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4-4 理外回帰編:始まりの地の異変

218 クラディス凹みモード

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「はァッ……ハァ……」
 
 目を見開き、呼吸が荒いままその光景を見ていると、体勢の整ったアンに連れられて壁際へ移された。

 死の恐怖は、いくら味わえど慣れはしない。

 訓練中に何度も死にかけたことはあったけど、抵抗できない明確な『死』を感じたのは初めてだった。
 動けない、スキルでもかけられたように……僕はまた……足を引っ張ってしまっていた。

「アン、ごめ――」

「あるじ! 凄い魔法でした!」

「…………んっ?」

 すごいまほうでした?
 すごいま《ぁ、めんどくさい》ほうでした?
 略語? 

「……?」

 いや、そんな訳がない。
 なんで、今、褒めた?

「え~っと…………え?」

「敵の攻撃を吹き飛ばすほどの……。あの魔法は見たことがありますが、あれだけの威力のは見たことがないです……!」
 
 ぺこっと下げた頭を見て、さっきまでフル回転していた頭がピタリと止まる。
 
「えっ、いや……え? アンは何も……。僕が気がつけなかったから……動けなかった……し」

「……?」

 僕と同じような顔をアンもして、お互いに首を傾げた。
 
「アンが、剣から僕を助けてくれて……って」

 僕が両手を使って説明をしていると、あぁ! と分かった様子。

「……あれはただの『背面感知』ですよお」

 へへへと笑って、照れくさそうに後ろに手を回した。

「この空間で後方にあって動くものは、限られてますので」

 頼もしく、戦闘経験が豊富。
 咄嗟の判断も早く、正確。
 僕なんかより、ずっと、強い。
 やっぱり……まだ、僕は同じ土俵に立てれていない。

「でも、やっぱり、迷惑かけちゃった。ごめんね……ごめん」

 繰り返すように謝り、顔を伏せた。

 ──むにっ。

「……?」

 両頬から温かい何かが当てられた。
 それは、拳殻をさっきまでつけていた少し汗ばんでいるアンの小さな手だった。その手でいじいじと弄ばれ、ぺたぺたと首元から耳辺りまで触られて。
 
「おお……これが、白髪から聞いた『クラディス凹みモード』とやらですか?」

 と同時に、アンの口から、僕にとってあまり好ましくない呼称が出てきた。
 バッと顔を上げると、まるでプレゼントの中身を覗き込むように興味深そうなアンの表情。

「……」

 僕の顔は、おそらく、変な顔になっただろう。
 歪みはしたが、決して怒りという訳でもない。笑いという訳でもない。
 多分、棚の引き出しを開けたら中から牡丹餅ぼたもちが出てきた時の顔……とかそんな感じになったにちがいない。

 そんな僕の顔を見て、アンの表情に、何故か嬉しそうな笑みが足された。

白髪ケトスから聞きました。あるじは、わたしと出会う前はよく『クラディス凹みモード』になっていたって。それで、そのモードが出てきた時は……えぇーと……」

 そういうと、アンは頬をすこし引っ張るようにして持って。

「他人と比較せず、さいきょーだと思って、マイナスなことは考えないっ!」

 殴られたような衝撃。それもピコピコハンマーのようなもので。

「えと……」

 これは……何が起きている?
 目の前にいるのはアンなのか? ケトスじゃないのか? 
 だって、これ、ゴブリンキングに言われた時の言葉……だよ?

「いつ」と問いながら両頬の手を上から抑えた「聞いたの、それ」

「あるじが料理をしている間に、アイツが勝手にコソコソと言ってきました」

 真面目に話すアンに両頬を持たれたまま、小さくため息をついた。
 ケトス……食材を持ってきて料理をさせていたと思っていたら……余計なこと吹き込んでたのか。もしかして、僕がまた凹むのを予測して?
 自分が剣闘士協会ウォルクスに行くから、僕の取扱説明をアンにしておいたのか……。
 
「余計なお世話を……」

 まぁ、ケトスらしいや。

「聞いたときは信じていませんでしたが……なるほど。あるじの弱い所が見えてわたしは嬉しいです」

「嬉しいって……。なんで。だって、普通はこんな奴、嫌じゃない……?」

「何を言ってるのですかっ! あるじはわたしの中で、完璧な超人だったのですよ? 料理も掃除も、勉強も、人との交流も、魔法も、戦闘も。全部に全力で、ちゃんと完璧にやっていた……。そんな人が弱みを見せてくれたのですよ? わたしは嬉しいです」

 目からウロコの話。僕はそういう風に思われていたのか?
 
「……足、引っ張っちゃったの、怒ってないの?」

「怒るどころか……。……あるじ、いいですか? 死が怖いのなんて、当たり前なんですよ」
 
 またまた、目からウロコがぼろぼろでてきた。
 アンや他の強い人たちは怖くないんだと思っていたのに……? 

「体が思うように動かせない、怖い、もう味わいたくない。誰でもそうです」

 真剣な声、真剣な表情。そして、こう続けた。

「ですが、『死』は同時にものなんです」

「……」

 闘技場で生きてきたアンの言葉。重みが違う。
 そして、僕も、それをよく知っている。

 死にそうになったことが何回もあるってことは、そのたびに乗り越えてきた、ということだ。
 咄嗟には動けなかったけど、なにくそ、と思って魔法を撃ったのは……乗り越えようとしたから、か。

「死は怖い、だから敵を倒す。昔の人も言ってました『死なない者はいない』って。神であれ、魔王であれ、勇者であれ、命を奪えば死ぬんです。これは、いけません」

 乗り越えられる、という言葉で、生前に聞いた話を思い出した。
 いつだっただろうか、昔に読んだ本の話のような気もする。
 
 『この世で最も平等なのは『死』である。
  これから推測れる事柄は、私たちの所有する『生』というモノは存在する全ての事象より不安定であり、不平等であると言うことだ』
 ――略――
 『絶対的で不可侵的な無限は存在するはずもなく、だが、知覚的には存在し得るものである』

 タイトルも思い出せない本の内容でやけに頭に残っていた話。
 あの時はまだ若くて意味の分からない話だったけど、今考える意味が分かるような気がする。
 
「諦めたら、いけないんだ」

 思い出したように呟くと、アンはコクリと頷いて手を離した。

「そうか、そうだよね」

 僕が諦めかけていたのを知ってか、アンは僕の元気を出すためにやってくれたのだろう。

(メンタルコントロールも、実力も……ほんっと底辺だな、僕は)

 そうして、伏せていた顔も心も上げると、白い煙に巻かれていた骸骨騎士の姿が見えて──

 息が、喉をしめつけた。

「なんで、あの部分だけ……っ」

 骸骨騎士の体には無数の穴が空いているというのに、は綺麗に残ったままだったからだ。

 いや、違う。そうか! 装甲は魔素で出来てる。
 手や足、首が吹き飛べど、核がある部分を守れば……。

 ──ズズズズっ。

「元通りになる……!」

 くそっ。

「……あれだけやっても、修復不可能な損傷じゃないのか!」

 冗談のような修復力。
 馬鹿みたいな力。
 異常な瞬発力。
 鎧だって柔いわけじゃあない。

(なんだこいつ、なんでこんなヤツがこの階層にいるんだ……?)

 骸骨騎士を見つめていると、視界の端にいたアンが同じように骸骨騎士を見て、ふっと笑ったような気がした。

「……楽しくなってきたじゃないですか。ね? あるじ」

 チラと見られた僕は一瞬だけキョトンとして、
 すぐに理解して、ははっ、と笑った。

「そうだね……倒しがいがある敵だ」

 僕の返答を聞くと、アンは満足気な表情で拳殻を付け、両腕をぐるぐると回し始めた。
 僕が落ち込みそうになったら、すぐに手を差し伸べてくれる。まるで、ケトスみたいだ。これはアンに言ったら怒られそうだから言わないでおこう。

「……やっぱり、僕は、まだまだ、甘くて、実力はついているのかもしれないけど、根っこの部分は中々変わらないらしい」
  
 小さく呟いた言葉。
 今生では自分がしたいことをして強く生きようとしているのだけど、まだまだ、戦闘面だけじゃなくて精神面も鍛えがいがあるらしい。
 
 スゥと息を吸い、フゥと吐いた。
 
 僕が考えるのを止めれば、ここにいる存在価値なんてない。
 武器も魔法もまともに扱えないちっぽけな存在、それが僕だ。
 ならば、考えろ。思考を早めろ。二人で生きて帰れるように。
 
 今度は骸骨騎士に遅れは取らないと決心して視界に収めていると――少し、異変に気づいた。
 
「……どうして動かないの。アイツ」

 修復は完了したはず。なのに、なんで……?
 なんで、そんなに――防御するように身を縮めているんだ?
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