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第6章:宮廷騒乱

1:新年の宴

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――ポメラニア帝国歴259年 1月5日 夕方15時ごろ 宮廷の玉座の間にて――

 岩の巨人が抱えた半球状の岩盤の上に建てられたポメラニア帝国随一に豪奢な宮廷にて、新年が明けてから5日以上も祝宴が繰り広げられていた。シヴァ帝の治世を祝うためにポメラニア帝国中の貴族たちがこぞって、シヴァ帝に連日連夜、新年の挨拶に来ていたのである。

 この新年の催しは初代アキータ帝がポメラニア帝国を建国してからというモノ、毎年、必ずおこなわれており、年明けから1週間程、執り行われる習わしとなっている。

「オレンジ=フォゲット。よくぞ、宮廷にやってきたなり。チンは嬉しい限りなり」

「ぶひっ! 本当なら2日前に参内したかったのですが、なにぶん、陛下に献上する柑橘類の収穫に手間取ってしまったんだブヒッ!」

「おお! フォゲットが丹精込めて育てた蜜柑を今年も味わえるなりかっ! これは褒美を与えねばならぬなっ!」

 シヴァ帝は玉座に座りながら、なまめかしい姿態をタイトなドレスで包んだ半猫半人ハーフ・ダ・ニャンのオレンジ=フォゲットが献上した蜜柑におおいに喜びの笑みを浮かべていた。オレンジ=フォゲットは自分が管轄する浮島にて果樹園を設けている。そして、この寒い冬の時期に彼女の果樹園で取れる蜜柑のひとつひとつがまるで大粒のオレンジ・サファイアのように輝いていた。

 オレンジ=フォゲットが育てた蜜柑は市井しせいの間では1個、銀貨10~20枚(注:日本円で1~2万円)の高値が付くほどの高級品である。それほどまでに彼女が育てた蜜柑は美味いのである。彼女は必ずといっていいほど毎年、新年を祝う宴ではみかどに献上してきた経歴があった。

 彼女が四大貴族の一家として、ポメラニア帝国に君臨できているのは、この果樹園で栽培している蜜柑の存在が大きいともいえる。甘さと酸っぱさのちょうど良さがまるで神自身が差配したのでは? と疑いたくなるほどのレベルの出来であるからだ。

 シヴァ帝が手放しにオレンジ=フォゲットを褒めたたえる中、玉座に座る彼の右側に立つ半狼半人ハーフ・ダ・ウルフの男は渋面となっている。その男は大将軍:ドーベル=マンベルである。シヴァ帝はオレンジ=フォゲットが育てた蜜柑を大好物としており、本当に目が無く、際限なく食べてしまう。今年もまた食べ過ぎてみかどは腹を壊すのではないか? と心配なのだ。

「ぶひっ? ドーベルさまはあまり良い顔をしていないんだブヒッ。心配しなくてもドーベルさまの分も持ってきているブヒッ?」

「あ、ああ。拙者はそこについて心配しているわけではないのでゴザル。ただ、陛下がまた食べ過ぎて腹を壊すのかと思うとだな?」

「ぶひっ! 腹を壊すまで食べてもらえるなんて、育てたアタスとしては喜ばしいのですが、それはそれで問題ありだブヒッ!」

 問題ありだと言っておきながら、半猫半人ハーフ・ダ・ニャンの彼女は藍鼠あいねず色の双眸を上弦に細めながら柔和な笑顔である。ドーベル=マンベルとしては、うむむ……と唸る以外なかったのであった。

「まあまあ。そんなに渋面にならなくても良いのでおじゃる。せっかくの献上品なのでおじゃる。フォゲット卿。あとで陛下よりの恩賞を与えるので、楽しみにしているのでおじゃる」

 みかどの左隣に立つ半猫半人ハーフ・ダ・ニャンの男:宰相:ツナ=ヨッシーがそう彼女に告げる。オレンジ=フォゲットはうやうやしくみかどとツナ=ヨッシーに対して頭を下げる。その後、貴族たちが立ち並ぶ中にゆっくりと隠れていくのであった。

(フォゲット卿は謙虚でゴザル……。四大貴族のひとりとはとても思えぬほどに自己主張が慎まやかなのでゴザル。もっと、自分が主役だとばかりに目立ってくれたほうが、こちらとしてもありがたいのでゴザルが……)

 みかどがおわす玉座の間には、侯爵である四大貴族とその関係者たちが集まっていた。玉座の間を縦断するように赤い絨毯が玉座の間の入り口からみかどが座っている玉座までまっすぐに敷かれている。

 その絨毯の右側にボサツ家とド・レイ家に連なる面々が。反対側にはヨッシー家とフォゲット家に連なる面々が集まっていた。この構図はそのまま宮廷内に存在する二大派閥の形でもあった。

 玉座の間におけるみかどへの午後からの謁見の時間帯はだいたい14時~16時の2時間と限られていた。これは諸外国からの外交官とポメラニア帝国との謁見の場合でも同じであるし、新年を祝うこの時期でも延長は認められておらず、時間帯はきっかりと同じなのである。

 そもそもなぜ2時間に限られるかというと、シヴァ帝が玉座に座り続けるのを嫌うからである。宰相:ツナ=ヨッシーとしては、せめて年明けを祝う1週間の間は2時間から3時間に延ばして、ポメラニア帝国内の貴族だけに限らず、諸外国から派遣された外交官との交流時間を増やしてほしいと思うのであるが、シヴァ帝はそれを頑なに拒否するのである。

 何故、栄えあるポメラニア帝国が諸外国の外交官如きのために時間を割かねばならないのかと。シヴァ帝はみかどであるがゆえに、時に尊大な態度に出るのであった。この謁見の時間が2時間に限られていることに関しては、宰相:ツナ=ヨッシーだけでなく、派閥が違うボサツ家の当主であるエヌル=ボサツも異を唱えているのだが、シヴァ帝は聞く耳持たずであった。

 そして、今日もまた夕方16時になると、シヴァ帝は玉座から立ち上がり、自室へと戻っていくのであった。宰相:ツナ=ヨッシーは、はあああと深いため息をつき、玉座の間に集まる貴族たちや外交官たちに解散を命じる。

 謁見の時間からさらに30分後には宮廷内のボールルームにて、舞踏会が開催される運びとなっている。夕食会までの約2時間に渡る舞踏会において、貴族たちは貴族同士での交流の場としているのだ。解散を命じられた貴族たちの内、貴族の若い女性や男性はボールルームへと移動を開始する。

 残りの貴族たちは、宮廷にある、回廊が縦横に走る噴水がある中庭の先、舟遊びができるほどのある程度の池がある庭園で夕食会前の簡単なお茶会へと出席することになる。

 こちらのお茶会を仕切っているのはオレンジ=フォゲットである。毎年のように、このお茶会では彼女の果樹園で採れた果物を材料のひとつにしたフルーツ・ケーキが振る舞われることとなる。歳を召した妙齢の婦人たちが彼女のフルーツ・ケーキを目当てに庭園に集まるのであった。

 そして、お茶会で婦人たちの愚痴を聞かされたくないご主人たちは逃げ場としてボールルームへと移動するのであった。

 ボールルームの一角には演奏隊が陣取っていた。彼らは白いシャツを黒の燕尾服で包み込み、それぞれの得意な楽器を手に取り、宮廷にふさわしい荘厳な曲を奏でるのである。

 キレイなドレスを着た若い女性が自分のつがいを探すために、ボールルームの一角へと集う。そして、その華のように咲き誇る女性陣の中へ勇気を振り絞り、貴族の若い男性が一曲如何ですか? と誘い文句を述べて、彼女たちを踊りに誘い出すのであった。

 次々と男女のカップルがボールルームの中心に向かって歩き出し、演奏隊の創り出すリズムに乗って、軽やかなステップを踏み、自分たちがまるでこの世界の主役かでもあるかのように踊り出すのであった。
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