庭にはちゃんと白とピンクが花壇に収まっている。
 ヴィンセント家の紋章となっているその花。
「現在、前シェカール公爵は田舎の屋敷に隠遁しており、前シェカール夫人も付き添っている。この屋敷には私と、気心の知れた使用人しかいないから、何の気兼ねもいらん」
 通されたのは、明るめのオレンジ色の壁紙の応接室で、マホガニーの無垢材で作られたラウンドテーブルを中心にして、的確に家具が配置されたネオクラシック様式で纏められている。
 熟練の職人が手がけたものだと一目でわかる革張りソファに腰を下ろした途端、何だかむず痒い気分で、つい尻をモゾモゾと動かしてしまった。
 壁には先代らしき肖像がかけられており、サーフェスの瞳とは異なる漆黒の眼差しがこちらを睨んでいた。まるで画家憎しと言わんばかりのしかめ面だ。
「君に改めて依頼したい」
 サーフェスはガラスキャビネットから細工の施されたグラスと、年代物のウイスキーを取り出す。
 テーブルにそれを置くなり、ウイスキーを注ぐ。
「私に恋愛を指南してくれ」
 ウイスキーグラスを差し出しながら、彼は命じてきた。
「わ、私ですか? 」
 グラスを受け取ることを躊躇いつつ、マーレイは目をパチパチ瞬かせる。
「ああ。君の言葉がずっと引っ掛かっていたのだ」
 強引にマーレイの手にグラスを押し付けたサーフェスは、芳醇な香りを堪能している。
「『大好きなジゼル嬢につまらない男の烙印を押される』と」
 マーレイは危うくグラスの中身を零しそうになった。
「あ、あれはつい頭に血が昇ってしまって。無礼なことを申しました」
「いや。謝らなくても良い。確かに君の言う通りだ」
 ウイスキーを仰ぎながら、ニヤリとサーフェスは口元を吊り上げる。
「ジゼル嬢と婚姻を結んだは良いが、いざ、初夜を迎えたときに失敗したくない」
「婚姻だなんて。まだ、お付き合いすらされてないでしょう? 」
「いずれはの話だ」
「有り得ない話でしょうに」
「いや。私は必ずジゼル嬢を娶る。彼女以外に妻となる女性はいない。そう決めた」
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「いいえ」
 仮面舞踏会で会ったのは一度きり。しかも、あのときは素顔ですらない。顔すらまともに合わせていないのに。サーフェスの中では、ジゼルはどんどん彼に都合の良い理想的な女性になっている。
 しかも、結婚後の生活にまで飛躍して。
 ズキズキとこめかみが疼いた。
「君に否定の余地はない」
 サーフェスが声を低める。
 断れば、即、ヴィンセント家が消滅すると示唆していた。
 マーレイはうんざりして、息を長く長く吐き出す。
「それで。私は今回、どのような指南をすればよろしいのかしら? 」
 言うなりぐいっと強めの酒を喉に流し込んだ。
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