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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

57 それは”創造”だった

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 新聞の各社はスクープだ、と広場にいる者たちの姿をカメラの中に収めていく。
 光の明滅にご注意ください。驚く国王の顔が良いスパイスになってる。が、髭のおじさんはすぐに表情を戻した。

「ハッハッハハハハ!! ここで殺される者が、どうやって英雄を超えると?」

「さぁて、どうするでしょうか?」

 くる、と背中を向けて王様の元から離れる。

「今日のことは王国中に知れ渡るぞ」

「元よりオレの印象はお陰様で最悪さ。今更気にしない」

「もう、後には引けないぞ。エレ」

「おや、心配をしていただけるとは! 余計なお世話だよ」

 モスカからの忠告も肩を竦めて笑う。軽く跳躍を繰り返す。
 トンっ――トンっ――トンっ――ドンッ。

「生憎、誰よりも前に進むのが斥候オレの仕事なんでね」

 地面にヒビを入れると、国王は決心をしたように瞑目した。

祈らぬ者ノンプレイヤーめ……。モスカ、殺せ」

「御意」

 モスカが立ち上がりざまに武器を振るおうと揺らめく。
 それを確認し、オレは周りを囲んでいた王国兵達の中に突っ込んで行った。

「なっ!?」

 武器を振るえず、状況を伺うモスカ。

「捕らえろ!」

 国王の激が飛び、オレの位置を探ろうとするが人混みに紛れて探し出せない。
 国王も目を血走らせながら辺りを睥睨していると、

「言ったろ。英雄を喰らうってな。まずはオマエからだよ──英雄王」

 武器を振りかざし、鞘から出てきたばかりの剣を壊す。
 周りの者が声にならない悲鳴を上げていた。
 何を隠そう、この武器は国宝とも呼ばれる武器の一振り。
 
「それが国崩しカラミティの素材から作った武器って言ったか? 兵士の武器に壊されてちゃあ世話ないな──」

「ッ──キサマァァァッ!!」

「戦闘が始まったんだ。警備を固めなくていいのかな?」

 壊れた武器で驚く国王の髭を兵士から奪っていた剣で綺麗に切り落とした。

「前線から退くと武器の扱いも、感情の抑え方も忘れるらしい」ベッと舌を出して見上げる。「喰うには不味そうだ」

 装備につくヒゲをパッパッと払ってあげて、酷薄な笑みを浮かべた。

「名前っていうのはしばしば、実物よりも大きくなるらしい。ね、

 嫌味たらしく言うと意図が伝わったらしく、静かな怒りが瞳に宿る。

「無策に飛び込んで来おって、若造が……ッ!!」

「無策に飛び込んで来ても対応出来てねぇんだよ、オッサン」

 壊れた武器を振るう国王から距離を置き、飛んでくる矢を空中で体勢を変えて避けた。

「二段飛び……マナの応用か!?」

「陛下、私の後ろへ。アイツの狙いは撹乱です」

 逃げれぬように王国兵を並べているのが戦闘のセンスの無さの証明だ。
 影のように人混みを縫い、武器を調達した状態でモスカに切りかかった。

 ──キンッ!

 金属音が鳴り響き、今度はオレの武器が砕け散った。

「さすが……武器が違うな、勇者サマ」

「これ以上、無様な姿を晒すな。大人しく――」

 掴もうとしたモスカの手の下から顎目掛けた掌を振り上げ、ギリギリの所で躱される。しかし、そのまま首に手を回して投げ飛ばした。

「っ!!」

 空中で姿勢を直し、着地をする頃には戦闘態勢に戻っていた。

「オマエ……正面からかかってこい!」

「おいおい、オレは斥候だぞ? 剣士ナイトでもなければ、軽装戦士ライトソルジャーでもない。魔族レベリオ相手にオレがどう戦ってきたか、もう忘れたのか?」

「男だろう」

「お前の思う男という存在は脳みそが足らないらしい。ということは、お前も頭が軽いのかな?」

 返事の代わりに武器を振るうモスカに、中央にたっていた国王の石像にまで飛び退くと、斬撃でスパンっと石像の首が切り落とされた。
 王国兵達やモスカから驚きの声が上がった。

「おぉ、モスカ。国家反逆でも狙ってるのか! すごいなぁ」

「黙れ──ッ!」

「──。ま、おちつけって」

 像と共に落下しながらその首を思いっきり蹴飛ばした。苦虫を噛み潰したような顔でモスカはすべてを切り刻み、石を砂状に変えた。

「斥候の戦い方を知らないみたいだから、教えてやるよ」

 背中に背負っていた弓矢を取り出し、矢を番えて弦を引き絞った。

「馬鹿なことを。オレにはそんなもの効かないぞ」

「あぁ、知ってる。勇者に与えられる加護のおかげでな」

 モスカに弓矢は届かない。《矢避けの加護》と言う奴だ。それがある以上、この戦闘行為は無駄ということになる。

「だけど、?」

「……なに?」

 引き絞り放った矢は、モスカに目掛けて飛び──当然彼に当たる前に、何らかの力が加わり軌道がズレ、後方の兵士たちを貫いた。
 致命傷になるほど、彼らの装備は浅くない。しかし、痛みに悲鳴を上げさせ、場を混乱状態にさせるくらいはできる。

「……下衆め」

 モスカは隊列などもはや保てていない兵達を睨むように見やる。

「モスカの力量なら苦戦することなく、オレを始末することが出来る。そう思ってこんな場所を用意したのかもしれないが、残念だったな」

 弓矢を捨て、笑った。同じ手は二度と通じない。腰帯に提げておいた質素な短剣を取り出し、姿勢を低めに構えて……モスカの異変に気がついた。

「……なんで、笑ってんだ?」

「読み違いもここまで行くと愉快だと思ったんだ」

「読み違い……?」

 眉を顰めて姿勢を固める。その様子でモスカは一層笑みを深めた。

「この場所を選んだのは、本当に陛下だと思うか?」

 動揺を誘っているのか、と。正方形にくり抜かれた吹き抜けの中庭全体の気配に今一度意識を向ける。大丈夫だ。なにもおかしなことはないのは確認済みだ。

 モスカの問に答えず、戦闘態勢を崩さずにいると、流れるような金髪が風に揺れ、藍色の瞳が水面を写す鏡のように輝いた。

「──ここを設定したのは、オレだよ」

 澄んだ笑みを浮かべるモスカは、剣先を地面に触れさせた。

「──!?」

 その姿を見て、背筋が泡立った。
 猫のように飛び退こうとして――

「築け、その壁」

 第一の《ことば》が降り注ぐ。
 吹き抜けの中庭へ透明の壁が出来上がり、観衆と隔てる。

「モスカ……! オマエ! そこまでして──」

「望むるは頂への礎なりて」

 立て続けに第二の《ことば》が降り注ぎ、ほぅ、とオレとモスカの心臓部に灯りが点る。モスカは猛々しく燃え、こちらは見るからに下火だ。

「くっ……馬鹿が!!」

「黙するを是とし、焔を飾れ」

 第三の《ことば》が振り、群衆の声が届かなくなる。
 そして、壁には燃え盛る炎が伝い、身が焦げるような熱気を放つ。

 さいごに、締めの《ことば》。

「含言は聖域。真名は――栄名と巫蠱」

 これらを呼称する際の《ことば》の決め句。

「……本気なんだな、お前」

 地面から剣を離し、モスカは今までで一番の笑顔で笑った。

「前からお前とは戦ってみたかった。勇者の力と、勇者の器と呼ばれた者の力。どちらが上か決めようじゃないか」
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