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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

62 一体、何者なんだ

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 忽然と姿が消えた。
 今頃は、どこかの核点にいることだろう。
 怒りの矛先を失った国王は、自国の兵に向かって叫んだ。

「なぜ!! 攻撃しなかった!? 貴様らはアイツを見逃したんだぞ!? この国の信用を貶した、アイツの肩を持ったのだぞ!!?」

 鼻息荒く怒りを散らす国王の前で、王国兵は皆が震えながら、泣きそうな顔で空っぽな鞘と空の矢筒を見せた。

 国王は声を詰まらせる。

「申し訳有りません……陛下」

「勇者様があの者と戦闘を始めたときまでは、たしかに持っていたのですが……」

「戦闘が終わってみると、武器が……大変、申し訳有りません」

 本人たちも何故、自分が武器を持っていないのかが分かっていない。
 エレが武器を盗んだのは精々十本に満たない短剣と、弓と矢が数本。その程度がなくなっただけで、機能しなくなるわけがない。

 だったら何が──王国兵の沈黙を国王の怒号が貫く中、微かにコーヒーのニオイがした気がした。



 広場中が混乱に陥っている中、モスカは毀れた短剣の切っ先を拾い上げ、紅白鎧に強く擦り付けた。

「……」

 傷が付かない。
 刺せど、切れど、突けど、無理だ。そうしているうちに短剣は壊れてしまった。

 それはそうだ。この短剣は鈍同然。そしてこの鎧は鉱人が手がけた歴代最高の鎧。いかなる魔族の攻撃でも傷が着くことは無かった。
 こんな鈍で傷が着くわけが無いのだ。

「だったら、なぜ……」

 エレは弱くなっているのでは無いのか?
 これも《ことば》の効果なのか?

「オレは……《創造》まで使ったんだぞ? なのに──」

 ──あいつは、奥義すらも使っていないじゃないか。

 拳を握る手が強まる。

『悪い。もう、アレを使えるほどの体じゃあないんだ』

 ……いいや、使えなかったのか?

 あの時の言葉すら嘘かもしれない。分からない。
 だが、彼は不可能を可能にしてきたつわものだ。
 どこまでが本当で、どこまでが嘘で。

「……これが、引き分けだって……?」

 十年もの間、共に旅をしてきて彼のことが分かっていたつもりだったと言うのに。
 モスカは強く握っていた拳のちからをゆっくりと抜いた。

「引き分けでこんな感情になるわけねぇだろ」

 モスカは悔しくも愉快げに口元を歪める。
 彼の底は勇者の光でもっても照らせぬほど、深い闇となっている。

 叙事の書き換えを阻止し、その人物と堂々と眼の前で合流。
 勇者に何らかの魔法をかけて、一騎打ちを上手く逃れる。
 相手が誤った情報を持っていると見抜くとそれに合わせて動き、有利に運んでいく──

「ディエス・エレ……お前は、何者なんだ?」

 かつての仲間への問いは、広場の喧騒で掻き消されていた。
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