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第11章:慟哭

第1話:偽名

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 ヨン=ジューロは左頬を左手で抑えながら涙目になってしまう。ヨン=ジューロとしてはまったくもって悪気はないのだ。だが、抱き着かれた側のロック=イートもありがた迷惑この上ない。神槍:ブリトニー=ノーガゥから受けた攻撃により、ロック=イートの身は未だ癒えきっていないからだ。骨折していた左肩の骨がどうにか繋がっている状態で、なおかつ、身体に開けられた穴はかろうじて塞がっているように見えるだけである。

「いたたたっ……。ヨンさんが俺のことを心配してくれるのはありがたいんだけど、そういう気持ちがあるなら、それなりのやり方があるってもんだろ?」

 ロック=イートは身体に走る痛みでしかめっ面になりながら、ヨン=ジューロに注意をする。ヨン=ジューロは、へへへっ……と苦笑いをしつつ、スキンヘッドをコリコリと右手で掻くのであった。その後、ヨン=ジューロは床から尻を持ち上げ、その尻についた埃をパンパンと両手で払い、よっしゃー! と謎の気合を入れ出す。控室に居る皆は怪訝な表情で、ヨン=ジューロが次に何をし出すのかと注意を払うこととなる。

「わいをそんな不審者みたいな眼で見るのはやめてほしいんやで? 皆に代わって、わいがロックくんの決勝で当たる対戦相手の特徴を掴んできたんやからなっ!」

 ヨン=ジューロが自信満々にそう言いのけるので、不審がりながらもロック=イート、セイ=レ・カンコーの2人が耳を傾けることとなる。ヨン=ジューロが言うには、もう一方の準決勝で勝ち残ったのは覆面ファイターであるとの話だ。そして、その相手の名前はアルカード=カラミティである。その名前を聞いて、ヨン=ジューロの話に待ったをかけたのはロック=イートである。

「ちょっと待ってくれ。覆面ファイターと言えば、該当するのは俺の姉弟子であるサラ=ローランだろ? なんでアルカード=カラミティなんて男の名前で登録しているわけなんだ?」

「そんなこと、わいが知るかいな。てか、ロックくんが覆面ファイターの正体を知っているのは何でなんや?」

 という感じで逆にヨン=ジューロがロック=イートに質問をする形となってしまう。ロック=イートがアルカード=カラミティと名乗る覆面ファイターが自分の姉弟子であることは、彼女が数日前にその覆面を外し、その素顔を晒したという経緯があったからだ。体つきこそはロック=イートが知っている5年前と違って、男かと思わせるほどの肉量に変わっていたが、顔までは変わっていなかった。だからこそ、ロック=イートは彼女は自分の姉弟子であるという確信があったのだ。ロック=イートたちは軽めの昼食を取りながら、これまでの経緯をロック=イートたちがヨン=ジューロに長々と説明すると、ヨン=ジューロは、ほ~んという感じで無理やり納得する形を取るのであった。

「なるほどなあ。ロックくんはなかなかにすさまじい人生を送っていらっしゃるんやなあ。兄弟子に姉弟子を寝取られるなんて、わいなら腹を短刀で掻っ捌いて、腸を両手で捻りだして、その兄弟子の顔面に叩きつけているところやで」

「それを蒸し返すのはやめてくれ……。もし今リリー様が起きてたら、俺はどんな顔をするべきか、悩んじまうんだから……」

 リリー=フルールはロック=イートの治療のために、その身に宿る魔力のほとんどを使い果たし、上半身をベッドに預けたままスヤスヤと眠っていたのである。自分の腰辺りに頭を乗せているリリー=フルールを起こさぬように注意を払いつつ、ロック=イートはヨン=ジューロと応答を繰り返していたのである。ヨン=ジューロはあわわわ……と少し慌てふためくような感じになり、リリー=フルールが眠っているのかどうかを確認する。そして、ホッと安堵の息を漏らして胸を撫でおろす。

「す、すまんかったんやで? 紳士たるわいが紳士の道に外れるような発言をしてもうたんやで……」

「わかってくれればそれで良いよ。で? 俺の知っているサラ姐ならば、投げ技を主体にして戦っていたのか?」

 ロック=イートは決勝の相手がサラ=ローランそのひとであれば、彼女がタイガー・ホールで修練を積んできた技で勝ちを掴み取ったんだろうと予想する。ヨン=ジューロが準決勝で彼女がどう戦い、どう勝利したのかの流れを説明されることとなる。ロック=イートの予想はほぼ的中しており、ロック=イートが知っているように彼女は投げ技を駆使して、相手を翻弄したことがわかったのである。しかし、一点だけ気になることがロック=イートにはあった。

「パイルドライバーからのぶっこ抜きジャーマンスープレックスで場外に放り投げて決着って……。にわかに信じられないんだが……」

「いやいや。ほんまですって! アルカード=カラミティも結構な背丈ですけど、それよりも一回りも大きい半龍半人ハーフ・ダ・ドラゴンが宙を舞ったんでっせ! わいはあれには驚いて、小便漏らしそうになりましたんや!」

 ロック=イートはヨン=ジューロの言いに首を傾げてしまう。5年前のサラ=ローランはプロレス技だけでなく、柔道とレスリング、そしてスモウの投げ技を会得していたことは覚えている。だが、見た目派手なプロレス技を好んで使うような性格ではなかった。さらには勝利した時に両手の人差し指を天に向けつつ雄叫びを上げてのガッツポーズである。いくらなんでも自己主張が激しすぎるような気がしてならないロック=イートであった。サラ=ローランの身に何か起きている気がしてならないロック=イートである。

「なあ、ヨンさん。サラ姐が先祖返りジュウジンモードを使っていたっていう可能性はあるのかな?」

「ん? その可能性ですかいな? どうでっしゃろなあ。顔を覆面で隠しているし、肌もレスリングスーツでほぼ覆われているから、それについては確定的なことは言えまへんなあ……」

 ロック=イートはサラ姐が観客向けのパフォーマンス重視なことをしでかしたのは、先祖返りジュウジンモードを使用して起きる精神の高揚からだと予想したのである。それを確認するためにも、その試合を見ていたヨン=ジューロを問いただしのだ。しかし、ヨン=ジューロはそれよりももっと気になることがあったとロック=イートに告げる。

「レスラータイプだと言うのに、手から肘にかけてを手甲ナックル・カバーで覆っていたことのほうが気になりますなあ……。しかもアレ、わいが感じるところ、緋緋色金製だと思うんですわ。覆面で偽名を用いているよりも、あんな高級品を装着していることのほうがよっぽど悪目立ちしていたんやで?」
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