111 / 283
2-4 少年立志編:不法侵入者と勇者と転生者と
109 イブのお留守番のおともに
しおりを挟む宿舎の正面玄関まで連れて帰ってもらうと、宿舎についたという安心感で眠気がどっと襲いかかってきた。
そんな状態で先生に一礼をし、二日後の訓練の場所を聞いて解散。
重力が何倍にも感じる体を引きずりながら、二階へ、そして自分の部屋へ。
「ただいまぁー……」
と言いながら、玄関に開くとトトトとイブが奥から走ってきた。
「おっかえり――……うぁっ! どうしたのその血」
「魔物のやつ……。訓練、で。スキルの……」
「あー……。そっか、スキルを使わない訓練ってやつか」
「そう、それ。ごめん先にお風呂入らして……」
服を脱ぎ、包帯を捨てる。簡単にシャワーを浴び、脱衣所にあった服に着替えた。
風呂に入りたい……けど、風呂に入ったら、寝ちゃいそうな気がするからだめだ。
ブカブカの寝間着を着たままふらふらと木椅子に腰を下ろして一息を付く。
「ね~ぇ、クラディス?」
「なーにー……?」
「お腹空いたー、ごはんほしいぃ」
「あー…………そっかあ。ちょっと、待っててね……」
机に伏せてお腹の虫を鳴らしているイブを見て、重たい腰を上げた。
そうだよな、イブがいるんだ。料理を作ってあげないと……。
いつもは僕だけしかいないから、料理なんか作らなかったから……って言っても昨日の料理を温めるだけだからいいんだけど。
出すとリスのようにモグモグと食べてくれたので、一安心。
あっという間に残り少なくなった食器内の料理を見ながら、ホットミルクを啜った。
「……言ってなかったかもだけど、明日もクエストするから……よろしく」
僕の言葉を聞くとイブの目が丸くなった。
そして、残り少なかったご飯を一通り食べ終え、ゴクリと水を飲み干して。
「ええっ!?」と言ってコップを勢いよく机に置いた。
そんなに溜めて、その一言とは何という贅沢。
「前も言ったでしょ。お金欲しいんだって」
「で、でもさ……さすがに疲れてるでしょ?」
「疲れを理由にして集まらなかったら嫌だから。絶対後悔するし」
「うげぇ……」
完全に引いた様子のイブを見て、自分では何とも珍しく口がへの字に曲がった。
「じ、じゃあさ……訓練は休めれないの?」
「強くならないといけないから」
「いけないってことはないんじゃないの。クラディスだってそんな弱いわけじゃないんだし……」
「弱いよ、僕は」
なんでそんな食い気味に言ったのか自分でも分からないけど。
「助けてくれた人たちと一緒に冒険をするんだ。冒険をして、見つけたい人がいる。そのためには……まだ足りない」
レベル云々抜きに、まだあの人たちが安心して旅に同行させれれるくらいに強くはなれていない。ケトスやイブとクエストをして、それがよくわかった。
スタミナ、武器の取り扱い、立ち回り、いざと言う時の勝気。挙げればキリがない。
それに佳奈を探しにいけれるほどの力量もない。見つけても今の僕じゃ、守れない。
僕は、この世界において最弱の転生者なのだ。
「だから、ごめん」
「うへぇ……。頑固さんだったか、それで働き者ときた」
「……そうだよ。僕は頑固で働き者で……変人さんですよ」
疲れている頭では、些細な言動ですら苛立ちを運んでくる。
そう思えば、佳奈はそういうところを気にかけていてくれたような気がする。
疲れて帰ってきた僕には家のことはほとんどさせず、下手に散らかさず、できる範囲のことはしてくれていた。
かつ自然体でいてくれて、感情を逆なでるようなことはしない。
あぁ、あの時の……詰め寄ったってだけで謝ってきたのには、それもあったのかもしれない。
僕が出したホットミルクで髭を作っている佳奈を思い出し、すっかり冷たくなったミルクを飲んだ。
「…………」
って、なんでイブと佳奈を比較しないといけないんだ。
(イブはただ、僕の体を心配してくれたっていうのに……)
それに散らかってないっていうのは記憶が美化され過ぎだ。共有の場所はともかく、佳奈の部屋はいつも汚かったじゃないか。
……疲れてるときはやっぱり、だめだな。まともに頭が動かない。
「もー、クラディス生きるの下手!!」
「わかるわかる。上手じゃあないよねー……」
「もーーー、体壊れちゃうよ~……」
「そうなったら困るなあ」
重たく感じる頭をフルフルと振り、椅子に置いていた大きな袋を取り出した。
「これ、イブに」
「……? なに、これ」
「クマ、好きかなぁって思って」
「くまァ?」
袋をガサガサとソレを取り出してみると、なんとも可愛らしいクマのぬいぐるみがこんにちわと顔を出した。
「わぁ……!」
イブの上半身よりも大きなぬいぐるみは高く持ち上げられたままジロジロと吟味をされ、満足が行くとギュゥと抱きしめられた。
角度が気に入らなかったのか何度か試行錯誤した結果、再びクマは力強く抱かれた。
「なんでこれ買ったの!?」
「気に入らなかった?」
「気に入ったけども!」
はしゃぎながら怒るような口調で言われた言葉に小さく笑う。
「いや、ね。帰り道にお店があったから、どうかなぁって」
僕が訓練をしている間、イブは自由時間だ。家にいるのもよし、外に出かけるもよし。
窓を開けていれば勝手に出入りをしてくれるから鍵の心配はない。よって、僕はこんなに夜遅くまで訓練に集中ができる。
そこでこのぬいぐるみさんの出番という訳。
「僕がいないときの話し相手……っていうのはなんか変だけど。家を空けることが多いから、その時にでも遊んでやってよ」
何故クマさんなのかという理由は……まぁ今朝の洗濯の時に見た下着の柄が……うん。
一人暮らしの男だから、もっとなんだ、警戒をしてほしいと思う。一緒に下着を洗うこっちの身にもなってほしい。
ともあれ、イブはクマが好き。買った理由はそれだけで充分だ。それを知った経緯が公言しづらいだけであって、なんらおかしいことなんてない。
「この少女に一人でこの部屋でこの私に話をかけておけと、そう言うのかい」
「……?」
声が聞こえてそちらに顔を向けると、イブがクマを膝上に置いて両手を持ち、ひょこひょこと動かしていた。
……おっと、なにか始まったな?
「答えたまえ」
「あー……うん。そうだね」
「クラディ――んんっ! えー、君が家にいたらいいのではないかね?」
「僕もできるだけ早めに終わらせますので」
わざわざ低い声を出してされる質問にぺこぺこと頭を下げながら答える。
すると、イブがクマに耳打ちをして、コクコクと頷いた。
「……彼女は君の方がいいと言っているが、それでもかね?」
「うん。ごめんねクマさん、イブにもそう言っておいて」
「ふむ……」
クマが腕を組んで唸り、イブに相談をしている。
そしてややあって、先端の丸い右手で僕の方を指さした。
「よかろう。はやく帰るのだぞ」
「ありがとうございます」
「よいよい、面を上げよ」
「ははー」
なんて茶番をするイブはクマの後ろに顔を隠しているが、楽しんでいる様子。
あれだけの大金をポッと投げられたお返しが『大きなぬいぐるみ』とはなんたるか! なんて不安があったけれど、満足していただけたようで良かったです。
「くまぁぁぁぁ……新品のニオイがする……」
顔を擦り付ける姿を見て、微笑んだ。ようやく今日のお仕事が終わった気がした。
0
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
俺の召喚獣だけレベルアップする
摂政
ファンタジー
【第10章、始動!!】ダンジョンが現れた、現代社会のお話
主人公の冴島渉は、友人の誘いに乗って、冒険者登録を行った
しかし、彼が神から与えられたのは、一生レベルアップしない召喚獣を用いて戦う【召喚士】という力だった
それでも、渉は召喚獣を使って、見事、ダンジョンのボスを撃破する
そして、彼が得たのは----召喚獣をレベルアップさせる能力だった
この世界で唯一、召喚獣をレベルアップさせられる渉
神から与えられた制約で、人間とパーティーを組めない彼は、誰にも知られることがないまま、どんどん強くなっていく……
※召喚獣や魔物などについて、『おーぷん2ちゃんねる:にゅー速VIP』にて『おーぷん民でまじめにファンタジー世界を作ろう』で作られた世界観……というか、モンスターを一部使用して書きました!!
内容を纏めたwikiもありますので、お暇な時に一読していただければ更に楽しめるかもしれません?
https://www65.atwiki.jp/opfan/pages/1.html
◆完結◆修学旅行……からの異世界転移!不易流行少年少女長編ファンタジー『3年2組 ボクらのクエスト』《全7章》
カワカツ
ファンタジー
修学旅行中のバスが異世界に転落!?
単身目覚めた少年は「友との再会・元世界へ帰る道」をさがす旅に歩み出すが……
構想8年・執筆3年超の長編ファンタジー!
※1話5分程度。
※各章トップに表紙イラストを挿入しています(自作低クオリティ笑)。
〜以下、あらすじ〜
市立南町中学校3年生は卒業前の『思い出作り』を楽しみにしつつ修学旅行出発の日を迎えた。
しかし、賀川篤樹(かがわあつき)が乗る3年2組の観光バスが交通事故に遭い数十mの崖から転落してしまう。
車外に投げ出された篤樹は事故現場の崖下ではなく見たことも無い森に囲まれた草原で意識を取り戻した。
助けを求めて叫ぶ篤樹の前に現れたのは『腐れトロル』と呼ばれる怪物。明らかな殺意をもって追いかけて来る腐れトロルから逃れるために森の中へと駆け込んだ篤樹……しかしついに追い詰められ絶対絶命のピンチを迎えた時、エシャーと名乗る少女に助けられる。
特徴的な尖った耳を持つエシャーは『ルエルフ』と呼ばれるエルフ亜種族の少女であり、彼女達の村は外界と隔絶された別空間に存在する事を教えられる。
『ルー』と呼ばれる古代魔法と『カギジュ』と呼ばれる人造魔法、そして『サーガ』と呼ばれる魔物が存在する異世界に迷い込んだことを知った篤樹は、エシャーと共にルエルフ村を出ることに。
外界で出会った『王室文化法暦省』のエリート職員エルグレド、エルフ族の女性レイラという心強い協力者に助けられ、篤樹は元の世界に戻るための道を探す旅を始める。
中学3年生の自分が持っている知識や常識・情報では理解出来ない異世界の旅の中、ここに『飛ばされて来た』のは自分一人だけではない事を知った篤樹は、他の同級生達との再会に期待を寄せるが……
不易流行の本格長編王道ファンタジー作品!
筆者推奨の作品イメージ歌<乃木坂46『夜明けまで強がらなくていい』2019>を聴きながら映像化イメージを膨らませつつお読み下さい!
※本作品は「小説家になろう」「エブリスタ」「カクヨム」にも投稿しています。各サイト読者様の励ましを糧についに完結です。
※少年少女文庫・児童文学を念頭に置いた年齢制限不要な表現・描写の異世界転移ファンタジー作品です。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる