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4-5 理外回帰編:魔族との遭逢
234 上位魔族との戦闘
しおりを挟むぼく以上のダメージをくらったアンを背負いながら、揺らさないように細心の注意を払い、始まりの地の街の方へ向けて走っていた。
「はあっ……はっ……」
体力がもう底をつこうとしてる。
一度にたくさんの事がおきすぎて体よりも頭が先に疲れてる。クラクラしてまともな思考が出来ない。
意味が分からない。なんで攻撃をしてきたんだ。じゃあなんであの時、友好的な態度をとったんだ!
「くそっ、くそ……!」
まだ会話ができるんじゃないかと思う自分に腹が立つ。
割り切れ。あいつは敵だ。アルマさんを殺した敵だ……!
そんな中、突然膨大に膨れ上がっていた魔素が収まったのを感じた。
感じていたノアの魔素が消滅したのだ。
「……きえた?」
どこかに行った……のか?
見逃してくれた……? そんなことって……。
「ぅ……っ、あ」
「アン!?」
よかった。意識が戻ったみたいだ。
「すみま、せん……油断をしてしまい、迷惑をかけてしまって……」
「謝るのはぼくの方だよ。……それより体は大丈夫?」
「なんとか……。わたしの技がそのまま返ってきたみたいで、内臓や骨が……」
腹部を押さえつつ、苦しみの声を漏らした。
「いまっ、それを修復中です……。でも、魔素の消費が激しくて……」
「それに集中してて、街の方に寄って行ってるから。僕らじゃあアイツに勝てない……だから……」
荷馬車は西から東に移動をしていた……ってことは。
真上を見上げた。太陽の位置と、大まかな時刻で東西南北は分かるようにはなってる。
「始まりの地で増援を頼むんだ……みんなで戦えば──」
「いいの? みんな殺しちゃうよ?」
声が降ってきたと思うと、目の前の辺り一面の木が切り倒され、ノアが姿を現した。
「あの街の戦力なら私単体で地図から消すことが出来る。君たちが逃げ込んだなら一緒にやっちゃうかもね」
「……どのみち、それが目的じゃないのか?」
「今回の目標は仲間の確保。だから、街を攻撃するつもりなんてない、けど、できなかったからさ。君たちくらいは倒しておかないと、ってね」
怪しげな色になった瞳。そしてその手に握られているのは原型を留めていない剣。
モワモワと揺らめいて、端の方は霧状になっている。――魔素の剣ってことか。
逃げても追いつかれる。
戦闘は避けることができない。
「……っ、ふぅ……。アン、そこで休んでて」
近くの岩陰にアンを置いて、ノアの方へと歩いていく。
「あるじ、ダメです……一人で戦っては……!」
「その体で何言ってんのさ。……どのみち、戦わないといけないんだから」
「なら、わたしも……っ」
アンは立とうとして体勢が崩れた。
「そんな状態で何を言ってるの。……大丈夫だから、治すのに集中して」
疲弊状態のアンを戦わせる訳にはいかない。
ぼくが、僕一人で戦わないといけないんだ。
「ひゅ~、かっこいいかっこいい。いい正義感を持ってるね~。……けど、たまには強者に頭を垂れて命乞いすることも必要だよ? 私の気まぐれで見逃すかもしれないし~」
「助けるつもりだったら、ここまで追い詰めたりはしないだろ……?」
ピクとノアの顔が痙攣し、それが喜んだようにも見えた。
「えへへ、バレた? 追い詰めるの好きなんだぁ、わたし」
「……悪趣味だな」
「で、戦うの? どうする?」
二択を迫られるが、答えはもう決まっている。
「戦うよ」
戦うしかない。
ここで、こいつと命を賭けて戦わないといけない。
僕は収納袋からふたつの小刀を手に召喚しながら、鞄に手を触れて魔素を一瞬だけ注いだ。
「キミが私に勝てる?」
「……なんとか、倒してみせるよ」
それを放り投げ、目の前の敵を見据えた。
◇◇◇
「──で、なんとかしてみせれるの?」
「はぁっ……はぁ……」
一瞬だった。
いや、ずっと続く永久のようにも思えた。
ふざけんな。
なんで、こいつは……こんなに強いんだ。
ぼくの右腕はあらぬ方向にネジ曲がり、頬や首には無数の切り傷。血液は自分の足元に影のように落ち、赤色の湖を作り上げている。
「くっ、そ……」
体感的には24時間ぶっ続けで戦っている。だけど、おそらくだが10分も経っていない。経ってて5分くらいだろう。いや、もっと短いかも知れない。
「ほら、武器を構えなよ」
「ハァッ…………ハァっ……、っく……」
ノアの攻撃は至って簡単だった。
吸収と放出の二つをこなす防郭で僕の攻撃を弾き、手に持っている魔素で作られた刀で攻撃をしてくる。
その刀の振り方や持ち方なんてふざけた持ち方だ。時代劇、アニメ、それとも漫画を鵜呑みにしたような持ち方をしている。
なのに、恐ろしいほどまでに切れ味がいい。
流れるような手つきで曲線を描きながら振った剣でも、それに沿って木が両断されてしまっている。
木だけじゃない、土も、岩も、僕の新品の剣も……全て無抵抗のように切られてしまう。
飛び込んだ先の岩が頭の上スレスレで真っ二つに切られ、その岩を避けると、斬撃が飛んでくる。
「ひゅっ──」
呼吸、がっ、できない……!
攻撃できる隙がなさすぎる!
(エリル、攻撃を……!)
(分かってます!!)
攻撃を繰り返していると分かったことがあった。あのアンの攻撃を吸収した透明な防郭は、魔法攻撃までは吸収できないということ。
エリルに魔法攻撃の全てを任せ、僕は相手の攻撃の回避と防郭の情報を集めることに尽力をしていた。
「……ふぁぁ……、魔法攻撃ねぇー……、黒の瞳でこれだけの魔法を連続で発動、無詠唱……。もしかして、君も転生者なのかな?」
攻撃が全く効いていない様子で僕の動きを目で追いながらの問い。もちろん答える気もそんな余裕もない。
エリルが中級以上の魔法攻撃を浴びせてるのに焦る様子も……なんなら汗一つかいていない。
(突破口、とか……。アイツが油断してる間に何とかしないと……)
(防郭が硬すぎます。魔法は体へと直撃をしているはずなんですけど……ご覧の通りですし……)
火嵐、風大槌、崩落、大氷槍、火光線、火炎弾、水牢、稲妻、延雷……何が効くんだ……?
こういう相手には何がいい?
物理攻撃は弾かれる。魔法攻撃は当たってはいる、けど効いていない。
「ほら、動かないと死んじゃうよ?」
「何が効くんだ……おまえっ……!」
間合いの外で叫ぶと、クスと笑った。
「聞かれて素直に答えると思う? 君は効く効かない以前の問題さ、魔素の使い方が普通すぎるんだ。だから届かない。ここに、君の刃も、君の魔法も、全部」
まだ試してない攻撃はなんだ……!?
高威力がきくわけじゃない、属性に有利がある訳でもない。試してないのは初級魔法ばかりだけど……そんなの今更……。
「……っ! 『風刃』!!」
放った風の刃は防郭に弾かれて、あらぬ方向へと行ってしまった。
……なぜ、防郭に当たった……?
今までの魔法は防郭を通り抜けて当たっていた。
「効かないって~いってんじゃん?」
風刃は今まで放った攻撃と何が違う……?
文字通り風の刃を放つ魔法攻撃だ。当たる面積で言えば極薄。……属性……? 風大槌は防郭に触れなかったから属性ではない。
「『衝撃』!」
体に直撃。しかし、同じように無傷だ。
意図的に無属性ではなくて風属性に置き換えた『衝撃』だったが、やっぱり魔法は防郭には当たらない……。
「……ふむ。なにか探ってるね? 無駄だと思うけどなあ」
腰に手を当てて呆れている様子をみせて。
「あ、そうだ! すこし、見せたげよっか!」
「……? 見せる……って、なにを……」
何かを思いついたようにクルクルと両手を広げて回り始めた。
「君に足りないっ、魔素の可能性ってやつさ!」
ノアの動きがピタッと動きをとめたと思うと、広げられた両手の後方から黒い魔素が線上になり、僕の左右に真っ直ぐ伸びてきた。
「魔素が形になって……っ!」
線の中心は向こう側が透けることの無いほど黒く、外に行くにつれて霧状になっている。ノアが持っていた黒い剣と一緒だ。
すると、その黒い線が空気中に溶けたように見えた。
「『轟くと良い、魔司者の私が許可する。蜘蛛の様に周到に。聖母の様に泰然に。煽れ、散らせ、雲を割れ。薄れ消え行くことは無し』」
先程まで線があった場所に、黒い魔法陣が所狭しと乱立した。
「──って、言う魔法詠唱なんだけどさ。さっきの君と同じような魔法さ――じゃ、行っけー! 『嵐龍ノ鉤爪』ッ!」
「っ!?」
魔法陣から僕目掛けて同時に発動された魔法。
咄嗟に自分の足元に土壁を作り、高台へと逃げようとするが、土壁を沿うように薄緑色の刃が無数に僕の元へと駆け上がってきた。
「なっ――」
「言ったじゃん『蜘蛛の様に周到に』って」
そして、その勢いを見てこれ以上の逃避は無理だと察した。
形、風刃の様な形状。
動き、全て同じ回転をしながら近づいてきている。おそらく追尾。
数、40。
切れ味、未知。
予測、不能。
目前まで近寄ってきた刃に最大限の注意を向け、今ある情報の中でできることを集める。
最後の一本の曲がってない左手で持って、土壁から『身体強化』と『脚力増強』を一気に使い飛び降りた。
(ますたー!? 何か策があるのですか!?)
(分からないっ──けど、やらないと分からないことだってある……!)
僕の後ろをついてくるように方向を変えた刃。
やっぱり、追尾の魔法だ。
それを確認してノアの方へと武器を構えながら降下していく。
「物理攻撃は弾くって言ってんじゃん」
「知ってるさ、だからっ――」
不器用に伸ばされた黒い剣に触れないように真上に『衝撃』を撃って方向転換をし、地面に平行にまで姿勢を屈めた。
再度『身体強化』と『脚力増強』を掛け、ノアの腹部めがけて飛び込んだ。
「これなら、どうだっ――ッ!!」
僕の刃は防郭に弾かれるだろう。
だけど、僕が体全体に風属性を纏えば、防郭は魔法だと判断して。
――スッ。
「これで、間合い内だな……!」
風刃を弾く理由は、防郭が物理攻撃だと判断しているから、だと判断した。
先端が鋭ければ、それは武器だと認識しているのだろう。
その逆。魔素を帯びて自分の体が魔法のような状態ならば、それは魔法だと認識して防郭は弾かないと思った。
(予想通りだ……!)
お前が見せてくれた技……魔素を伸ばしたり、剣の形状にしたり、それを手に持ったり、そこからその魔素を使って魔法を展開したり……ってやつ。
そんな芸当ができるのなら、僕の体全体に魔素を這わせることも可能ということだ。そして、魔素を這わせれるということは、魔法をそこから発動することも可能。
(今の僕は風属性の魔素を全身に纏ってるただの燃費の悪い馬鹿)
バケツの底を強引にこじ開け、湯水のように魔素を使わないとできない芸当。アンが逆方向に魔素を放出し、加速をするように全身から魔素を一定量放出し続け、絶え間なく薄い魔法の未完成の状態を作り上げている。
そんなことを考えつくやつも実行したやつも今までいないだろう。
だが、ことこの防郭の内に侵入するには必要なのだ。
そして……金切り音が聞こえ──背後で水面ができたのを感じた。
ノアの魔法が彼女自身の防郭で弾かれたのだ。
「よしっ……!」
やはり、この防郭は形状や状態で通り抜けるか弾くかで決まっている。
あのなんとか龍の鉤爪の形状は風刃と似ているから物理だと判断され、防郭は弾いてしまう。
で、なぜ、物理と魔法で弾くか弾かないかを決めている理由もおおよその検討をつけることができる。
「わぁ、凄いね。でも、間合いに入ってきてどうするの? 何も効かないよ?」
タッと後ろに飛び退くノアに、ダンッと一歩で間合いを詰めた。
「いいや。防郭で物理を弾くなら、物理が弱点だって言ってるみたいなものだろう?」
「……っ!」
更なる防郭がある可能性を考慮し、握っていた小刀へ魔素を這わせ、そこで風属性を帯びさせた。
不器用で歪な、切れ味すらも保証できない。
だが、このようやく見つけた可能性にかけるしかない……!!
「あああぁぁあぁっ!!!」
そうして僕は小刀を持つ手に力を込め、不敵な笑みを浮かべているノアの心臓部にねじ込んだ。
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