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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

11 傷が治らない男

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「傷を治せると言ったか」

「ウム」

「そうか、めちゃめちゃ勉強したんだな?」

「ウム!」
 
 エレは顔をジィっと見つめた。
 なにやら少し期待を寄せたような目になったのにアレッタは気づく。

「じゃあさ、これ治せる?」

 白湯の入った洋杯を置き、長袖を捲って包帯を解いた。
 包帯の下から出てきたのは、大きな鉤爪によって引き裂かれたような痕だった。

「ウ、ァ」

 完全には塞がりきってはおらず、ここ最近で負った傷であることが伺える。

「無理ならいいんだけど」

 意地悪そうな顔をしているエレの言葉にこくと頷き、少女神官は錫杖を構え、神への祈りを捧げようと集中力を高めた。

「……スゥ……フゥ――」

《静なる者に動きヲ
 渇きを知る者に満ちヲ
 救済を求める者に生命の躍動ヲ
 慈悲深き恩寵ヲ――》

 たどたどしい様子で『奇跡』を嘆願する。
 ぽうっと優しい光が灯り、少女神官はその奇跡の名前を力強く叫び、ギュッと目を瞑った。

治癒ヒールッ!》

 損傷部に光が集まり、やがて粛々と消えて行った。
 ハァハァと額に汗を浮かべ、倦怠感に苛まれている少女神官。
 しかし、疲労感よりも込み上げてくる達成感で顔を上げた。

「こ、れデ……」

 成功かと思われたその治癒。
 けれど、光が失われたら無慈悲な現実を見せつけた。

「なんデ……ッ!?」

 ――癒せていない。
 驚く少女神官とは対照的に、エレは何もなかったかのように包帯を巻き治していく。

「……ァ」

 それをただ茫然と見つめていると、思考に薄暗い霞がかかった。

 ――このままだと、エレは、仲間に入れてくれない!


      ◇◇◇


(やっぱり、治らんか……まぁ、仕方ない。こればかりはこの神官が悪いとかじゃないしな)

 体の具合も一緒。いや、肩周りが動かしやすくなった気がする?……気の所為か。

「まっテ! ワタシ! 上位治癒も使えル! それならエレの傷モ……!」

「こんな傷は上位治癒で治すような傷じゃないだろ?」

「でも、でモ! 直せれるかもしれなイ! ちがウ? まだ……だって、試してすらいないノニ」

「俺の傷はどんな治癒魔法でも治せないよ」

 そうだ。コレがオレの体が他の只人たちと違う点。奇跡で傷が治らないのだ。
 昔に試したことがある。オレの生まれ故郷は秩序の神殿があるからな。そこにいる神官たちは優秀な者ばかりらしい。オレはそう思わないが。ソイツらの奇跡でも治らなかった。

(聖都にいる教皇とか、大司教はまだ試していないが。微妙なところだよなぁ)

 つまりはどういうことかというと、傷が着いたら消えない。
 脱いだら凄いんだぞ? 男も女も卒倒するだろう。神官は気を失ってぶっ倒れるかもしらん。
 これでしっかり痛いんだから敵わん。こういうのって古傷扱いになるんじゃないのか? 

「治せル!! ワタシすごく練習しタ! 絶対に治ス!」

 だから! と縋るように迫られ、思わず身動ぎをした。
 そしてその時に、胸元で目がピタリと留まった。

「……仲間にする」

「オ!」

「といっても、君は冒険者ですらないだろ」

「エ」

 錫杖を傾けて来たので、首を横に振る。
 それは神官だから持っているものであり、冒険者であるという照明にはならない。
 
「冒険者なら、ほら」

 すっかり外し忘れている認識票を服の内から出した。

「こういうの持ってるだろ?」

 認識票は蒼銀色に輝き、流麗な筆跡で『ディエス・エレ』と名前が刻まれていた。対する少女の胸元には、そういった物が見られない。

「傷も直せない。一時的に組むとしても冒険者でもない。残念ながら、君は俺のお仲間になる条件を満たしていない」

「……でも、仲間になりたイ」

「それは無理だ。今の所、君を連れて歩く利点がない。むしろ、年端のいかない少女を連れて回っていたら不利益に繋がることの方が多い」

 自分の立ち位置を理解したようで、うつむきながら口をすぼめる少女。オレはバツが悪そうに頭を掻いた。
 玄関から入ってくる寒風が二人を包む。

「わるいけど――」

「冒険者じゃないけド! 傷も治せなかったけド……。ワタシ、エレの役に立とうと思って頑張ってきたんダ! だから、絶対、エレの傷を治せれるようになル……カラ、お願い、シマス」

「……なんで、俺なの?」

「昔……エレに助けてもらっタ。ワタシ強くない。だけど、エレは傷ばっかりで痛そうだっタ。血も出てタ……だかラ」

 それで、エレの傷を治そうと頑張ってきた。
 そう、少女は言った。

 
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