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3-2 残穢足枷編:彼女の幸せは
151 ペルシェト先生の勉強会
しおりを挟む初日のお出かけが終わった次の日から、アンと僕の何気ない毎日が始まった。
朝起きるとアンはまだ寝ていることが多くて、朝食を作り始めると目を覚ましてお皿を準備してくれる。僕よりあとに起きるのが気に入らないのか自己を嫌悪するような表情になるから、その度に「お皿出してくれてありがと、助かるよ」と声をかけることにした。
骨折した所がまだ動かせないからアンに色々とお願いしてるんだけど、何か仕事を任せた時は表情が軽くなるような気がする。
訓練やクエストが無くなった分の時間が空いたから、その時間でするようになったのが闘技場チケットの時の話に出てきていた『治癒士の勉強』だ。
ペルシェトさんも準備ができたらしくて、2日に1回はギルドですると言われた。
治癒士の勉強はとても難しく魔法の比ではなかった。
アンも隣に座って勉強をしているけど、ずっと頭の上にはてなが浮かんでいる。
やはり人の命を扱うという点において治癒士は魔導士より深く勉強をしないといけないのだろう。
毎回レジュメを配ってくれるからそこにメモを書いたり、持参したノートに板書を書いたりをしているけど、治癒魔導書には書いてない範囲まで行くことがあるから、少しでも筆を休めると置いて行かれてしまう。
「――だから、ここの魔導の部分は体の細胞を傷付けることがあるんだ。なので入念にチェックをしておくこと! ここまでで質問はあるかな?」
「魔導の部分で少し質問があるんですけどいいですか?」
「うん、なになに~?」
「この配ってもらった紙にも書かれてることで、『治癒魔法を使う時に使用する魔素量の調節を魔導の部分で上限を決める』って所なんですけど、これって必要なんですか?」
「あ、それはいい質問だね。紙に書いておかないといけないことだったわ~アハハ」
この治癒魔法の勉強会の目的は、以前にも話に出たが『治癒士の人数を増やす、地位を向上させる。そのための学校を作りたい、そこで教えれるように練習』だ。
ペルシェトさんが分かりやすい様に教えて、僕達が分からない所を正直に聞いて不足分を補填していく。
曰く「治癒士の青い瞳じゃない人にも分かるようなモノにしたいから、アンちゃんも宜しくね!」らしい。
アンもペルシェトさんのグイグイ来る感じに押され、コクコクと頷いていた。
「で、そこの事なんだけど。過剰な魔素を入れちゃったら傷の……まぁそれっぽく言うと損傷部位かな、そこ以外に魔素が行ったら変に細胞が活性化されるかもしれないし、かと言って自己調整で弱かった場合は効果が薄くなってしまうよね? だから予め魔素量を上限を決めることで、治療ミスの可能性を抑えながらも最低限の効果を期待するってことなんだ」
「上限、なるほど……だったら最低限の効果では足りない場合はどうしたらいいんですか?」
「それもいい質問だよクラディス少年。これはね、治癒士のお偉いさん達がほんっっっっとにギリギリのラインを見極めて設定してるやつなんだけど、それでも足りない場合が結構あるんだ。「えっ!?」って思うでしょ。でもこれって治癒士の駆け出しの子にオススメするやり方だから、『応急処置』程度の効果しか期待してないんだよね。効果が足りないと言っても、状態異常の体の回りを抑制できたり、出血を抑えることはできるから、その後にちゃんと全員を診ることができる治癒士やお医者さんの所にもっていけばいい。それまでの繋ぎってこと! まぁ、自分の知識が豊富になって、自分で魔素量を調整できるようになってきたらそこの文字を外せばいい。本当に駆け出しの人向けのやつ。おーけー? 分かったかな?」
えーと、その、ながい、けど。
「あー…………なんとか、はい、わかりました」
「よしよし」
解説口調のペルシェトさんが手の平を上に向けた。
その上にゆっくりと魔法陣に文字が刻まれていく。
「……治癒士って魔法を使う魔導士とやってることはほとんど変わらないんだけど、やっぱり命に直接関係するし、自分ならまだしも他人に魔法を当てる訳だから極小の注意が必要でさ。それも、詠唱の時間で患者への治癒が遅れて間に合わないことだってあるから、できる限り無詠唱で魔法を行使しないといけない。だから割とハードル高いんだよね。あ、見える? コレ」
ぽわっと淡い青緑色の球体が手のひらから出ていて、形が全くブレずに留まっているのが見える。
「それは……」
「これは『回復』だね。基本中の基本のモノで、これが出来ないと他の治癒魔法に進めないってやつ。まぁ言うよりしてみる方がいいか……。実践するから見ててね」
そう言うと腰の小物入れから刃物を召喚して、二の腕辺りに一本線を刻んだ。
太い血管があるところだ、もちろん血が溢れ出てきた。
「ペルシェトさん!? なにを」
「だいじょーぶ」
血が地面に落ちる前に緑に色づけられた球体で血液を包んで傷部分に運んでいき、傷口の上で手をスライドさせると、傷が付く前のまっさらな皮膚になった。
よく見てみても、そこには古傷すら残っていない。
「今やったのは回復だけ。回復と言っても沢山の用途……あ、魔導って言った方が分かりやすいかな。まぁ、それがあってさ。さっきみたいに血が落ちる箇所の空間を指定して液体を触れずに元あった場所に誘導。その間、回復は他にも発動をしていて、傷口からの血の流出を止めていたんだ。血を止めて、血を戻す。その後は傷口を治るように命令してやればいい」
「……す、えっ、ちょっとメモ取るんで待ってください……」
「ひ、ひーる……めいれい……」
「アン大丈夫? 頭パニックになってない?」
「大丈夫……? です」
「まぁ、突き詰めて言ったら今みたいなこともできるよってこと! アンちゃんも回復が使えるようになったら、クラディス君みたいな危なかっしい人の傷を癒せるよ!」
その空間とかの話は治癒魔導書には書いていない事だった。
液体を指定したり命令したりは今の僕でもできるかもしれないけど、空間のことまでは火穹窿の応用といえど細かなモノは今の僕では無理だ。
それを話しながら、それもゆっくりと自分のペースじゃないのにするって……ペルシェトさんって実はすごい人なのでは……。
「だから二人に最初に覚えてほしいのは、回復と清潔、痛覚鈍化、脳内麻薬、状態異常修復……かな。最後のはちょっと大変なんだけど、覚えたら便利だから。清潔とかも便利だよ、浄化っていう攻撃にも使える魔法の前段階なんだけど、最悪シャワーとかお風呂とか入らなくてもよくなるし」
「清潔って、確か、以前僕の服にやったヤツでしたっけ?」
「そうそう。よく覚えてるね。それで清潔と状態異常修復を使うときにイメージすると分かりやすいのが……」
ホワイトボードにマジックで『じょうたいいじょうをなおしたい よごれもきれいにしたい』と書き殴った。
「これ。ここに書かれたものをアンちゃんはどうやって消す? こっち来てやって見せて」
隣に座って完全に思考停止している状態だったアンは、ホワイトボードの前で考え込むようにウロウロして、ホワイトボード消しを持ってサッと拭いた。
当然のように元の綺麗な白いホワイトボードが現れ、それを持ったままキョトンと立ったままのアン。
とりあえず座るように促すと横に立っていたペルシェトさんが親指を立てた。
「大正解! はいアンちゃんにアメ玉あげるね」
机の上に転がされた包装されたアメを手に取ると一瞬は嬉しそうな顔になったが、僕の方を見るとその表情が消えてうつむいた。
えっ、そんな露骨に……。僕、やっぱり嫌われてるのかなぁ……。
この数日間、アンのためにと思ってやったことが全部裏目に出てる気がする。
やりたいことが分からないから色々試してやってみたけど、少しだけ明るくなってもすぐに沈んだ表情になってしまう。
僕が楽しいと思えることを全員が楽しいと思えるとは限らないけど……今の所、全部不発。
ここまでくると自分が変人だという可能性が出てきた。
どうしたら楽しんでくれるのかな……。僕のことが嫌いなら、僕以外の人の所にいた方がいいのだろうか。
ジィ―っとアンの方を見つめていると、ペルシェトさんがズイっと顔を覗かせてきた。
「こらっ! クラディス少年! 私の講義の時に他のこと考えるの禁止!!」
「だ、大丈夫です、ちゃんと聞いてます」
「ほぉーん? だったら、ホワイトボードで説明した考え方が、さっきの二つの治癒魔法とどういう関連があるか分かる? はい、クラディス君」
「……修復……っていうくらいだから、元の状態に戻す……? とか」
「それでそれで?」
「あの文字を汚れや状態異常に見立てて……あの消すやつが治癒魔法で、修復だから……なんだ。良い言葉が思いつかないです。拭きとることで状態異常を治す……?」
「うむ、大体正解である。ホワイトボードが私達の体で、その上の文字が状態異常、それを治すためには状態異常の部分を拭きとってやればいいだけ。あくまでも時間が状態異常になって短い時間でならの処置方法だけどね。これが時間が経って体の中に浸透しちゃうと、また違う方法をしないといけないんだ。回復の魔導を応用していって、細胞の活性化や魔素での一時的な代替とか……細胞の活性化は相変わらず注意が必要なんだけど。そこで出てくるのが私達が持っている素の状態の数値、『形態情報の保存値』って言ってね!……あー、それはまた今度にしよっか。頭痛くなってきたでしょ」
「ひ、ひゃい……」
途中から止まらなくなったペルシェトさんの話を聞いていると、僕とアンも頭が爆発しそうになった。
その日はお昼が来るまでそこで勉強して、三人でご飯を食べてペルシェトさんと解散した。
小学生のような感想だけど、治癒士の人って大変だと感じた。
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