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バカバカしい恋文

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 真剣な顔で便箋に何やら記していたサーフェスだったが、いきなりくしゃくしゃに丸めたかと思えば、屑籠に放り込んだ。
 ごん、と鈍い音が響く。
 サーフェスが屈んでテーブルに額を打ちつけた。
 突拍子もない目の前の男の行為に、マーレイは咄嗟に身を引いた。
「全く思いつかん」
「え? 」
「何を書けば良いのか。全く思いつかん」
 情けなく眉を垂れ、サーフェスはマーレイに縋る目つきを向けてきた。
「私は女性に文など送ったことがない」
 一枚に値が張る便箋を無駄にしてから、弱音を吐く。
「ましてや恋文など」
 彼は三十を越えても女性との関係がないと暴露していた。そのような男と恋文は無縁だ。
「君ならどう書く? 」
 ガシガシと前髪を掻きながら、サーフェスが問いかけてきた。
「わ、私ですか? 」
 マーレイとて、恋文など送ったことも、貰ったことすらない。
 元婚約者のバルモアは、筆無精を公言していたから、そのような気の利いた手紙など一度としてなかった。
 今にして思えば、バルモアとは形ばかりの婚約で、実質はまるで赤の他人と変わらない。彼からの甘い言葉は最初の求愛のみ、婚約が決まれば後は知らんぷりで放置されていた。
 夜会のエスコートのみ、体裁を気にして渋々といった具合に付き合っていたが。
 あんな状態で、よく婚約者を名乗れたものだ。
 もし、あのまま結婚していたなら、冷え切った夫婦関係となっていたはず。
 大概の貴族は家と家との結びつきを強固にするために、そのような冷えた関係を継続しているし、マーレイもそれが当然のこととして受け入れてはいたが。
 いざ婚約を破棄し、客観的にみれば、何て虚しいことだろうかと、薄ら寒くなる。
「ヴィンセント伯爵令嬢? 」
 マーレイが意識を遠くに飛ばしている間に、何度か呼びかけられていたらしい。
 ペン先のインクがすっかり乾いてしまっている。
 サーフェスが不審そのものの視線を送ってきていた。
「わ、私なら、まず……自己紹介かしら? 」
 マーレイは今まで読み漁ってきた恋愛小説を頭の中でひっくり返す。
 男性から恋文を貰うシーンも幾つかあった。
「自己紹介? 私のか? 」
「え、ええ。まずは、ご自分のことを相手に知っていただかないと」
 相手といっても、手紙の行き着く先はマーレイ自身。
 彼の正体も、どのような男かも、この目でしっかり確かめているが。
「そうだな。得体の知れない男からの文など、薄気味悪いからな」
 恋愛経験値ゼロのサーフェスは、素直に納得した。
「ボクシング観戦に誘っても良いだろうか? 」
 インク瓶にペン先を浸しながら、おずおずとサーフェスが尋ねてきた。
「それは、まだ早いのではなくて? 」
 ボクシングは庶民の娯楽だ。厳格なルールもなく、闇雲に殴り合うから、まだ貴族の娯楽としては浸透していない。
「では、観劇は? バークレイ劇場の新しい演目は何だったかな? 」
「まあ! バークレイ劇場! 観たいですわ! 」
 マーレイは目をキラキラ瞬かせ、やや腰を浮かす。
「ん? 君を誘っているのではない」
 サーフェスは片眉を上げた。
「そ、そうでしたわね」
 お誘いはあくまで。マーレイではない。
 赤らんだ目元を扇で隠し、ソファに座り直す。
「まだ逢引きデートは早いですわ。まずは、何度か文の遣り取りをして、関係を深めなければ」
「確かに」
 マーレイは必死に頭の中で小説のページを捲りながら、言い聞かせた。
 サーフェスはもっともだと頷く。
「書き出しはどうすれば? 」
 止まったままのペン先を見つめながら、サーフェスが尋ねてきた。
「そうですわね。まずは……」
 自分から自分への恋文を送る手助けなど、バカバカしいことこの上ない。
 だが、真剣なサーフェスを放ってもおけず。
 マーレイはあらゆる恋愛小説を脳裏に浮かべた。
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