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4-2 理外回帰編:血盟お試し期間
199 アサルトリアの受付を任せられた
しおりを挟む他人に慣れさせようキャンペーン!
そう称して物凄く嫌がっていたアンを説得し、【アサルトリア】の受付嬢に任命した。
目的は、コミュニケーション能力の向上。最低限の言葉遣いの習得。
365日24時間、クラディスの傍らにいれたらトントン拍子で話が進んでいくから良い気もする。
だが、そうもいかない。そしてそれは彼女自身も分かっている。
あの日、名前を憶えていなかったことで、ケトスのことを「白髪」と呼び、ナグモのことを「二つ結い」と呼んでしまった。
二人が温厚な性格でなかったら増援が望めず、主人は助かってはいなかった。
自分の会話力の無さは主人にも迷惑がかかることだと理解。
ならば、早急に改善をするのが一流の従者というものだろう。
「アンちゃん。お姉さん達と一緒に受付頑張ろ!」
「…………うけつけ、わたし、やる」
「わぁ、カタコト……」
彼女らが座っているのは、血盟拠点一階にある冒険者組合の受付のような場所。
入り口のすぐ近くに置かれているそれは、血盟のお試し期間と並行して開かれている『血盟への加入申請期間』の受付として稼働中だ。
今日は一次審査の書類審査――の前段階。加入望むものが資料の持参する日である。
「聞いた話だけど、人と会話するのが苦手なんだって? まっかせて! お姉さんは得意だから!」
「私はあまり得意じゃあないけどさぁ。この人は得意だから、観とくといいよお」
「ではまず受付の仕事から! 資料を受け取って――」
と、両隣の只人と兎人の受付嬢から言葉が発せられるが……。
「……」
さっそく、置き物のように座っているアンの耳に入ってきていない。
それもそのはず、アンは一心にクラディスがここに預ける前に言っていた「まずは、人に対して関心を持つこと! 心理学的には人の名前を覚えない人はそもそも人に興味が――」という言葉を思い出していた。
心理学的、とはなんだ。いや、とりあえずは、会話をするときに必要な技術が先だ。
他人の特徴を見る、興味を持つ、笑う、身振り手振り――……。
「――ということなのです! 分かりましたか?」
そうして頭の中で繰り返していると、受付嬢からの業務の説明が終了。
「……?」
何を聞かれたのか分からないまま、こくりと頷いた。
その反応で只人は満足気に頷き、兎人は心配そうにアンを見つめる。
絶対聞いてなかった反応だったけど、これ、大丈夫かな。
「あのぉ……アサルトリアに入りたいんですけど」
兎人の心配もそこそこに、冒険者がアンと他の女性血盟員が座っている受付へと緊張した面持ちで訪れた。
――小太り。弱そう。人族……豚面か? 大きい。小汚い。
入口から入ってきた男性をギロと睨みながら、男の特徴を上げていく。
アンの眼差しにびくりと体を震わせた男は思わず硬直してしまう。
そして、アンも受付として何をしたらいいのか分からないことに気づき、硬直。
「……」
「……」
なんだ、何をいえばいい。仕事はなんだ。聞いていない。
そこでようやく、ぎぎぎと隣の兎人へ目つきはそのままで顔を向けた。
ヘルプを貰った受付嬢は目をぱちくり。やはり聞いてなかったらしい。
ならば仕方なし、とお手本を見せようと笑顔を張り付けた。
「ギルドから発行される用紙は持ってきましたかあ?」
「は、はい! ここに、あります」
ふわふわとした口調で言われる言葉に、男の硬直も解け、鞄から書類を取り出した。
それをゆるりとした動作で受け取り、眺めていく。
「……ぇっと。ふむふむぅ、中位冒険者なので基準は満たしてます……ね。クエストの達成率も良いみたい。以前入っていた血盟は――」
「ありません! ずっとアサルトリアに入りたくて……血盟の募集をずっと確認してました!」
受付台の前で熱く語る男性冒険者。その熱を受けながらも笑顔が崩れない受付の女性。
「なるほどなるほどお。基準もクリアしている、意欲もあると、経歴も綺麗。……はぁい、申請を受け入れましたよ~。ギルドに通達している通り、今回の募集人数は5人ですので、ここで直ぐに結果は言えないんだよねぇ。一次審査の発表日は知ってる?」
「二週間後……ですよね?」
「はぁい。知ってるのならその日まで発表を待っててくださいねぇ。以上で申請の受付を終えるので、もう大丈夫ですよ~」
手をヒラヒラとして男が血盟ホームから出て行ったのを確認すると、回る椅子でくるっとアンの方を向いた。
「こんな感じ、アンちゃんできそう?」
「用紙、基準、経歴、審査……」
隣の女性が先程までやっていた確認事項をブツブツと復唱。
指折りで数えていたそれが二度目に入ったところで、ボフッっと頭から煙が出てきた。
「あらま、爆発しちゃった」
「分かりやすいようにメモ書きしておいた方がいいかなあ」
兎人の女性が、顎に人差し指を当てて考える。
すると、バッとアンの顔が上がり、目がバチッと合う。
「お、もしかして妙案だった――」
「でも、それしたら、アンちゃんの為にならないんじゃない?」
今度は反対方向の只人の言葉。そちらを振り向き、ジィーと睨むような目。
「わ、こわい目して――」
「そぉ? でも今のままじゃ対応できるかどうかがわかんなくないー?」
兎人の言葉。そちらへ顔を向ける。
「なんのための私達よ、サポートすればいいじゃない」
只人の言葉。そちらへ顔を向ける。
「む、それもそうかあ」
「アンちゃん的にはメモ書きがあった方が良さそうだったけど」
ははは、と本人を目の前にして談笑。
二人に挟まれているアンは、度重なる方向転換に赤縁の眼鏡がズレてしまった。
しかし、それを直そうとせずに指を折って相手に聞く項目を呟いていく。
「用紙、基準、経歴、審査……。用紙……」
「以前入ってた血盟のことは聞かないの?」
繰り返される呟きを聞いていた只人の受付嬢が口を挟む。
ゆっくりとそちらの方を見上げ、何とも言えない顔。混乱をしている様子。
難しいのはいいでしょう、と兎人のサポートで、再び俯いて繰り返し呟き始めた。
そうして周りの受付嬢にアンがいじられていると、ぎぃと入口の扉が開いた。
「あのー、アサルトリアに入る審査のやつで来たんですけどー」
紫髪で目の下に泣きぼくろがある七三分けの男性。血盟加入の申し込みだ。
「アンちゃん、出番よ」
こそっと耳打ちされ、アンは顔を上げた。
――紫髪、男、人族、細身、身長は高い、余裕がある?
どこか独特な雰囲気を感じる男の特徴のまとめをして、ハッと我に返る。
「おい――」
「おいじゃない」
「おま――」
「お前じゃないよお。アンちゃん」
何か言いかける度に両隣が遮り、ちょっとしたパニックに。
すーはー、と落ち着かせようと深い深呼吸。受付には待ち人がいるというのに。悠長に二回ほど。
「……用紙、は持ってきたか。ギルドのだ」
「用紙ね、うん。はいコレ」
渡された紙をじろじろと見やる。
どこをみたらいいのか分からない。どこに基準とやらが書かれているのだろうか。
上から下へ。基準の文字を探し、結局見つけられなかった。
だが、これは、主人からの任務だ。助けてもらってばかりではいかない。
「…………基準は、中位からだが」
うろ覚えの女性の言葉を鎌をかけるようにして話す。
「うん、上位だから大丈夫だと思う」
中位ではないのか。ということは、この者は、基準を満たしていないのではないのか。
受け取った書類を返そうと持ち上げ、ぴたりと止まった。
――いや、上位、とは。中位の上だって聞いた気がしなくもない。
ということは、この者は条件を満たしている。
紫髪の青年を見上げ、余裕のある表情が崩れていないことを確認。
「……上位か。基準は満たしているな。経歴も…………いいだろう。以前入っていた血盟は……ハイ、ハイン……ストか」
「えっ!?? ハインストォ!?」
アンが用紙の文字を追っていると、只人の女性はその言葉を聞いて声を上げた。
男の顔を疑うように見ると、ははは、と控えめに笑った。
「だいぶ前に入ってただけですよ。今はフリーの冒険者です」
「でも、なんで、ハインストの血盟員が――」
真意を問おうとする女性の傍ら。アンは、ひら、と手を上げた。
「今回募集したのは5人だ。ギルドの日まで待ってくれ。一次のしょる――審査はこれで終わりだ」
「あれっ、そう? じゃあいい返事待ってるよ」
受付の小さな少女の言葉を聞くと、紫髪の男性は血盟拠点から出ていった。
なぜ、ハインストの元血盟員がアサルトリアに来たのだろうか、と両隣の女性は呆然。
頭の整理がつくと、片方、慌ただしく他の血盟員に知らせるためにバタバタと。もう片方は出ていった紫髪の青年を呼び戻しに奔走。
両隣の女性がいなくなったというのに、真ん中のアンは誇らしげな表情を浮かべていた。
用紙、基準、経歴、審査。聞けた。ちゃんと言えた!
「完璧だった。あるじ! わたしは会話力を身につけていってますよ!」
彼女は100点満点の対応をして、実際にできたという手応えを感じていた。
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